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第14話 エンバラ防衛戦開幕

 鬱蒼とした林の中を一人の少女が進んでいく。


 使用人の格好をしたその少女は、明確な目的地があるかのように、迷いなく進んでいく。


 そんな、かなりの速さで歩く彼女の喉元に、突如木の影から槍が伸びてきた。

 少女は歩みを止め、自分に向けられている穂先を見つめる。

 すると槍が伸びている木の影から、一人の男性が姿を現した。


「我が命が尽きようとも」


 少女に槍を突き付ける男性が、何の脈絡もなく言葉を発する。

 それに対して、少女はすぐに返事を返す。


「志は繋がる」


 少女の返事を聞いた男性は、スッと彼女の喉元から槍を引き、端に寄って少女が通る道を開ける。


 少女は軽く男性に頭を下げると、すぐに歩き始める。

 暫くすると開けた場所に出た。そこには沢山の兵士が居て、それぞれが剣の手入れをしたり、仲間と雑談したりと思い思いの時間を過ごしていた。


 その兵士達の間を縫うように少女は進み、やがて一人の人物の前で立ち止まる。


「シャルロット様、敵の本陣ならびに将軍の居場所を特定しました」


 少女の報告に、軍団の幹部と話し合いをしていたシャルロットは、少女へと顔を向ける。


「無事に帰ってこられたか。危険な任を任せてすまない」


「いえ、これも全てヴィルヘルム様の為ですから」


 シャルロットの言葉に、淡白な返答を返す少女。

 彼女はサリアという名で、ヴィルヘルムがシャルロットに無理やり押し付けた、ハーレム要員の一人である。


「何か問題は起きなかったか?」


 当初、シャルロットはヴィルヘルムが自分の愛人を押し付けてきた意味が分からず、彼女に対して怒りにも似た不満を持っていた。


 しかし、彼女達の正体は、ただの愛人達ではなく、諜報活動に長けた集団であった。


 なぜヴィルヘルムが、周りに愛人に(ふん)した諜報員を囲っているのか、疑問に思うところはあるが、今は戦いを第一に考えて、余計な思考を排除する。


「豚に発情されましたが、特に問題はありません」


「……豚?」


「ダブット・ピッグデス、敵の総大将です。お望みであれば、奴の寝所に忍び込み始末致しますが、できれば殺さずにそのままにしておいた方が得策かもしれません」


 エリッタという名の使用人として、敵陣に潜入していたサリアの言葉に、シャルロットは首を傾げる。


「それは何故だ?」


「ダブットは無能です。奇襲を仕掛ければ奴は慌てふためくでしょう。そうなれば敵軍はさらに混乱します」


「なるほど。無能な将は我らにとって有難い存在だからな」


 サリアの説明に、シャルロットは頷き納得する。


「それよりも、副将軍であるゴラス・グスタフを警戒すべきかと。敵軍の実質的総大将はそのゴラスという男だと思います」


 ゴラスは、サリアの存在に違和感を感じて、出身地を訪ねてきた。しかも、わざと間違えた質問をしてカマをかけてきた。


「ゴラス・グスタフか、充分に警戒しておこう」


 サリアの進言を聞き入れたシャルロットは、その後も軍団幹部を交えて、情報の共有を行なっていく。




―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―…―





 丘の影から、栄治は恐る恐る顔を出す。


「メチャクチャ敵がいる……」


 小さく震える声を漏らす。

 そんな彼の後ろから、黒髪の美女も敵の様子を窺う。


「情報通り、だいたい千人くらいですね」


 栄治とは対照的に、ミリアはケロッとした様子である。

 そっと顔を引っ込め、丘の影に完全に隠れながら、栄治は不安そうに言う。


「俺、ちゃんと戦えるかな……」


 弱々しくこぼす栄治に、ミリアはニコッと笑いながら励ましの言葉をかける。


「絶対に大丈夫ですわ」


 この世の中に絶対など無い。

 ましてや、何が起こるか分からない戦場では、絶対など皆無に等しい。しかし、それでもハッキリと言葉にして言われると、少しは心が軽くなる気がした。


「エイジ様は、敵を混乱させることだけに集中なさって下さい。20分……いえ10分稼げれば、城壁を超えてエンバラに入れますわ」


 ミリアは自信たっぷりに言い切る。


 このサーグヴェルドの世界に来てから、栄治は1人で戦う事が無かった。

 今までは、優奈と2人で戦いを乗り越えてきていた。1番苦しかったポール・オーウェンとの戦いの時は、それに加えてクレシオン騎士団団長のギムレットがいた。


 しかし、今回は1人で戦わなければならない。

 その孤独が、彼の不安感をイタズラに高めていた。


 ミリアは、不安で揺れる栄治の瞳をしっかりと捉えながら、言葉を紡ぐ。


「エイジ様、あなたはちゃんと戦えますわ。大丈夫です」


 三度かけられる励ましの言葉に、栄治は己を奮い立たせる。


「オーケー、もう大丈夫。ありがとうミリアさん」


 彼は頬を2回パンパンと掌で叩いて気合いを入れる。


 今この場所に栄治が立っているのは、それを自ら望んだからだ。

 戦いに巻き込まれたからじゃ無い。

 己の意志でシャルロットに協力を申し出て、この戦場までやってきた。

 ならばいつまでも、くよくよと弱気な態度でいるわけにはいかない。


 クウィン・アズナベルの手から優奈を救い出す。


 それを成し遂げなければならない栄治にとって、この先は厳しい戦いの連続になるだろう。


 こんな所で立ちどっているわけには行かない。


 栄治はキッと視線を上げる。


「まぁ、とても素敵な顔付きになりましたわ。ヴィル様の足元にも及びませんが」


 掌を合わせながら、ミリアは誉めているのか(けな)しているのか分からない言葉をかける。


 栄治は若干頬を引き攣らせながらも、彼女の言葉を聞き流し、今回の作戦確認を行う。


「まずは俺が敵の正面から突っ込んで、混乱を引き起こす。その間にミリアさんは、城壁に忍び寄る。俺はミリアさんが城壁を登り切るまで、敵の注意を引き付ける。城壁を超えたら、ミリアさんが合図を出して、俺は素早く撤退をする。それで間違い無いですよね?」


「はい、その通りです。合図には閃光玉を使います」


 ミリアは懐から握り拳位の花火玉のような球体を取り出す。


 閃光玉は激しい光と、それと同時に甲高い音も発して相手の視力と聴覚を狂わす目眩しの道具だが、光と音はとても目立つ事から、合図としても使う事ができる。


「普通、撤退には敵を足止めする殿(しんがり)が必要ですが、エイジ様はグンタマーですので、軍団で敵軍を抑え込んでいる間に、単騎で戦場から離脱して、充分に距離を確保できたら軍団を収納すれば問題なく撤退できると思いますわ」


 ミリアの説明に、何度か頷く栄治は、ふと心配そうな視線を彼女に向ける。


「俺はまぁ頑張るとして、ミリアさんは大丈夫なのかい?」


 栄治は彼女の細い二の腕を見て言う。


 エンバラの城壁は、大分離れている栄治達の場所からでもハッキリと見える程に、高く(そび)えている。

 そんな壁を華奢なミリアが、10分そこらで登るとはいささか信じ難い事である。


 しかし、そんな栄治の心配をよそに、ミリアはなんとも涼しげな表情を浮かべている。


「わたしは何の問題もありませんわ。城壁なんてコツさえ掴んでいれば、簡単に越えられるものなんですのよ?」


「いやいや……さすがにそれはないでしょ」


 栄治は彼女の言葉に思わずツッコミを入れてしまった。


 彼女言葉が本当なら、この世界での城壁の存在意義が危ぶまれる事態になってしまう。


「と言うか、そんなに簡単なら、わざわざ敵軍が包囲してる城門付近の城壁じゃなくて、敵のいないただの城壁を越えれば、俺は戦わなくてもいいんじゃ……?」


 先ほど覚悟を決めたばかりだが、少し弱気な発言をしてしまう栄治。

 そんな彼の発言に、ミリアは首を振る。


「それは難しいですわ。城門から離れた所の城壁は、とっかかりが少なすぎるの」


 彼女曰く、城門付近の城壁は、狭間窓や出し狭間などの防衛設備が各所に設けられている。

 その防衛設備を上手い事利用して、城壁を登るらしい。

 だが城門から離れると、そういった防衛設備が少なくなり、城壁を登るのに時間がかかってしまうと言うのだ。


「まぁ、登れない事はないのですけど、今は時間が大事ですので」

 

 そんな彼女の話を聞いても尚、栄治にはミリアがか弱い女性にしか見えず、城壁をワシャワシャと登る姿が想像できない。

 しかし、今の彼にはミリア信じる他に道はない。


「よし、それじゃあ…………行こうか」


 栄治は若干震える声で言う。

 先程から心臓がバクバクと音をたて、血管がはち切れるのではないかと心配になる程に、心拍数を爆上げしている。


「ではエイジ様、ご武運を」


 ミリアが軽く栄治に笑みを向けた後、さっと彼の前から姿を消す。

 その素早く軽い、まるで猫のような身のこなしを目の当たりにして、あれだったら城壁も登れるか。と少し納得した。


「ふぅ……この戦いが、優奈を救うための第一歩だ。気合入れていこう」


 そう独白した栄治は、深く深呼吸を繰り返し、次から次へと湧き上がってくる緊張と不安を息と共に外に吐き出す。


 栄治が城門前に布陣している敵に突撃を仕掛けるのは、ミリアが去ってから、大体5分後と事前に決めている。


 自身の心の中で、ゆっくりと数を数える栄治。


 5分を数え切った栄治は、そっと歩き出し、身を隠していた丘の上に立つ。


 彼は首から下げている2つのグンタマをぎゅっと握り締めて言う。


「優奈の力も合わさった新生栄治軍団の初陣と行きましょうか」


 まだ距離があるため、敵軍は栄治の存在に気が付いていない。

 ぎこちなさの残る動作で(あぶみ)に足を掛け騎乗した栄治は、スッと息を大きく吸い込む。


「軍団展開ッ!!!!」


 周りに光の塊が広がり、それは瞬時にして軍団を形成する。


「やってやろうじゃないか――全軍前進ッ!!」


 栄治の号令と共に、エンバラをめぐる攻防戦の火蓋が切られた。

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