32話目 犬爪純礼は嫌になる 上
金曜日になり、いよいよ明日は文化祭の初日を迎える。
ちなみに、昨日は亮と別れてから目が冴えて全然寝付けなかったけど、不思議と頭もスッキリしていていた。
「いよいよ明日かぁ・・・」
机に突っ伏した彩が嘆くように呟いた。顔が腕に覆われているから声がくぐもって聞き取りづらい。
昨日はミスコンの打ち合わせがあり、出場者を集めて色々と説明だったり段取りを聞かされたようで、もともと出場に乗る気のない彩はげんなりしていた。
その丸まった背中を見ると、まるで窓から覗く雨雲の空が彩にそのまま覆いかぶさっているようで、どんよりとした悲壮感が漂っていた。昨日までの私もあんな感じだったのかもしれない。
「ねぇ妃紗、やっぱり出場代わってよ・・・」
「いいわよ」
「やっぱりそうd・・・今何て?」
「代わってあげるって言ったの」
私は犬爪さんにミスコンで勝負する。
勝敗云々ではなく逃げないって決めたから。
だからミスコンの交代はお互いに渡りに船・・・今の時代だとWin-Winって表現するべきかしら。
予想通り顔を上げた彩の目が点になる。でも、すぐに「やめてよ今さら」とまた机に顔を埋めた。冷やかしと思われているみたいだけど、それは仕方ないわよね。
「昼休みになったら実行委員会の人に掛け合ってもいいわよ」
「でも、もう枠は決まってるし・・・」
「良いじゃないそんなの。役所の手続きでもあるまいしなんとでもなるでしょ」
私はそう言って、言葉通り昼休みを利用して彩を引き連れ文化祭の実行委員会に掛け合った。
本人同士で同意もしているとの理由で、急なエントリーの変更はあっさりと受諾される。
教室に戻る途中、コンテスト不参加による安堵と私の行動への困惑を交互に踊らせながら、彩が私の顔を覗き込んで訊ねてきた。
「ねぇ、急に出場するなんてどうかしたの?」
経緯を正直に話すのを躊躇われ、かといって誤魔化す言葉も見つからない。
あれこれ思考を巡らせて、一番しっくりくる台詞を思いついた。
「ちょっとね、いろいろ焦ってるのよ」
「何に?」
「それは内緒」
私は不敵に笑い、彩は首を傾げた。
◇◆
当日のミスコンの流れを引き継いだ私にはまだやることがまだある。
ちぎり絵の完成をクラスの皆と喜びながらも私はいそいそと帰宅して、自室の向かいのドアをノックした。すると、「どうしたの」とだらしない部屋着の姉がドアから顔を覗かせた。
「姉さんのアイロンとか諸々借して」
「確かアンタの学校って明日・・・あ、なるへそね!」
最近彼氏と別れたという大学1年生の姉は、何を勘違いしたのか嬉々としながらいろんな道具を渡してきて、普段なら「勿体ない」って言って貸さないようなメイク道具まで引っ張り出してきた。
挙句の果てに、「明日の朝も手伝ってあげよっか?」と、最早決定事項みたいに提案してくる。
私としては話が早くて助かるけど、ちょっとうざくて面倒。
だって、「東と校内デートだ」って囃し立ててくるから。
私が普段から薄いメイクなのは、きっと姉の影響だ。
姉が濃いメイクを好まず、教えてもらったのはナチュラル風ばかりだったから。
「アンタは素材が優秀なのに面倒臭がってメンテしないからさ、宝の持ち腐れよ」
「それじゃあ可愛くおめかししてね、おねーちゃん♪」
「うわ、キモっ」
何だかんだ言いながら、姉が楽しそうに私の癖のある髪をアイロンで伸ばしてく。
明日、突然彩の代わりにミスコンに出場する私を見た犬爪さんの反応を想像すると、なんだか楽しくなってきた。昨日からのアドレナリンはまだ出続けているみたい。
予習のメイクが終わり、鏡に写る私を私が見つめる。
・・・よくわからないし、あまり自分の変化って感想が言いづらいものね。
でも、姉はすごく興奮してたし、それなりに変わっているのかもしれない。
◇◆
前日祭当日の朝。
曇りや雨による湿気だけは勘弁してほしかったけど、心配は杞憂で本日は晴天なり。
道具が入ったバッグは重くて背負っている紐が肩の肉にめり込んで痛い。こういう時に荷物持ちがいたらなぁ、と恨めしく考えながら1人で登校を終えた。
直前のミスコンの交代にクラスの皆は驚いていた。理由は口裏を合わせて、「彩にどうしてもって頼まれて」で押し切った。
ミスコン開始は午後からなので、午前中は体育館で部活や有志のバンドなどの催しを鑑賞して過ごす。昼に休憩を挟んでいるけど、話題は結構ミスコンについてが殆どだった。
やっぱり結構盛り上がりイベントなのね・・・今さらながら少し緊張してきた。
でも、一泡吹かせたい私はもう後戻りするつもりもないし今さらできない。
ミスター、ミスコン参加者は午後からは各教室で準備の時間が設けられて、私は彩と数人の友達に手伝ってもらいながら、本番用のメイクを施していた。
ミスコンは各クラスごとに男女2人でステージを歩き、ポーズを決めて退場するという流れになっている。なにそれ完璧黒歴史じゃん、と思うけど、学年が進んでいく毎にその熱気は高くなるみたい。
当日の服装も予め打ち合わせで認められたものを着用しなくちゃいけないから、今は彩の服を借りている。体のラインを強調するタイトめ長袖と黒のスキニーパンツで、体格が同じなのでサイズも丁度良く助かった。
「1年生からの開始なのでそろそろステージ裏に集まって下さい」
実行委員会の人の声がけがあり、私はいよいよ勝負の舞台へと足を運ぶ。
「行くわよ石田」
「あぁ・・・は?」
廊下で待機していた石田に声をかける。石田は私を出場者に推薦した極悪人。結局彼を私が推薦をしてあみだくじで選ばれた被害者でもある。いい気味ね。
その石田が度肝を抜かれたような表情で私を見た。
「どう?似合ってる?」
「・・・マジで誰?って感じ」
呆けたように石田が言うけどちょっと大袈裟じゃないかしら。
確かに今の私は髪にアイロンをかけているためサラリとしていて、鬱陶しくて普段はかき上げている前髪は下ろしているし、三編みハーフアップという非日常的な髪型をしている。
メイクも普段は薄めなだけで、やりすぎない程度にすればそりゃ見違える・・・のかしら?
「いいから行くわよ」
自信があるわけじゃない。それに、万が一にも私が犬爪さんに勝ったとして、それで全てが解決するわけじゃない。
そう、これは「デ部」の卒業式。
それも、酉水じゃなく、私の卒業式。
ステージ裏は照明が届かないため、顔を近づけないとちゃんと人を認識できないくらいに暗い。でもそれが都合が良いかった。
下級生からの出番なので、1組の酉水が先頭バッターとなる。
一緒に歩いている子は確か卯月さんね。彼女もかなり可愛いから、私と犬爪さんじゃなく彼女が優勝も十分ありえる。
肝心のポーズなんだけど、アイツと卯月さんはドラゴン○ールのフュージョンをやっていた。
場内からは笑いが木霊した。掴みとしては上々だけどそれってミスコン的にどうなのよ。
その後に2組の人たちの出番が終わり、いよいよ3組の私の出番。
思ったよりも静かな会場でステージの上を、胸を張って意識して私は歩いた。
そうしなければ、プレッシャーに飲まれそうだったから。
2人とも見てる?
特に犬爪さん。
あなたがどこまで本心で言ってるのかはわからないけど、私は逃げなかったよ。
アピールのポースは石田と手を繋いでお辞儀をするだけだったけど、それでも場内から拍手が起こったので一安心。
ステージから戻った時の2人の反応は暗くて見えなかったけど、きっと驚いてくれたと願う。
その後は無事に3年までの出番が終わり、前夜祭は何事もなく終了した。
残すは、明日の当日祭での結果発表だけ。




