33.世代間の乖離
よろしくお願いします。
武装した人々が旧領主館に殺到しているという話を耳にしたヴィーが、コレットと共に慌てて戻ってきた。
彼女の登場で門の前を占拠していた人々が波が引くように道をあけたせいで、門を守る兵士たちからは、まるで彼女が首魁かのようにみえて少し問答があったが、どうにか中に入れた。
「おお、ヴィオレーヌ様。ご無事でしたか!」
屋敷のホールには代表者として来ていた人物を、ヴィーはよく知っている。やや訛りの残った王国標準語を操る彼は、デジレという人物だった。
「デジレやなかね! どがんなっとっと?」
てっきりボドワンの仕業かと思っていたヴィーは、困り顔をしている代官と共に、一先ず談話室へと入ることにした。
話す内容によっては、知っている人間が少ない方が都合が良いかも知れない。
デジレと代官の他は、コレットとオルタンスだけが入室する。
「説明ばしてくれんね」
「承知いたしました。……事は、ボドワンが妙なことを言い出したことから始まりました」
町で一番大きな商店を営む彼は、幼少からヴィオレーヌを支えていた一人で、五十がらみで白髪が目立つ男性である。町のまとめ役でもあり、良き相談役でもあった。
その彼が、顔にびっしょりと汗をかいていた。
「この数日、ボドワンを中心に若者たちが妙にソワソワしておりまして……この状況でございますから、無茶な真似をしないかと心配していたのです」
「動き出したとね」
「そのようです」
ボドワンら若者たちの多くは、王国から代官たちが入ってきてから今まで、目に見えて非協力的な態度を維持してきた。
言葉の面で苦労していた原因もここにあって、王国標準語を話せる若い世代に協力者がいなかったせいでオルタンスの調査が難航していたのだ。
では、なぜ標準語が話せるデジレも協力をしていなかったのか。
「私にも説明をお願いしたいのだがね。若者が血気盛んであるのは理解できるし、ある程度は我々も覚悟をしていた。その備えとして土地の兵ではなく、王国兵を連れてきている。しかし、物の判らぬ年齢でもないだろう貴殿が、斯様な状況に陥るまで我々への協力を拒んだ理由がわからぬ」
代官が不満げに口を挟むと、デジレはじっと代官の顔を見て、頷いた。
「ご説明しましょう」
それはヴィーも気になっていたことだったので、視線を送って言葉を促す。
「まずはっきり言わせていただきますと、我々は王国による直轄を歓迎しているわけではありません」
渋々受け入れるしか選択肢が無いため、ただ沈黙しているだけであるとデジレは正直に話した。
「私どもは、王国の民である以前に伯爵領の住人なのですから」
これが幼少から伯爵領で過ごしてきた大人たちの総意であるらしく、特にこの町に住む者たちは、デジレの考えが一般的であるらしい。
「ただ、重ねてお伝えしておきたいのですが、私どもは王国に弓を引くような真似をしたいと思っているわけではないのです。ただ、頼るべき領主を喪ったことについて、よくお考えになっていただきたいだけなのです」
「それは……」
代官はしばし考えたように目を閉じていたが、冷静な視線でデジレを見据える。
「少々身勝手な考えだとは思いませんか? 我々は別に伯爵を排除したわけではありませんし、王政府が動いてそうなったわけではありません」
「そがんやね。事はおいの父親が、そいとおい自身が悪かった。ボドワンもそがんばってん、デジレにも迷惑ばかけとったばいね……」
「迷惑などとは思っておりませんよ、ヴィオレーヌ様」
デジレは彼女の落ち込んだ声を聞いて、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「伯爵様の不正について、話は伺いました。貴女のせっかくの努力を、畑で働く者たちの苦労を踏みにじる伯爵様のやりようには怒りを覚えますが、貴女に対しては未だに感謝しかございませんとも」
収穫量の増加は町の商売人たちにも潤いを与える結果になっている。農民たちに余裕ができて購買力が増加した分、通商に良い刺激を与えている。
「代官様。私どもはあなたを守るつもりはありませんが、ヴィオレーヌ様をお守りするため、ここに来たのです」
伯爵領の若者が万が一にでも代官や王国兵を害するようなことをすれば、領地の住人だけでなくヴィオレーヌにもあらぬ疑いがかかる恐れがある。
年配の住人たちはそこが気がかりで、彼女のために領主館に集まって、若い者たちの暴走を自分たちの手で食い止めようと考えたのだ。
「ですので、代官様におかれましては、この件についてどうか手出し無用に願います」
「……屋敷の外については、お任せしよう。であるが、不届き者が門をくぐってきたその時には、こちらとしても容赦する理由は無いと心得ておいていただきたい」
ピリピリとした緊張感は相変らず漂ってはいるものの、門の内外に分かれての共闘……というよりは、一方的な護衛宣言を受け入れる相談は通ったことになる。
「ふむ。こいでボドワンたちばデジレたちがくらしてから大人しゅうさすっぎんた良かていうことやね」
ヴィーは座っていた椅子から立ち上がり、代官の前に進み出て床に正座したかと思うと、深々と頭を下げた。
「そいぎ、あとはおいだけやね」
「えっ? ちょ、ちょっと!」
最初に反応したのはコレットだった。
座り込んだままのヴィーが剣を抜いたかと思うと、ハンカチを刀身に巻き付けて短く掴むと、自らの腹に向けて突き立てようと構えたのを、後ろからしがみついて止める。
「コレット、後生やけん腹ば切らしてくれんね。おいがしでかしたことで、こがんも迷惑ばかけてしもうとっとやけん、こんくらいせんば……!」
「そういう問題じゃないし、ヴィーのためにデジレさんたちも頑張るってことじゃない! それがどうしてヴィーが死ぬって話になるの!?」
「おいの首ば届けてもらうぎん、王様も納得ばしてくいなっけんが……」
「王様だって逆に迷惑だよ!」
真っ青な顔をしてデジレや代官までヴィーを押さえ付け、どうにか剣を放させたところで、コレットが会心の平手打ちを喰らわせた。
「うごっ……」
平手打ちのつもりが、目測を誤って顎に教科書のように正確な掌底打ちを叩きつけた格好になり、ヴィーはグッタリと気を失う。
「……あれ?」
想定外の状況になって呆けているコレットに、代官もデジレもため息交じりに頭を振った。
ありがとうございました。
時間の都合で少し短くなってしまい、申し訳ありません。
次回もよろしくお願いします。




