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第12話 数の不利を戦術で補うのは至難の業である

 天幕の入り口に立ち、妖艶な笑みを浮かべる美女。

 ミリア・ローゼンの言葉に、シャルロットはガバッと席を立つ。


「お、逢瀬などではない! 馬鹿な事を言うな!」


「あらあら、そんなムキになって否定なされては、かえって怪しく感じちゃいますよ? シャル様」


 シャルロットを前にして、余裕の笑みを浮かべ、彼女をからかうように言うミリア。


 シャルロットは、栄治と一緒にいた時の和やかな表情から一転し、むすっとした表情でミリアを睨みつける。


「貴様は何をしに来たのだ? 戯言を言う為に来たのなら、さっさと出ていってくれ」


 シャルロットは、ぶっきらぼうに言い放つ。しかし、ミリアはそれを全く意に介さず、妖艶な笑みを浮かべたままである。


「そんなお冷たい事を言わないで下さい。私はシャル様にちゃんとした御用件があって来たのですよ?」


「私は貴様に用がない」


 ミリアの言葉に、そっけない言葉を返すシャルロットは、腕を組んだまま、どすっと椅子に腰を下ろす。


 ヴィルヘルムが無理やり同行させた事が、いまだに納得できていないのだろう。

 これがまだ、戦える人材なら少しは納得できたのだが、目の前にいるのは、明らかに弟の愛人にしか見えない。

 そんなお荷物同然の女を意味不明に押し付けられ、シャルロットはご立腹らしい。彼女のミリアに対する態度は、一貫して素気なく冷たい物であった。


 しかし、そんな不機嫌なシャルロットの様子が、栄治の目には普通の女の子の反応に思えて、年相応の態度も取るんだなと、少し微笑ましく見ていた。


 腕を組み脚も組んで黙るシャルロット。

 そんな彼女の態度など気にせずに、ミリアは自分が訪ねてきた要件を話し出す。


「エンバラをどうやってホルヘス軍から救うのか。私はその策の内容を聞きに参りましたの」


 彼女の言葉に、シャルロットはピクッと片方の眉を上げる。


「なぜ貴様に教えねばならんのだ?」


「何故って、私達は仲間ではありませんか」


「貴様が敵の間者で、情報を聞き出そうとしている可能性もある」


 相当ミリアの事が気に食わないのか、言いがかりのような事を言って拒むシャルロットに、ミリアは「クスクス」と笑いを零す。


「何がおかしい?」


「いえ、何でもございませんわ。それよりも、意地悪しないで、策を私にも教えてください」


 両手を合わせ、首をコテンと傾げて可愛らしくお願いするミリア。

 相手が男性だったのなら、一瞬で心を鷲掴みにしてしまいそうなほど、可愛らしかった。現に隣で見ていた栄治は、ちょっとだけ心拍数が上がっている。

 しかし、あいにく女性であるシャルロットには一切の効果はなく、むしろ逆効果になってしまっていた。

 ブチッとシャルロットのこめかみに青筋が立つのを見て、上がっていた栄治の心拍数は一瞬で下がった。


「意地悪などではない。貴様が間者である可能性がある以上、情報を与えないのは当然のことだろう?」


「う〜ん、ならどうすればシャル様は私を信じてくださいますか?」


「私の前で『私は間者ではありません』と神に誓え」


 シャルロットが命令するように言うと、ミリアは顎に人差し指を当てて、困ったように言う。


「私、無神論者なので神に誓うことはできませんわ」


 彼女の発言に、シャルロットは驚いた表情をする。

 宗教に寛容な日本で生まれ育った栄治には、理解し難い感覚だが、この世界で神を信じないと言うことは、かなり異質な事らしい。


「神には誓えません。ですが……」


 ミリアは一旦言葉を区切ってから、再び話し出す。

 その彼女の声音は、今までの男に媚びるような甘ったるい声ではなく、芯のある透き通ったものになっていた。


()()()()()()様に誓い、私は決してホルヘス皇国の間者などではありません」


 ミリアは自身の胸に手を当て宣言する。

 今までとは全く違った雰囲気を纏う彼女に、シャルロットは呆けた様に数回瞬きをしたあと、我に返り「コホン」と咳払いをする。


「う、うむ。そこまで言うのなら信じよう」


 弟の名の下に宣誓するミリアの様子が、かなり意外だったのか、シャルロットは少し戸惑い気味に言う。


「うふふ、有難うございますシャル様」


 再びいつも通りに戻るミリア。


 そんな彼女の様子を見て、栄治はミリアのヴィルヘルムに対する忠誠心を垣間見た様な気がした。

 さらに、普段の男に媚びる様な甘ったるい仕草や妖艶な雰囲気は芝居で、先程の誓いの言葉を言っている時のミリアが、本当の彼女の姿なのでは無いかと、漠然とそんな気がしていた。


「それでシャル様。ホルヘス軍を撃退する策をお聞きしてもよろしいですか?」


 再びお願いするミリアの事をシャルロットは数秒間じっと見つめたあと、おもむろに口を開く。


「あぁ、そうだな。策と言ってもそれほど手の込んだものでは無いが」


 彼女は組んでいた腕を解き、椅子の背もたれに体重を預けて、話を続ける。


「まず大まかな作戦を言うと、敵本陣の位置を特定する。そして、その敵本陣に私が本隊を引き連れて突撃し、大将の首を取る」


 出陣する前、数の不利をヴィルヘルムに指摘された時の返答と同じ作戦を説明する。


「しかし、数の上で圧倒的に不利な状況では、失敗の可能性もある。だから、少しでも成功の可能性を上げる為に、エンバラの守備隊と連携を取る。私が敵本陣に突撃を仕掛けるのと同時に、守備隊も城壁の外に攻勢を掛け、敵の混乱を誘う。そして」


 シャルロットは栄治の方を向いて話を続ける。


「エイジ殿には敵本隊が他の部隊と合流しない様に、牽制をしていてほしい」


 彼女の説明を聞いて、栄治は胸の内に緊張と恐怖が湧き上がるのを感じながら、大きく頷く。


「殿下の作戦が成功するよう、頑張ります」


「すまないエイジ殿、こんな戦いに巻き込んでしまって」


 栄治の中の恐怖を感じ取ったのか、シャルロットは申し訳なさそうに言う。


「見事な作戦ですわ、さすがシャル様。ですがその作戦、2つ問題点があります」


 そう言いながら、ミリアは人差し指をピンと立てて言う。


「1つ目の問題は、守備隊との連携です。私達がエンバラに到着する頃には、城門は全て敵に包囲されているでしょう」


 ミリアの説明によると、エンバラには北門、南門、西門の3つの城壁があるらしい。

 その全ての城門を敵に包囲されてしまっては、都市内部と連絡を取るのは、ほぼ不可能である。

 したがって連絡手段は狼煙に限られてしまうが、それだと守備隊がこちらの意向を汲み取れず、連携が失敗する可能性が大きい。


「それと2つ目の問題」


 ミリアは人差し指に続いて中指も立てる。


「エイジ様、どうか気を悪くなさらないでね? でも見たところ用兵に関して素人同然であるエイジ様が、目まぐるしく変化する戦場で、敵本隊が他の隊と連携しないように動くのは至難の業かと」


 戦況というものは、一瞬で変わってしまう。それに対応して軍隊を動かすというのは、素早い判断力や鋭い洞察力が必要になってくる。しかも、それを命の危険に晒されている恐怖心の中で行わなければならない。

 それを用兵の素人である栄治が、充分に行えるのかは甚だ疑問なところではある。


 ミリアの指摘した箇所は、シャルロットも分かっていたのか、顔を伏せながら苦しそうに言う。


「だが、その問題を解決する為の兵も時間も私には無い……」


 辛そうに言うシャルロットに、ミリアが妖艶な笑みを浮かべる。


「わたしが献策しても宜しいでしょうか?」


「何が妙案でもあるのか?」


「はい。シャル様が守備隊と連携して敵本陣に攻め入り、将軍の首を討ち取ることは変わりありません。その守備隊と連絡を取る為に、狼煙ではない方法を使います」


「他に方法はあるのか? あの都市には抜け道などは一切ないのだぞ?」


 王城などには緊急用の抜け道があり、それを使うと街の外まで行けたりするのだが、そのような抜け道はエンバラには存在しない。王族であるシャルロットが言うのだから間違いないだろう。


 しかしミリアは、笑みを絶やす事なく言葉を続ける。


「抜け道などなくとも問題ありません。私が城門から都市内部に潜入いたしますわ」


「なっ!? 貴様が侵入するだと!?」


 思わず驚愕の声を上げるシャルロット。

 それは隣に座っている栄治も同じだった。


 彼女が忍者のように諜報活動に優れた人物ならいざ知らず、どこからどう見てもヴィルヘルムのハーレム要員の1人にしか見えない。

 そんな彼女が、敵の包囲した城門を使ってエンバラ内部に侵入するなど、正気の沙汰では無い。


「そんな事出来るわけないだろう! 不可能だ!」


「はい、わたし1人の力では厳しいです。そこで、エイジ様の力をお借りしたいのです」


 まさかのご指名に、栄治は自分の顔を指で指し「え? 俺?」と少し惚けた声を出してしまう。


「はい、エイジ様の軍団で城門を包囲している敵軍に突撃をかけ、その混乱に乗じて侵入しますわ。これならエイジ様も存分に力を発揮できると思いますわ」


 栄治の役割は、ただ混乱を引き起こすだけ。

 難しい戦況分析や用兵を行う必要はなく、その場の敵に勝利する必要もない。あくまでミリアが侵入するまで、混乱が続くように戦えば良いだけである。


「それなら俺にもできる……かも」


 戦場に出る事の恐怖はあまり変わらないが、ミリアの提案した作戦の方が、栄治にとっては戦いのイメージがしやすいのは確かだった。


「その作戦が可能ならば、確かに良いが……」


 まだミリアの事が信じられないシャルロットは、悩むように唸る。


「可能ですわ。ヴィル様の為に私一生懸命戦いますもの」


 「うふふ」と笑いながらも、彼女の瞳は一切笑っておらず、そこにはしっかりとした意志を感じさせる光が宿っていた。

 そんな彼女の様子を見たシャルロットが目を細めて言う。


「貴様、ただの愛人ではないな? 一体何者だ?」


 少し警戒するように問いただすシャルロット。

 ミリアは笑みを浮かべたまま、動じることなく言葉を返す。


 「私はヴィル様を心から敬愛する、ただのか弱き乙女ですわ」


 戯けた口調で言うミリアの事をシャルロットは暫く黙って見つめていたが、やがて小さなため息と共に言葉を吐き出す。


「分かった……貴様の策でいこう」


 一つ頷いてシャルロットは栄治を見る。


「エイジ殿もそれで良いだろうか?」


「えぇ、大丈夫です」


 栄治が頷き、エンバラ救援の作戦はミリアが提案した作戦で進めることになった。


 その後、天幕内に軍団の主要人物を加え、作戦の細かいところを決める軍議が開かれた。

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