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第23話 いつもと違う


 シャルロットは胸に湧き上がる恐怖を必死に抑えながら戦場を駆ける。


 彼女の視線の先には、強引に戦線を押し上げ孤立しようとしている栄治軍が映っている。


 先程シャルロットがゴラスを討とうとした瞬間に飛来したのは、投石部隊から放たれた岩石だったようだ。

 どうやらシャルロット率いる騎兵隊の勢いに恐れをなして投石機で攻撃を仕掛けてきたようだ。


 敵味方が入り乱れている場所に、投石攻撃を仕掛けるなど正気の沙汰ではない。


 一体どんな阿呆が指揮をとっているのかとシャルロットは岩石が飛来した方向に視線を向けると、そこには見覚えのある軍旗がはためいていた。


 それはダブット・ピッグデスの軍旗であった。


 お飾りの将軍はあまりの恐怖から、味方も多く犠牲にする最低な指示を出したらしい。

 投石機は命中率が高くはない為、攻撃が直撃する可能性はそこまで高くはない。


 しかし、もし万が一にも直撃すれば確実に死ぬだろう。

 それに密集陣形で突撃した彼女の騎兵隊に直撃しても被害は甚大である。


 損得だけで考えれば、このまま投石部隊への対処を栄治軍に任せシャルロット達はダブットを討ち取りに行った方が効率的だ。

 しかし、そうなると栄治軍は確実に孤立して苦戦を強いられることになる。


 栄治軍が全滅する前にシャルロットが敵の総大将であるダブットを討てば彼らを救えるが、そうなるまでに栄治軍はかなり甚大な被害を受けるだろう。

 下手をすれば栄治自身が討ち取られてしまう可能性もある。


 その時のことを想像してシャルロットは身を震わせる。


「エイジ殿を援護しに行くぞ!! 彼の軍の先には敵総大将のダブットもいる! 急げっ!」


 シャルロット指示の元、騎兵達は一斉に栄治のいる方向に向かう。


 一刻も早く栄治軍と合流して、その後にダブットの陣を攻め落とす。

 シャルロットは作戦の方針を決める。


 すでに彼女の中で栄治は大切な仲間となっていた。


 シャルロットは自分の出生が原因で、貴族で信頼できる人物が少ない。

 ましてや栄治のように自ら名乗り出て危険な戦いに協力してくれるような者は彼女にとって稀有な存在であり、それを犠牲にするような選択を取ることはできなかった。


 栄治とシャルロットの間にはまだ多くの敵兵がひしめいている。

 ゴラスに行動不能の重傷を負わせたからか、ホルヘス兵達の軍としての動きは悪くなっているが、まだまだ敗走に至るほど明らかな劣勢にはなっていない。


「くっ……どけッ!」


 シャルロットは苛立ちのこもった声と共に剣を払い、次々と立ち塞がる敵を斬り倒していく。


 彼女の視線の先では栄治軍がさらに前線を押し上げ、火矢によって投石機を攻撃していた。


 シャルロットを守る為、必死に戦線を押し上げて戦う栄治軍。

 

 そんな彼らが孤立し始めたことにホルヘス兵達も気付いたようで、栄治軍を取り囲もうと周りの部隊が動き始める。


 ――急げ! 急げ!


 シャルロットは心に募る焦りを感じながら、栄治の元へと急ぐ。


 やがて栄治軍の火攻めによって投石機は5台あるうちの4台が使用不能になり、残りの1台も放棄されてホルヘス軍の投石部隊は瓦解した。


 しかし、それと同時に単独で前に出過ぎた栄治軍は敵の中で孤立し囲まれてしまう。


 前後左右全てを敵に囲まれ窮地に立たされる栄治軍は、ここまでの戦いの疲労が蓄積しているのか、みるみるうちに劣勢になっていく。

 そんな栄治軍の息の根を止めようと、彼らの背後からホルヘス騎馬隊が突撃を仕掛けようとしていた。


 それに対抗する為か栄治本人が前に出てきて軍勢を引っ張る姿がシャルロットの目に映る。

 彼が率いている軍勢は明らかに疲弊しており、このまま騎兵と衝突しても呑み込まれてしまうのは誰の目にも明らかであった。


 しかし、全力で栄治の元へと向かった甲斐があり、シャルロットは両軍勢が衝突する寸前で彼らの前に割り込むことができた。


「エイジ殿! 助太刀する!」


 シャルロットは栄治の前に躍り出る。


「なッ――シャルロット殿下!!」


 背後から聞こえてくる驚愕の声にシャルロットは少しだけ口元を緩める。


 彼女は大切な戦友を守る為、突撃してくるホルヘス騎兵に真正面から立ち向かう。


 栄治がシャルロットを守るように指示を出しているのを聞いて、彼女は戦場の真っ只中であるにも関わらず、少し自分の気持ちが明るくなるのを感じた。


 ――共に戦える者がいるというのは良いものだな。


 戦場では常に孤独だったシャルロット。

 彼女には信頼できる部下はいた。

 自分の事を慕い付いてきてくれる兵士達。

 しかし、彼等はあくまでも自分が率いる者達であって隣に立つ者ではない。


 ラベリテ王国の将軍であるゴドルフなど協力的な貴族もいる。

 だが彼等も貴族としての立場がある為、表立って協力するような派手な動きはできない。


 そんな中で、突如現れプロファンの森で自分の窮地を救ってくれたグンタマーである栄治。

 彼は困難な戦いになるであろう戦いに自ら進んで協力を申し出てくれた。

 もしかしたら、打算や裏があるのかもしれない。

 それでもシャルロットにとって、素直に協力を申し出てくれる存在はとてもありがたく感じた。


 そういう存在である栄治の救援に間に合ったおかげで、いつもは感情を消し目的を果たすだけの人形のように戦うシャルロット瞳には強い戦意が光っていた。


 そんな彼女の耳に突如栄治の大声が入ってくる。


「殿下ッー!!」


 反射的に声の方に顔を向けるシャルロット。

 すると物凄い勢いで自身に飛び掛かってくる栄治の姿が、視界いっぱいに広がっていた。


「――エイジど…きゃっ!」


 突然のことにシャルロットは素の叫び声をあげてしまう。


 ――エイジ殿に抱きつかれた!? なぜ!? 何が起きている!?


 彼女の思考回路は完全に混乱する。

 栄治が抱きついてきた衝撃でシャルロットは落馬してしまうが、彼にさらに強く引き寄せられて抱き抱えられる形で地面との衝突は免れた。


 シャルロットが何事か問いただす暇もなく、栄治は常人とは思えない脚力で地面を蹴り出して前方に飛び込む。


 シャルロットは内臓が浮くような独特の浮遊感を感じた後、肩から地面に落ちる。

 かなりの勢いで宙を飛んでいたらしく、地面に衝突した瞬間にシャルロットは肩に激痛が走るのを感じた。


 しかし、直後に背後から聞こえてきた衝突音に振り返った瞬間にシャルロットはそんな肩の痛みも忘れてしまった。


 そこにあるのは重量感漂う岩石。

 それを見ると同時にシャルロットは理解する。


 栄治は危険を顧みず自分の命を救ってくれたのだ。


 シャルロットは自分の命が途絶える寸前だったという事に気付き、遅れて心臓の鼓動が速くなるのを感じた。


 ――エイジ殿が飛び込んで来てくれなかったら私は確実に……


 プロフォンの森に続いて二度も命を救ってくれた恩人をシャルロットはじっと見つめる。


 シャルロットは戦闘において圧倒的なセンスを持っていた。

 それは彼女を一騎当千の騎士に押し上げるほどの才能だった。

 そして真面目な性格である彼女は、その才能にかまける事なく鍛錬を怠らなかった。

 結果としてシャルロットはラベリテ王国一の騎士となり、戦場では絶対的な存在にまでなった。


 故に彼女は誰かに守られるという経験が皆無だった。

 自分は守られるのではなく、守る側の人間なのだとシャルロット自身も思っていた。


 そんな彼女にとって今の出来事は衝撃的であった。


 下手をすれば自分も岩石の下敷きになる可能性がある。

 にも関わらず栄治は自分の事を助けてくれた。


 シャルロットは自分に覆い被さるように上になっている栄治の顔を見上げる。

 それと同時にトクンと一段鼓動が速くなった気がした。


 自分を助ける為に、背中に腕を回して強く抱きしめてくれている栄治の顔から、シャルロットは何故か視線を外せなくなっていた。


「殿下、ご無事ですか?」


 背中に回していた腕を解いて上体を起こす栄治。

 少し密着度が下がったシャルロットは、そのことに対する心の変動に少し戸惑う。


「あ、あぁ……うむ」


 反射的にシャルロットは返事を返すが、実際は完全に上の空で心ここに在らずといった状態であった。


 ――な、なんだこの気持ちは? 緊張? 興奮? ……私は戦場で何を感じているのだ!?


 地面に倒れたまま起き上がらず、シャルロットはただ栄治の顔を見つめる。

 先程から吸い込まれるように彼から視線を外せなくなっている。


 ――それに……エイジ殿と離れるのが……名残惜しい……いや、寂しい……いや、なんだ……この気持はなんなのだ!?


 未知の感情に混乱するシャルロット。

 しかし、栄治の焦りが混じった声で一瞬で我に帰る。


「やばい! 囲まれている!!」


 どうやら周りは敵だらけのようで、岩石のある背後以外はホルヘス兵達に囲まらてしまっている。


「エイジ殿! 私の後ろに――うぐっ……」


 シャルロットは幸いな事にすぐ近くに落ちていた自分の剣を拾おうとする。

 しかし、右肩に鋭く刺すような激痛を感じて思わず動きを止めてしまう。


「殿下大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄ってきてくれる栄治。


「肩を……脱臼したようだ」


 シャルロットは歯を噛み締めながら言う。


 ――脱臼に気付かないなど、なんたる不覚。


 彼女は使えない右腕の代わりに左腕で剣を拾おうとする。

 その時、彼女の前に人影が躍り出る。


「殿下は下がって俺の後ろに! 側を離れないでくださいッ!!」


 勇ましい言葉と共に、栄治はその背中にシャルロットを庇うように前に出てきて剣を構える。


「う、うん……」


 そんな栄治の行動に、シャルロットはまたしても素の返事を返してしまう。


 そんな彼女の頭にはある場面が浮かんでいた。

 それは小さい頃に読んだ絵本だった。

 悪者に攫われた美しいお姫様を勇敢な騎士が救い出す物語。

 よくあるストーリーの絵本だった。


 幼い少女達はその絵本の中の勇敢な騎士に憧れる。

 幼少期のシャルロットもまた例外ではなく、命をかけて自分の事を守ってくれる騎士に憧れ、胸をときめかせた。


 しかし、自分が戦場に出るようになり己の強さを知るうちに、絵本の中の勇敢な騎士は彼女の心の中で次第に姿を薄くしていった。


 自分は絵本にあるようなお姫様ではない。

 ならないといけないのは騎士の方だ。

 自分の命を顧みず、全てを賭けて守る騎士にならないといけない。


 そう思っていた。

 思い込もうとしていた。


 そんな、シャルロットの中で姿を消していた絵本の騎士が一気に蘇る。


「エイジ殿……」


 シャルロットは無意識に彼の名を呟く。


 彼女の瞳に映る栄治の姿。

 それは正しく絵本に登場する勇敢な騎士だった。

 小さい頃に憧れ、いつか自分もこんなお姫様の様に護られたいと胸をときめかせた勇敢な騎士そのものであった。


 彼女は自分の胸に手を当てる。

 その掌には甲冑越しであるにも関わらず、自分の鼓動が伝わってきている気がした。

 そう思えるほどに、今シャルロットの胸は高鳴っていた。


 ――違う……いつもと違う。


 胸の高鳴りに戸惑うシャルロット。


 戦場では死と隣り合わせだ。

 そんな状況下では常にアドレナリンが出て心臓は早鐘を打つような状態である。


 しかし、今の鼓動の速さは死を感じた時の鼓動の速さとは質が違う気がした。

 生命の危機に瀕した際の生存本能による心拍上昇とは別の、息が苦しくなり顔が熱くなって胸がグッとなるような鼓動をシャルロットは今まで一度も感じたことがない。


 今まで感じたことなが無い自分の内面にシャルロットは戸惑う。

 そんな彼女の耳に栄治の苦しむ声が聞こえてくる。


「うぐぁッ!!」


 見るとそこには疲弊し切って窮地に立たされている栄治の姿があった。

 それを見た瞬間、シャルロットの中に強い感情が湧き上がってきた。

 それは栄治を守らなければならないという使命感。

 それと同時に、栄治に仇をなす者達への激しい怒り。


 シャルロットは激痛を訴える右肩を一瞥すると、背後にある岩にその右肩を押し当てる。

 そして、一度小さく息を吐き出して気合を入れる。


「ふぅ……ぐっ! ぐぁぅ!」


 ガゴッと右肩から鈍い音がする。

 激しい痛みを彼女は奥歯で噛み殺すと、痛みを伴いながらも動かせるようになった右腕で剣を拾い上げる。

 急いで栄治の方を見ると、彼はホルヘス兵の強撃によって剣を飛ばされてしまっていた。


 一刻の猶予もないと判断したシャルロットは、自分の左手に魔力を集中させる。

 彼女は魔術士ではない。

 魔法だけで戦う程の魔力量は有していない。しかし、戦闘の補助程度の魔法なら数回程度使うことはできる。


「風よッ!! 吹き荒れろ!!」


 彼女の言葉と共に左手の魔力は猛烈な風となり、今まさに栄治に襲い掛かろうとしている敵の動きを押し留める。


「栄治殿ありがとう。あとは私に任せてくれ」


 一瞬だけ生じた隙の間にシャルロットは栄治の背中から出て、今度は彼を自分の背中に守る。


「死にたい者からかかってくるが良い」


 シャルロットは自分でも驚くほどに感情的になっていた。

 今まで経験した戦場では、冷たくまるで麻痺したかのように感情が無くなっていた。

 それが、今はまるで胸の中が燃えているかのように激しい怒りが湧き上がってきていた。


 ――エイジ殿に危害を加える者は全て斬る!


 シャルロットは生まれて初めて戦場で果たすべき目的を忘れ、ただ一人を守るためだけに剣を払った。


 何故そのような行動を取るのか自分でも分からずに、シャルロットは栄治を守るために、目の前の敵を斬り続けた。

 

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