27.幼女、旅に出る
間が空いてすみません。
よろしくお願いします。
侯爵は病死したと発表された。
当主が殺害されているのを発見した使用人は、何故かすぐに王城へ届け出ており、緊急事態として近衛が侯爵邸へ踏み込み、死体が確認された。
以降、全ては不自然な程に手際よく処理され、一般の民衆どころか他の貴族たちですら内容は殆ど知らされず、ただ病による急死とだけ伝えられる。
「惜しい臣を喪った。オクタヴィアンは得難い友人であり、王国を支える重要な人物であった」
国葬の場でそう言った王の口調は淡々としていて、列席した者たちの誰一人として、その内容が真実だとは思っていない。だが、王派閥はもとより、貴族派も異を唱えることは無い。
財力、政治力共に王と匹敵するとまで言われた侯爵の代わりになる者がいないのだ。
「オクタヴィアンがいなくなれば、貴族派は崩壊する。しばらくは後釜を争って侯爵やら伯爵やらが入り混じって主導権を握ろうとするだろうが……まあ、今の連中には無理だろうな」
葬儀を終えて執務室へと戻ってきた王は、満足気に言う。
それを聞いているのは、目の前にいるイアサントのみだ。
「あの娘……ヴィオレーヌはよくやってくれたな。宣伝は上手くいっているか?」
「はい。傲慢な侯爵家当主の家を一人で訪問し、無事復讐を遂げた幼い少女の話は数日のうちに王都に広まるでしょう。些か、尾ひれは付くかと思いますが」
一人の“平民の幼女”が悪辣な貴族に立ち向かうストーリーは、吟遊詩人たちや町に居る兵士達の口からあっという間に広まるだろう。
そして、王は彼女の勇気を湛え、彼女に褒賞と自由の与えるところまで『ストーリー』は出来上がっている。
「侯爵家の後継ぎはどうなっている?」
「長兄のアルベリクには話をしております。デュランベルジェ侯爵家の罪を見逃す代わりに、貴族派閥に接触しないことと、ヴィオレーヌさんに関与しないことを約束させました」
アルベリク・デュランベルジェは侯爵家を無事に継ぐことを王に認めてもらう代わりに、違法に奴隷労働者を使役していた鉱山を周囲の土地ごと王家に献上することを認めさせられた。
資金繰りは一気に悪化するが、爵位を手放すよりは良いと判断したのだ。
平民たちが少々の悪感情を抱くことや、貴族派閥と距離を置くことなど、若いアルベリクには気にならなかったらしい。
「これで貴族派閥は一気に弱体化する。あとが随分と楽になるな」
「それで、ヴィオレーヌさんはどうするのですか?」
「ふむ……どうやら素直に子飼いになってはくれないようだからな」
王はイアサントを通じてヴィーに王の部下として取り立てる話をしていたが、見事なまでに振られてしまった。
「依頼だけは受けて貰えたようだからな。今はそれで良しとしよう」
部下として使えない場合に用意していた仕事の依頼に関しては、ヴィーも納得したらしい。イアサントから了承を受けたという連絡が来た時は、胸を撫で下ろしたものだ。
「ふふ、無理強いをして余の腹まで斬られてはたまらんからな」
「ご冗談を……」
そう言いながらも、イアサント自身も全くの冗談だとは考えていなかった。
ヴィーという人物は、忠義に篤いのは間違いないのだろうが、その忠誠心が向いている方向は、まず自分自身であるのだろう。
貴族として生まれたことで培った王国そのものに対する忠誠であり、王その人に対するものでは無いのだ。
「あいつは、余が王国の敵であると感じたなら迷わず処断するだろうな。余は、どんな理由であのような性質を持ったのかが気になる」
王はまだ、ヴィーを配下とすることを完全に諦めたわけでは無かった。彼女が稀有な存在であることを認め、今後も利用できるのではないかと踏んでいたのだ。
だが、とりあえずはもっと解決を急ぐ必要がある問題が出て来た。
彼女の出身地である、オーバン伯爵領の調査についてだ。
「しかし、良く素直に受けてくれたものだな。故郷を捨てたようなものだと思っていたが、案外、後悔していたのか?」
「いえ、そうではないようです。これはコレットさん……コレット・フォーコンプレの影響かと」
ヴィーに王からの依頼が来たとき、コレットがその場にいた。
そこでヴィーは彼女に相談したのだが、そこで「ヴィーの故郷を見てみたい」と言い出したのが発端だった。
姉であるオルタンスの赴任先であることも理由にはあるようだが。
「そんない、行ってみゅうか」
決め手はコレットの一言。たったそれだけだ。
「……手綱を握っているのは、フォーコンプレ子爵の娘だということだな」
「言い方には少々語弊がありますが、コレットさんとヴィオレーヌさんには、強い絆が出来ているようです。……今頃は、王都を出ているでしょう」
「お前が渡したプレゼントを持って、か」
「ご、ご存知でしたか」
当てずっぽうだよ、と王が笑うと、イアサントは眉間を押さえた。
「お前は妙にわかりやすいところがあるからな。歳を取って侯爵になる前にはどうにかしておけ。芝居が必要なときは必ず来る」
もしかすると、あの悪辣なオクタヴィアンも元は貴族派の筆頭として芝居をしていただけかも知れない。そしていつしか、その芝居が彼の本性に取って代わった。
そう考えると、イアサントは自分の将来が恐ろしくなる。
「私としては、いつまでも陛下のお傍で騎士をしている方が性にあっているのですが」
「そうはいかん。お前には将来、王国貴族の筆頭として重大な責任を負う義務がある」
「“負わせる”の間違いでしょう」
イアサントは旅に出るというヴィーやコレットが羨ましくなってきていた。
☆
「なぁんも無かとこばってんね」
「そうなの? でも楽しみ」
幌も無い馬車に揺られながら、太陽の光をたっぷりと浴びていたヴィーとコレットは、にこやかに笑っていた。
彼女たちを追っている者はもういない。
「楽しか。こいからどがんことのあっこっちゃいわからんばってんが、楽しかことのあっと思う」
「そうね。でも、また危険なことがあるかも。旅を出るときに覚悟はしていたけれど、実際に襲われたら、やっぱり怖いって思うものだね」
多少は鍛えていたし、町のごろつき程度ならどうにか撃退できるくらいの自信はあったコレットだが、戦闘のプロに襲われてはひとたまりもない。
そのまま独りぼっちであれば、旅をやめて家に帰る選択肢すら考えていた。
だが、今は違う。
「危なかてわかっとんない、そいで良かさい」
板張りの馬車に胡坐をかいて座っているヴィーは、一振りの剣を抱えていた。剣と言うより、刀に近い造りのものだ。
魔石を外して乱暴に柄頭を潰して使っていた剣は、イアサントが回収してしまった。その代わりに、今回の報酬として彼女の要望通りの武器が用意された。
以来すっかり上機嫌になったヴィーは、町で見つけて来た糸を柄糸として巻つけて拵えを整え、毎日丹念に手入れをしている。
「心配せんで良か」
ヴィーは刀をすらりと抜いて、刀身にたっぷりと太陽の光を吸わせる。
より輝きを増したように見える刀から視線を移し、まっすぐにコレットを見つめるヴィーの瞳は真剣で、それでいて今の状況を楽しんでいた。
「なんがあってでん、おいが護っちゃっけんが」
幼女が言う台詞ではない。
それでも、コレットは笑い飛ばすようなことをせず、「わかってる」と頷いた。
地図描きの少女と侍の幼女は、あれこれと旅の楽しみをいつまでも語り合いながら、遠い旧オーバン伯爵領を目指してゆっくりとした馬車の歩みに身をゆだねていた。
ありがとうございました。
これで第一章は終わりです。
数日空けて書き溜めして、第二章をスタートさせます。
今後ともよろしくお願いします。




