第16話 天賦の才とはチートの事である
ミリアは気配を消し、岩陰からホルヘス軍の様子を伺う。
栄治と別れた後、ミリアはエンバラの城壁を越える為、城門前に身を潜め、布陣しているホルヘス軍の様子を覗く。
「さて、エイジ様はどんな戦いを見せてくれるのかしら」
そう言いながら、不敵な笑みを浮かべるミリア。
ここに至るまでに、シャルロットが軍の指揮についての基礎を乗馬の指導と並行して、彼に叩き込んでいた。
その教えをどれだけ実戦で再現できるのか、彼の手腕が問われるところだ。
ミリアが城門近くの物陰に身を潜めてから程なくして、丘の上からホルヘス軍に向かって行軍する栄治軍が現れる。
彼らは最初はゆっくりと、間合いを図るかのように進軍していたが、ある距離を境に先頭の騎馬隊が突撃を敢行する。
その後も弓兵の攻撃から歩兵の突撃へと、流れるような動きで、絶え間なくホルヘス軍に攻撃を仕掛けていく。
「あら、予想以上に巧みな采配……エイジ様は本当に素人なのかしら……」
陣の中心にいるであろう栄治の方へと視線を向けながら、ミリアは感嘆の言葉を漏らす。
騎兵隊の突撃と撤退のタイミング、弓矢の射程、歩兵の突撃。
そのどれもが、理想に近い形であった。
1回や2回程度、指揮を取ったからといって、早々簡単に軍団を自在に操れるものではない。
しかしそれを栄治はやってのけていた。
「グンタマーだからなのかしら?」
栄治の才能を目の当たりにして、ミリアは顎に手を当てて考え込む。
ラベリテ王国にも1人、専属のグンタマーがいる。
このグンタマーも、自分の軍団を手足のように操る。しかし、その専属グンタマーがラベリテ王国に来たのは、すでに戦をいくつも経験した後である。
最初から、そのような指揮を取れていたかどうかは分からない。
全グンタマーが軍団指揮の達人なのか、はたまた栄治が特別なのか。
「むぅ」と考え込むミリアは、ハッと我に帰り自分の使命を思い出す。
「こんなところで時間を潰している場合じゃないわ。私も早く自分の仕事をしないと」
栄治軍の攻撃によって、城門前に布陣していたホルヘス軍は全て城壁に対して背を向けている。
そんな状況で、気配を消しながら城壁へと忍び寄るミリアに気が付く者など誰一人いない。
彼女は懐から一本の長いロープを取り出す。
先端に金属の鉤爪の様なものが付いているそのロープを二、三度クルックルッと回して、城門の上部に設けられている狭間窓に向けて投げる。
鉤爪は器用に狭間窓のへりに引っ掛かった。
ミリアは確認する様に、軽くロープを引っ張った後、華奢な二本の腕でスルスルとロープを登り始める。
非力な女性の身のこなしとは思えない速度で、ロープを登っていくミリア。
あっという間に城壁の中腹まで登ってしまった彼女は、引っ掛けていたロープの鉤爪を外すのと同時に、懐から小さいナイフを取り出す。
そのナイフを城壁の石材の隙間に差し込み、柄の所に器用にバランスを取って乗る。
狭間窓は敵が攻めて来た時の防衛設備である。
そんな所に、いつまでも鉤爪を引っ掛けていたら、城門を防衛している衛兵に見つかってしまう。
そうなる前に、彼女は鉤爪を外したのだ。
「ここまで来れば、あとはナイフで登れるわね」
そう言うと、ミリアは言葉通り二本のナイフを使ってスイスイと城壁を登っていく。
エンバラの城壁は、地面から2メートル程度の高さまでは補修しやすいので、積み上げている石材同士の隙間はほとんど存在しない。
だが、手の届かない中腹の城壁は、数年に一度、足場を組んで大々的に補修を行うが、頻度が低い為、どうしても風化や劣化によって石材が脆くなっている所ができてしまう。
そこにミリアはナイフを突き立て、その柄を足場にして城壁を登っていく。
彼女は、10分でエンバラの城壁を登り切ってしまった。
「よいしょっと」
最後にピョンと大きく跳躍して、城壁の上に飛び乗るミリア。
するとそこには、目を丸くしてあんぐりと口を開けたエンバラの兵士達がいた。
「き、貴様は何者だっ!! どこから現れたッ!!」
まさか城壁を登ってくるとは思ってもいないエンバラの兵士が、混乱しながらも手に持っている槍の矛先をミリアに向け詰問する。
そんな兵士に対して、ミリアは至極落ち着いた様子で答える。
「落ち着いてください。私はシャルロット様からの言付けを預かってきましたの」
そう言いながら、ミリアは胸元からペンダントを取り出すすと、兵士たちによく見える様に、前に突き出す。
「そ、その家紋は確かにラベリテ王家のもの……」
「本当に……姫様が来てくれたのか……?」
「もしかして、今ホルヘス軍を攻撃しているのは、姫様の軍なのか?」
城壁の上から眼下の戦場を見下ろすエンバラ兵士。
戦況は、ホルヘス軍がかなり押されている状態で、瓦解寸前に見える。
「その通りですわ。あの軍勢はシャルロット様に協力するグンタマー様のものですの」
ミリアの言葉を聞いて、エンバラ兵士達の表情が明るくなる。
彼らは「姫様が来てくれた」「グンタマー様も味方だ」など口々に言葉を発する。
そんな彼らの様子を横目に、ミリアは拳程度の大きさの閃光玉を取り出すと、導火線に火をつけて戦場の上空に放り投げる。
激しい光と甲高い音が戦場に響き渡る。
すると、それをきっかけにホルヘス軍が一斉に敗走を始めた。
「あらあら、これは嬉しい誤算ですわ」
這々の体で逃げ去っていくホルヘス軍。
どうやら、瓦解ギリギリのところで耐えていところに、急に閃光玉が弾けたとこで、それが呼水となり、敗走につながった様だ。
戦場から次々に離脱していくホルヘス兵を見たミリアは、エンバラ兵士の方を向く。
「シャルロット様の言付けを伝えたいので、将軍の所まで案内をお願いできるかしら? この都市の将軍は確かラスコ・バロックス様でしたわよね?」
「あ、はい。そうです。おい! 今すぐにこのお方をラスコ様の元に案内しろ!」
ミリアの話を聞いた隊長らしき男が、部下に指示を出す。
彼女はその男性に、もう一つお願いをする。
「あとあのグンタマー様を城門内に入れてもらっても構わないかしら?」
予想外に敵軍に勝利を収め、どうしたら良いのか分からず城門前で呆然と立ち尽くしている栄治。
本来であれば、ミリアが城壁を越えたところで撤退して戦線離脱する予定だった。
だが、南城門のホルヘス軍に勝利したことで、そのままエンバラに入り、守備隊と合流することが出来る。
そうなれば、シャルロット率いる本隊が本陣に突撃を敢行する時、エンバラ側から攻撃する勢力を増やすことができ、その分、シャルロットが敵将を打ち取り易くなる。
「畏まりました。お前達、門を開いてグンタマー様を迎え入れろ」
隊長の指示で、複数の部下が城壁を降りて門へと向かう。
ミリアはエンバラ兵の案内で、指揮官の元へと向かいながら、先ほどの栄治の戦いぶりを思い返す。
「これは思ったよりも、頼りになるかもしれないわね」
誰にも聞こえない様な小さな声で言葉を漏らした彼女は、その口元を僅かに上げた。
―…―…―…―…―…―……―…―…―…―
予想外にホルヘス軍との戦いに勝利してしまった栄治は、段々と遠ざかっていく敵軍を呆然と眺めている。
「敗走している敵を追撃しますか?」
彼の近くの兵士が指示を仰ぐが、それに対してすぐに答えることができない。
「あ〜えっと……取り敢えず……待機で」
色々と思考を巡らせながら、歯切れの悪い返答をする。
本来の作戦では、ミリアの合図で撤退して、戦線を離脱。
敵の追撃が無ければ、シャルロットのいる西門の方へと回り、可能であれば彼女の援護をする。
撤退に手こずったり、時間がかかりすぎた場合は、無理に合流せずにエンバラから離れたところで待機。
と言う様な手筈になっていた。
だが現状は、そのどれにも当てはまらない。
敵がいないのに撤退をするのは意味がわからない謎行動になってしまう。
だからと言って、下手に敗走するホルヘス軍を追いかけていき、西城門に布陣している敵本隊に遭遇してしまっては、シャルロットの邪魔をしてしまうかもしれない。
そんな事を考えながら、栄治が頭を悩ませていると、エンバラの南城門がゆっくりと開き始めた。
開かれた門から、10人程度のエンバラ兵が栄治の元にやって来た。
「貴方がシャルロット王女殿下に協力しておられるグンタマー様でしょうか?」
先頭に立つ兵士の言葉に、栄治は頷く。
「あ、はい。そうです」
栄治の返答に、エンバラの兵士たちが頭を下げる。
「城門前の敵を撃退していただき感謝します。ミリア様から話は伺っています。どうぞ城壁内へお入りください」
「あ、えーと城壁内に行ってもいいんですか?」
兵士の言葉に、栄治は少し迷うそぶりを見せる。
自分がエンバラの中に入った場合、戦況に対して不利な事が起こらないか、様々な可能性を脳内で考える栄治。
戦というものに不慣れな彼は、瞬時に最適な判断を下すのには、経験が不足している。
「グンタマー様には、我らエンバラ守備軍と合流して頂き、ともに戦ってほしい。と、ミリア様が仰ってました」
「なるほど、そういう事でしたか」
納得した様に頷く栄治は、自身の軍団を引き連れエンバラへと入って行った。




