回想 下
過去編、入学までの経緯編です。
中学2年の夏。
この頃になると、連日の茹だる熱さが脳を溶かしたのか、あの誤解はもう解かなくてもいいのかもと、思い始めた。もう1年以上も過ぎているし。
彼の隣には常に妃紗ちゃんがいたし、今さら私がしゃしゃり出てきて、2人の関係に割って入るのも躊躇われたし、そもそも引っ込み思案だじウジウジジメジメ。私は夏の湿気よりもずっと湿っぽい。
相変わらず私は新たに湧いた男子の視線を受け、拒み、離れられ、引っ込み思案にますます磨きがかり、人見知りのエクストラスキルまで獲得していた。
おかげで「高嶺の花(笑)」なんて称されたりして、その称号が独り歩きしてますます孤独街道まっしぐらを歩む事になる。
私は運動が壊滅的に苦手で、そもそも集団行動が苦手だしで部活に所属していない。放課後に遊びに誘う人はいないし、さっさと家に帰って1人でインドアな趣味に興じる生活を送る。私の数少ない楽しみがラジオで、薄暗い部屋で聞きながら1人で笑ったりする気持ち悪い残念少女に成り果てていた。
こんな侘しい時にふと思い出すのは、決まってもう1つの家族についてだった。寡黙なお父さん、陽気なお母さん、内気で優しい彼、天使の妹。その輪に囲まれた時が、家にいる以外で自分を表現できる唯一の場所だったのにな。
ある日、私が彼と離れていた時間と距離を痛感する出来事が起こる。
それは2年の秋口。
突然だけど、私の家では犬を飼っている。
犬種はスパニエル。正式名称はキャバリアキングチャールズスパニエル。
学校が終わった放課後に、チャーリーを散歩させながら季節の日足による夕の訪れの早さを感じている時だった。
私は久々に幼馴染のお母さんと出くわした。
そして、お母さんの手には小さな手が握られていた。幼馴染の妹の○○○ちゃん。
他所の子とゴーヤは育つのが早いってネタで聞いたことがあるけど、○○○ちゃんの成長した姿を見て本当にそうなんだぁ、って感動しちゃった。
彼のお母さんは中学の入学式前を境に突然姿を現さなくなった私にも気さくに声をかけてくれた。
嬉しかったし、懐かしかった。これだったら、今さらだけど彼に話しかける取っ掛かりになるかもしれないとすら考えた。
お母さんと会話をしていると、横で不思議そうに私を見つめる○○○ちゃんの視線に気づいた。大きくなって、可愛さにますます磨きがかかっている。
私は、天使のような妹ちゃんの名前を呼んだ。
おいで、っと。
昔と違ったしっかりとした足取りで、昔と変わらない笑顔を振りまいてタタっと駆けてきてくれると疑わなかった。
でも、○○○ちゃんは私に対して怯えた様子でお母さんの背後に身を隠し、母さんも困ったように笑っていた。
あぁ、そうか。
・・・小さかったから、私のことを覚えてないんだ。
この瞬間、心の中にある何かがすっぽりと抜け落ちた気がした。それが、誤解を解くための勇気だと気づくのは随分後になってから。
○○○ちゃんに悪気なんてない。私が全て悪い。
怠慢と傲慢と油断が当然の結果となって、私に返ってきただけ。ぐうの音も出ない程の自業自得。
その後の帰り道は、犬の散歩とは名ばかりに下ばかり向いて歩いた。
◇◆
結論。どうせ妃紗ちゃんはいずれ彼を好きになる。
いや、もしかしたら既にそうかもしれない。
歪んだ私じゃなかったら、彼の懐の深さに気づいた時点で好意を抱くはずだから。
それで構わない。
私にとって彼は、数少ない友達としての「優しい人」のままだから。彼にとっての私は、「見た目で人を切り捨てる人」か「ちょっとした知り合い」といったところかな。
私は彼を不本意に傷つけて、妃紗ちゃんは彼を立ち直らせようとした。優しい彼は腹黒な私じゃなく、明るくて腹白な妃紗ちゃんと一緒にいる方が似合っている。
今更私の「ごめんなさい」の謝罪の言葉は、きっと水のように澄んだ2人の関係の中に、錆びた鉛玉を落とすようなもの。誤解を解くだとか、仲直りをするだとか、そんな簡単な話ではなくなってしまっている。
私は考え過ぎなのかな。もっと「そういえばね、あの時のこと〜」みたいに、サラッと伝えさえすれば、それで済む事なのかもしれない。
それが出来ないのが私なんだけど。
どの道、学校中が「デ部」に注目してる。奇異や興味や冷やかしか、とにかく沢山の注目を浴びている。そこに私が横槍を入れるなんて怖くて無理。
やっぱり、「誤解」という痼が残ったままでも、私はこのまま彼からフェードアウトしても良いよね。今さら彼に近づいたって、「痩せたから近づいてきた都合の良いヤツ」なんて誤解されるかもしれないし。ああ、引っ込み思案の悪いところがここで出るのか。
だったらせめて、私しか救われない自分勝手なケジメとして「デ部」の隠れファン第一号として陰ながら2人を応援でもしましょう。
「陰ながら」なんて、実に私らしいと思わない?
◇◆
進路は遠くの高校を選ぶ事にした
親に希望高校を説明すると、まず家からの遠さを指摘された。
ちゃんと通えるのか、交通費はいくらかかるんだと。
現実的で生々しい正論に立ち向かうべく、その高校には「ラジオ部」という珍しい部活があり、その活動をしたいと説明した。
校内ラジオも収録するようで、引っ込み思案と人見知りを直したい。
そして、誰も知り合いがいない厳しい環境に身を置きたい、と。
これが9割の理由で、残された1割の理由が、ご近所さんの彼からうんと離れようと衝動的に思ったから。
なんだかんだで彼の妹ちゃんに忘れられたのが傷になっていたようで、冬に疼く古傷みたいに時折痛みだす。だったら、現実的で最も遠い高校に入学して全てをやり直そうと意気込んだ。
決意が鈍らないようにするため、後戻りのできない高校推薦を受けた。
天才ちゃんの私は学力が良い。嘘、勉強する時間がいっぱいあるだけ。
あと、少しだけ頭の出来が良いだけで、その分見返りとして運動能力が壊滅的。見返り大きくない?
無事に推薦に合格し、なんと新入生代表の答辞の話が舞い込んだ。
悩んだけど、今までのキノコが生えそうなジメジメな学校生活と決別するには、なんとも輝かしいデビューだと思い、断腸の思いでお受けすることにした。
入学式当日、打ち合わせのために早くに高校へ着いた私は、来賓室に通されて答辞の用紙に目を通していた。
ふと、無防備に卓上に置かれた用紙が目に入った。
どうやらクラス割の用紙らしく、本当に特に理由もなく一枚を取り出して名前を眺めた。
名前を見たって全員知らないけどね、と思ってたけど、1つの名前に焦点が合った瞬間にすごく驚いた。
あまり見かけない苗字だし、名前も一致してる。混乱しながらも、冷静に他のクラスの用紙に記された名前を一人ひとりなぞる。運にも、見つけたい名前を一枚目の1組で見つけ、私は愕然とした。
気持ちの整理ができないまま、私は先生に促されて式会場へと足を運ぶはめになる。
入学式が始まり、誰も知り合いがいない筈だった周囲の生徒を見回す。既に視線が私に集まって嫌悪感が凄いし、あの2人がいるなら全てをやり直す計画が既に破綻している。
一体どうなってるの?
私がこの高校の推薦を受けているのを知って、復讐か何かでわざわざ追ってきたとでも言うの?
こんな遠い高校に?
きっと、私に「過去から逃げるな」と神様が呪っているんだ。
「それでは新入生の答辞に入ります。新入生代表、犬爪純礼」
グルグルと思考が回りながらも、私は返事をして立ち上がり、視線を浴びながら壇上に立つ。
緊張する。手が震える。喉が渇く。
どうしてこんな事に・・・過去のしわ寄せが、今私に牙を剥く。
ねぇ、見てる?
ボル君
妃紗ちゃん
新しい制服を身にまとって、集団に紛れて私を見ている2人は今どんな気持ちでいるの?
私が謝れなかったから、やっぱり復讐でここまで追ってきたの?
それとも、こんなものがよく出来た偶然だとでも言うの?
どっちにしても、答辞の紙なんてくしゃくしゃに丸めてポイって投げ捨てて叫びたい。
できることなら思いっきり泣いてこう叫びたい。
どうして2人がいるの!?
これは、過去から目を背けて新たな環境でのやり直しを図る・・・・のではなく、過去を清算するために、悩み、苦しみ、奮闘する。
そんな物語。
過去編終了でございます。
これからは、日常の中に心境の説明だとか変化だとか、何気ないストーリーに伏線を仕込んだりをしながら緩やかに投稿していきます。温かい目でキャラを見守ってください。
キャラ紹介が欲しいとお声があり、過去も明らかにしましたし主要3名から順に紹介していきます。
■酉水東
↓
幼馴染に肥満を理由でフラれ、妃紗の協力の下「理想の男」になる。
しかし、集団生活をしていなかったため、クラス内での言動で皆を驚かせたりする事もあり、今後の成長に期待。
理屈2:感情7:主人公補正1
の割合のもと行動するので、突拍子もない発言をする事もあるが、そこは主人公補正でカバー。
■庚申妃紗
↓
酉水を「理想の男」に育てた立役者。後は羽ばたいていくのを見守るつもりだったが・・・。
理屈7:感情2:主人公補正1
の割合のもと行動するので、先にゴタゴタと理屈ばかりを並べるタイプ。
なので、自身や相手の感情を汲むのが苦手な珍しい女子。
■犬爪純礼
↓
引っ込み思案で人見知りの、無駄に容姿端麗なポンコツ。今後の成長に期待。
推しは庚申妃紗。




