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第22話 天使のような死神

 時は少し遡り、栄治がエンバラ南城門に攻撃を仕掛ける直前。

 シャルロットはホルヘス軍に見つからない様に、ひっそりと軍を西城門まで移動させていた。


「シャルロット様、もうそろそろエイジ様が攻撃を仕掛ける頃合いです」


「……うむ」


 彼女は伝令の報告を聞いて少し胸が締め付けられる気がした。


 栄治はプロフォンの森で命を救ってくれた。

 にもかかわらず大した恩返しもできずに彼を戦いに巻き込んでしまった。


 ――できる事ならエイジ殿の力を借りずに戦いたかった。私にもっと力があれば……貴族達をまとめ上げる求心力が欲しい……。


 悔しげに奥歯を噛み締め険しい表情を見せるシャルロットに、近くの兵士が心配そうに声をかける。


「シャルロット様? 何か問題がありますか?」


「あ、いや。何でもない。大丈夫だ」


 どうやら彼女は無意識のうちに表情を険しくしてしまっていた様だ。


 これから大事な戦いが控えているというのに、指揮官である自分がこんな様子では兵士たちが不安を感じてしまうと、シャルロットは険しかった表情を解く。


「合図の狼煙が上がればすぐさま突撃する。皆、いつでも動けるよう準備しておけ」


 シャルロットは落ち着いた声音で兵士たちに指示を出す。


 栄治のことで後悔しても、すでに戦いは始まってしまっている。

 過去の事で後悔してもどうしようもない。

 今はこれからの戦いの事だけに集中しなければいけない。


「エイジ殿に協力してもらって勝てなければ、彼の協力を踏み躙るようなものだしな」


 誰にも聞こえないような小さな声で言うシャルロットは、短く息を吐き出して気合を入れた。


 シャルロット率いる本隊が西城門付近に密かに布陣してからおよそ数十分。

 今か今かと待ち望んでいた合図がついに上がった。


 エンバラ西城門の砦から上がる一筋の狼煙を視界に捉え、思わずシャルロットは頬を緩める。


 ――あぁ、エイジ殿はしっかりと役目を果たしてくれたのだな。


 彼が無事に戦いを乗り越え、自分の役割をきっちりと果たしたことにシャルロットは安堵の気持ちを覚えるのと同時に、自身の気も引き締める。


「諸君っ! エイジ殿が最初の作戦を見事に成功させた!」


 シャルロットが自分の後ろにズラリと並ぶ兵士たちに声をかける。


「これより我らは敵本陣に突撃を仕掛ける! こちらの動きに呼応してエンバラ守備隊も城門から打って出て挟撃してくれるだろう。敵は混乱するはずだ。その混乱を利用し我らは敵本陣に攻撃を仕掛け、敵指揮官の首を討つ!」


 シャルロットの言葉に兵士たちは皆一様に拳を天に突き上げた。


 敵に見つからないように隠れて布陣しているため、声を上げる者はいないが、全員がその瞳に闘志を燃やしている。


「行くぞっ! 我らの手でエンバラを救うのだッ!!」


 掛け声と共にシャルロットは馬を走らせ、陣の先頭を引っ張る。

 彼女に続いて三千人の騎馬兵も一斉に駆け出し、ホルヘスの侵略軍に突っ込んで行く。


「狙うは敵軍副将ゴラスの首だ! 次が総大将ダブット・ピッグデスだ! 他の敵は捨ておけ!」


 騎馬で駆けながらシャルロットは兵達に目標を指示する。


 ヴィルヘルムから借り受けたミリアら諜報員達の活躍によって得られた情報によると、ダブットはお飾りの将軍であり、真の指揮官はその副将であるゴラス・グスタフとなっている。

 なのでまずはそのゴラスを打ち取り、ホルヘス軍の指揮系統を乱してから、総大将であるダブットを討ち取る。


「ゴラスは敵陣のほぼ中央部にいる。そこまで一直線に突っ込むぞ!!」


 シャルロット率いる三千の騎兵はおよそ八千人のホルヘス軍に背後から迫る。


 突如として現れたシャルロット軍にホルヘス兵達は慌てふためき、急いで騎兵隊に対する防御陣を構築しようとする。


 シャルロット達は敵の態勢が整うよりも早く斬り込もうと、さらに加速して敵陣めがけて駆ける。


「怯むなッ!! 進めぇーー!」


 突撃を敢行するシャルロット達にホルヘス軍から放たれた矢が降り注ぐ。

 彼女の周らにいる騎兵達の何人かは、矢を受け落馬し地に転がる。

 だが、彼女らは速度を落とす事なくむしろ加速しながら人馬一体となりホルヘス軍目掛け馬を駆ける。


 そして、騎馬の速度が最高潮に達した勢いそのままに、シャルロット達は敵陣へと突っ込んだ。


 シャルロットが率いる騎兵隊の突撃の威力は凄まじく、彼女を先頭にした騎馬隊はまるでそれが一つの生命体であるかのように、密集陣形を維持したまま速度をほとんど落とす事なくホルヘス軍を一直線に切り裂いていく。


 シャルロットは目の前に立ち塞がる敵兵を次々に斬り伏せながら、進むべき方向ただ一点のみを見つめる。


 そんな彼女の後に続いて味方兵達も雄叫びを上げながら敵兵を蹴散らす。

 対するホルヘス兵達は悲鳴をあげ、中には手に持つ武器を投げ出して背を向けて逃げ出す者もいる。


 歓喜、怒り、恐怖、様々な感情が喧騒の中で入り乱れる戦場。

 その中でシャルロットは自分の心が暗く冷めていくのを感じた。

 目の前の敵を葬る度に彼女の精神は深く冷たく沈んでいく。


――あぁ、いつもの感覚だ……


 シャルロットは無機質な表情でひたすらに敵を斬り続ける。

 彼女にとってこの感覚はいつもの事であった。

 幼い頃から厳しい戦場に駆り出されていたシャルロットにとって、そこは自分の存在価値を実感できる場所であると同時に、そんな場所でしか自己肯定が出来ないのかと心が荒む場所でもあった。


「見つけたぞ! ゴラスの陣だ!」


 紅く血に染まった剣を前方に向け、シャルロットは標的の方向を示す。


 今のシャルロットは敵将を討ち取ることのみを目的とした人形である。

 祖国の為、王家の為、彼女は侵略者を討ち取る。

 それが彼女の使命である。

 そこに感情は必要ない。

 怒りも、歓喜も、悲しみも恐怖も全て必要ない。

 ただ剣を払い、目の前の敵を討ち倒し、敵将の首を刎ねる事が今のシャルロットの全てである。


「敵は混乱で態勢を整えられていない! この好機を逃すなっ!」


 シャルロット達の突撃に合わせエンバラ守備隊もホルヘス軍に攻勢をかけ、ゴラスのいる本陣も慌ただしくなっていた。


 そこにシャルロットを先頭とした騎兵隊が一斉に斬り込む。


「ゴラス・グスタフ! その首貰い受ける!!」


 敵本陣深くまで入り込んだシャルロットは、その視界にゴラスを捉える。

 対するゴラスもシャルロットを認識し、背中から特大の剣を引き抜く。


「シャルロット王女殿下とお見受けする。この本陣に一番に乗り込むとは聞きしに勝る武勇。相手にとって不足なし! いざ参る!!」

 

 シャルロット率いる騎兵隊の攻撃を受けたにもかかわらず、ゴラスは慌てる事なく毅然とした態度でシャルロットと相対する。


 そんなゴラスの立ち姿にシャルロットは強者としてのプレッシャーを感じながらも、臆する事なく馬首を彼に向け駆け出す。


「はっ!!」


 息を短く吐き出しながら馬上から鋭い突きを放つシャルロット。


「ふん!!」


しかしそれはゴラスが振るう特大剣によって弾かれる。


 彼が手に持つ特大剣はツヴァイベンダーと呼ばれるもので、全長が2メートル近くもあるその両手剣は、彼の盛り上がった全身の筋肉により、まるで玩具の剣のように軽々と振られている。


 初撃を受け流されたシャルロットは、ゴラスからの追撃を避けるためそのまま駆け抜け、間合いを一度大きくとってから馬首を翻して再び彼と向き合う。

 

 2人はお互いの様子を伺うかのように、その場を動かずに睨み合う。

 怒声が飛び交う戦場で、その空間だけ静寂に包まれたかのような張り詰めた空気の中、照らし合わせたかのようなタイミングで2人同時に駆け出す。


 シャルロットは先ほどと同じような動作で突きを繰り出す。


「あまいッ!!」


 それに対してゴラスはツヴァイヘンダーを下段から上段に向け勢いよく振り上げる。

 2度目にして彼女の突きを見切ったゴラスは間合いをピッタリと合わせ、シャルロットから伸びてくる剣の横っ腹を強く弾く。


 己の剣を強い力で弾かれたシャルロットは釣られて上体が伸び上がるのと同時に、握っていた剣が自らの手から離れ上空に回転しながら飛んでいってしまう。


「貰ったぁッ!!!」


 決まったと確信するゴラスは、振り上げたツヴァイヘンダーを今度は彼女の首筋目掛け振り下ろす。


 しかし、彼の凶刃はシャルロットの首を捉える事ができなかった。


 ゴラスのツヴァイヘンダーが振り下ろされるよりも早く、シャルロットは自ら馬上から滑り落ちるように降り、そのままゴラスに体当たりをする。


「なっ!? ぐッ……」


 予想外の行動にゴラスの剣筋は大いに揺らぎ空を斬る。

 そこに、ガシャンという甲冑同士がぶつかる音と共にシャルロットの体当たりをまとも受け、ゴラスは堪えきれずに尻餅をついてしまう。


 シャルロットが女の子であるとはいえ、その体には甲冑を纏い、さらに馬上からの落下の威力が加われば、いくら強靭な肉体に鍛え上げているゴラスといえども耐えることはできなかった。


「クソッ」


「終わりだ」


 悪態を吐きながら急いで起きあがろうとするゴラスに対して、シャルロットは熱のこもらない冷めた口調と共に腰から短剣を抜く。


「――ッ」


 ゴラスは自分の上に跨り、今まさに己に短剣を突き立てようしている少女の眼を見て言葉を失う。


 まだ幼さが抜けきっていないその顔立ちは、まるで神が造形したかのように非の打ち所がなく、戦場に吹く乾いた風に金糸の髪を靡かせるその様は天使のようであった。

 しかし、自身を見下ろす美しい碧眼はまるで光を映さず、見つめられれば石にでもなってしまいそうな錯覚を覚える程に冷たく、その瞳の美しさ故に感情を宿さない無機質さがより一層恐怖を引き立てていた。


 そんな瞳で敵を見下ろし、全身を返り血で染めながら短剣を振り上げるその姿は、天使の姿をした死神であった。


 死神に捕まったのなら、生き延びることは出来まい。

 ゴラスは死を覚悟すると、足掻くのを止め目を閉じて死神を受け入れようとした。


 その時、鋭く風を切る音と共に何かが飛来し、それはシャルロットとゴラスのすぐ近くに着弾した。


 ドゴォンという凄まじい音と土埃に、一瞬シャルロットはゴラスから目を逸らしてしまう。

 その一瞬の隙をついてゴラスは彼女をどかして起きあがろうとする。


 その試みは成功し、ゴラスはシャルロットを押し除けてなんとか立ち上がる。

 しかし、彼女を退かす瞬間にゴラスは脇腹に短剣を突き立てられる。


「うっ……」


 まるで焼きごてを押し当てられたかのような熱く鋭い痛みに、ゴラスは脇腹に手を当てる。

 するとヌルッとしたら嫌な触感が掌に伝わり彼は顔を顰める。


「クソッ……」


 それ以上の戦闘を続けるのは難しい傷を負ってしまったとこにゴラスは力なく悪態を吐く。


 彼は止めを指しにくるであろうシャルロットに視線を向ける。

 しかし、当の彼女はゴラスの方ではなく巨石が飛んできた方に目を向けていた。


「エイジ殿……まずい、突出しすぎだ」


 今まで感情を宿していなかった瞳に、初めて焦りの色を灯したシャルロットは急いで近くに落ちていた自分の剣を拾い上げ騎馬の背中に飛び乗ると、部下を引き連れて投石部隊の方へと向かって行った。


「命拾い……したのか……いや、まだ分からんか」


 ゴラスは脇腹から絶え間なく流れ出る血を見て、額に滲む脂汗を拭いながら苦笑を浮かべた。

 

 


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