19.少女、耐える
よろしくお願いします。
情報を聞き出す。
コレットを攫った者たちにとってはその一点のみが重要であり、その後の彼女が無事か否かは何ら関係がなかった。
とはいえ、その情報が取り出せない限りは、迂闊に手を出すこともできない。
「三日前、依頼を受けて地図を描いただろう。その場所はどこだ?」
二振りのナイフを左右の腰に提げた男は、柱にしばりつけられたコレットの前で椅子に座り、静かに問いかけた。
「憶えていないなどと言うなよ。まだ何日も経っていない上に、お前が道に関しては明確に記憶できることは知っている」
全部知られているらしいと悟ったコレットは、依頼をした青年を思い出す。
「あの人は……」
「何も喋らなかった。だからお前に聞いている」
過去形で話していることで、青年がどんな運命を辿ったのかコレットは悟った。そして、これからの自分にも同じ運命が待っている。
「早いうちに口を開いた方がいい」
一振りのナイフを抜いた男は、内反りの刃をじっくりと見つめて刃こぼれが無いことを確認し、冷たい刀身をコレットの頬に当てた。
「あの男は強情でな。鼻を削いで耳を落としても在り処を話さなかった。だからつい腹が立って、足の指を一本ずつ切り落としてやったんだが……両足の指が全部無くなった時には、もう死んでいた」
話している内容に反して、言葉はとても冷静で、まるで子供に言い聞かせるかのような落ち着いた響きの声だった。
「在り処?」
「興味が出て来たか?」
つい聞いてしまったが、男の目が自分を見た瞬間には背筋が冷えきったような怖気を感じ、コレットは慌てて口を閉じる。
「聞きたくはないか? 自分がどういう理由でこんな目に遭っているか、知りたくはないのか?」
図星だった。コレットは自らに振りかかった理不尽の理由が知りたいと思っていた。
「でも、それを聞いたら私は殺される。そうでしょ?」
「……ふ、ふふ」
コレットの気丈な態度が気に入ったのか、男は愉快だと笑った。
「そうだな……情報を吐いたらお前は用済みになる。だが、お前は俺たちが何を探しているのかは聞いていないのだろう?」
死んだ青年は、コレットの話を出された時に「彼女は何も知らない」と話していたらしい。
「真剣だった。恐らく本当に知らないだろうと信じたよ。冷静に考えてくれないか。人を殺しても後が面倒なんだよ。殺さずに済むならそうしたい」
男の言葉は優しげに聞こえて、コレットは不安になってくる。
そこに、さらなる“説得”が続いた。
「考えてもみろ。お前と一緒にいた者たちは殺してない。それどころか、女は傷一つ付けていないだろう?」
「それは……」
「女を殺すのは嫌なんだ。もちろん、お前がどうしても抵抗すると言うのなら仕方がない。多少手荒なことをするし、結果として消えない傷を負うこともあるかも知れない」
しかし、それは最終的な手段だと言う。
「俺たちが欲しているのは、探し物の在り処か、それを記した地図。つまりお前が場所を指定されて地図を描いた場所が知りたいだけなんだ。頼むから、協力してくれないか」
男は慣れた手つきでナイフを振るい、コレットを柱に縛り付けているロープのうち両腕を固定している分を切断した。
「え……」
万歳の格好から解放されたコレットは、胴体だけを胸から腹にかけてぐるぐると巻いたロープで柱に固定されて、座っている格好になった。
その目の前に、羊皮紙とインク壺、そして羽ペンが差し出された。
「場所を教えてくれれば、それだけでいい。俺はお前の前から消えるし、この場所を出て、行きたいところに行けばいい。……それが望みなら、兵士や騎士の詰所に行って話をしても構わないぞ」
意味が無い行為だとでも言いたげに付け加え、男は床を滑らせるようにして羊皮紙をコレットの方へと押しやる。
男が話した内容が、コレットの頭の中をめぐる。
その話を信用するのであれば、彼女は依頼された場所を教えるだけで解放される。今まで通り、いや、今まで以上に気を付けながら地図描きの仕事を続け、夢に向けての旅を再開できる。
男の話を、本当に、信用できるのであれば。
「やめておく。あなたは信用できない」
きっぱりと、布の隙間から覗く目を見て、コレットは決断した。
「女は傷つけたくない? 私は充分に傷ついたし、食堂のおばさんも同じ。それに、誰よりもヴィーを傷つけた」
自分だけが助かる可能性を探るよりも、コレットは自分を守る為に傷ついた友人のことを優先したのだ。
「賢明な判断とは、思えないがね」
「損得じゃない。私が大事だと思ったものを守りたいだけ・んぅ……」
言葉の終わりを待たず、男のナイフがひたりとコレットの頬に触れた。
それでも、彼女は気丈に振る舞う。
「あの男性が何のために地図を依頼したのかなんて知らないし、私がその場所を話したところで何がおきるかも知らない。でも、私は私の判断で、あなたに話すことは無いと感じた」
声は震えている。恐怖は隠しきれない。
「少なくとも、私はヴィーの足枷にはなりたくない。殺すなら、殺して」
「ヴィー……あの小娘か。多少は腕が立つようだが、所詮はガキだろう」
「あの子を馬鹿にしないで。自分よりも大きな大人を何人も相手にして、それでも私を守ってくれていたんだから」
「ここを探し当てるのは不可能だろう。ここはある有力な侯爵の私邸だ。ガキが必死に訴えたところで、この建物が捜査対象になるはずもない。万が一、ここにお前がいると知られたとしても、兵士どころか町の騎士ですら立ち入りはできん」
汗が、コレットの頬を伝う。
侯爵となると王族とその血族である公爵家の次に強大な権力を持っている。もし男の言うことが虚仮脅しでなければ、確かに普通ならこの場所を探し当てることは不可能だろう。
「もしここに来たとしても、一階には見張りも兼ねた“番犬”を置いている。鍛えた兵士でも捻り折るほどの力を引き出した、見える者すべてを襲う傑作品だ。頭は足りないが、小娘一人捻りつぶすのに苦労はしないだろう」
コレットを絶望させるための言葉が並べられていく。極めつけは、相当に趣味が悪い話だった。
「小娘が来たら、捻り折られた身体と、引きちぎられた首をお前に見せてやろう。そうすれば、義理立てする必要もなくなるだろう」
「……あなた、色々知っているようだけれど、ヴィーのことを本当に知らないのね」
震えていたはずの声は、今や落ち着いていた。
「どれだけ力が強くても、どれだけ長い剣を持っていても、あの子は負けない。ねぇ、そうでしょう、ヴィー」
「なんだと?」
顔を上げたコレットの視線は、男の右わきを通り過ぎて、部屋の入口方面へと確かに向いていた。
「守るって約束を、ちゃんと果たしてくれる。信用できる友達なのよ。あなたの思い通りになる様な人じゃないんだから」
まさかとの思いで背後を振り返った男の視界に入ったのは、血塗れの刃に鮮血を纏わせて仁王立ちしているヴィーの姿だった。
「コレット、待たせたばい」
この部屋を訪ねるまでに、大男以外の敵も立ちはだかったが、その全てを彼女は撃退してきたのだろうか。
疲労は限界に達し、刃もあちこちが欠けていた。
それでも、ヴィーには命がけで最後まで戦う使命があった。コレットを守ると約束したのだから。
「武士に二言は無かとよ。大人しゅうコレットば返して飼い主の名前ば言うない良か。抵抗ばすっない……」
肩に担ぐように、剣を構えた。
戦場を駆け回っていた時の構えだ。
相手を殺す。ただそれだけを目指し、自らの防御すらも投げうった構え。
「殺す」
銀髪の小さな侍が、男へと死を告げた。
ありがとうございました。
忙しくて時間が取れず、次回更新は翌日になる予定です。
早ければ今日中にアップします。
よろしくお願いします。




