7 星を作る手
王宮からの返事が返ってくるまで二日かかり、さらに王宮側が亡命してきた隣国の王家を迎え入れる準備が整うまでに、四日を要した。
約一週間の滞在のあいだに、学院側ではいくつかの変化があった。
まず、予想以上に、フェルヴィン王家の人々の人気が出たこと。
最下層の辺境という皇国の立地のため、王も皇子も、異国での交流を楽しみながらも抜かりはない。外交と考え、よく相手をした。
もともと屈託のない気質のヴェロニカ皇女や三男のヒューゴ皇子、モニカ皇后は、とくに親しみやすいと評判である。
良くも悪くも長期休み前で退屈していた学生たちのいい話の種になったようで、皇子たちが旅立つまではと帰省を遅らせる生徒まで出るしまつだった。
最終日には、生徒たちの願いで食堂ホールでの昼食会まで計画されているという。
エリカはといえば、部屋にこもって根回しに追われている。
コネリウスは、自分の立場を活用して、皇帝たちと学院側の仲介人のような立場で、基本的にグウィンのもとで動いていた。
ヒースはそんなコネリウスに付きながら、空いた時間に『運命の輪』の構築に苦心している。
そしてサリヴァンは、エリカに命じられて、『語り部』たちに取りつける『杖』の作成に、城下町にある鍛冶屋の工房へと通い詰めていた。
「ボクのと同じようなやつにするの? 」
テーブルに肘をついたジジが言った。
作業台に材料を並べて眺めるように立ったきり、サリヴァンは不動で考え込んでいる。
「お前のはちょっと大きいから」
「小型化するのね」
作業に没頭して言葉少なになった相棒の言いたいことを汲むと、サリヴァンは「そうだ」というようにひとつ頷いた。
「それと、四本だけじゃなくて二十二本にしようかと思ってる」
「作る量? もしかして語り部全員とアルヴィン皇子のぶん? 」
「ああ。いるかもしれないだろ」
「でも四本と二十二本じゃ桁が違うだろ。時間は間に合うわけ? 」
「間に合わせる。……いつものことだし……あと間に合えば他のも……」
「ちょっと!? それ以上も何か作るつもりかい!? そりゃ君でも無茶だ! 」
「そうでもない。杖のほうは、魔力放出の指向性をつけなくていいし量産仕事だから数をこなすうちに時間も手間も減る予定」
「……最後に作りたいやつは? 」
「一点もの」
「一番作りたい『本命』はそっちだね? 」
「…………」
「図星かよ! 設備は? 足りる? 」
「おれの杖と炉があるから」
「あとは経験で大丈夫ってことね」
「うん」
「絶対きみが作らなきゃいけないやつなんだね? 」
「うん……」
「だめだ。職人モードになった。聞いてないなこりゃ」
ジジは肩をすくめて、「そういうことだから」と背後を振り返った。
炉の本来の所有者たちが、恐縮しきりに肩を小さくして、部屋の隅に固まっている。
興奮と疑心暗鬼の混ざった顔で、一番年長の老職人が言った。
「も、門外不出、国家機密の『杖作り』の技を、我々のような田舎の職人が拝見しても良いものなのでしょうか……! 」
「いいんだよ。どうせ見て盗める技術じゃあないんだから」
「そ、そんなことは」
「そうなんだよ。君たちじゃ足りないんだ。圧倒的な差がある。君たちだって、見てりゃ分かるよ」
当たり前のようにそう言われて、職人たちは顔を見合わせた。
彼らにも、経験と技術に裏付けされたプライドがある。
『なら見て確かめてやろうじゃあないか』という勇ましい顔になっていた。
「“――、――、――――……”」
サリヴァンが口の中で、鍛冶神へ捧げる賛美句を唱えだした。
すると炉に背を向けているのに、熾火が燃え上がり、渦を巻くように踊り始める。
それを見て、職人たちはゆっくりと、息をひそめて作業台へと近づいていった。
そのようすを見届けたジジは、満足げに鼻を鳴らすと、作業の邪魔をしないために影に戻っていく。
「……そうだ。ピンにしよう」
ややあってサリヴァンはそう呟き、ゼンマイが巻かれた人形のように動き出した。
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杖の主材料である魔銀とは、銀と『混沌の泥』の混合物だ。
『銀蛇』店主にして時空蛇の化身であるアイリーン・クロックフォードならば、いくらでも入手ができる素材で作られる杖は、肌身離さず持つことを目的として、装身具の形で作られる。
腕輪、イヤリング、チョーカー、飾りボタン、アンクレット、ベルト――――――。
『混沌の泥』を含むことで、銀はその質量さえ変え、持ち主に扱いやすい重さになる。
影に隠遁する魔人においては、その肉体に含まれた『混沌の泥』とも作用し、機能を阻害することもないことは、ジジに杖が与えられたことで実証済みである。
「『“王権執行” 』『“杖の王” 』」
塔の上に明かりが灯る。
学園に滞在する最後の夜だった。
明日、昼食会が終わった後、フェルヴィンからの客分たちは盛大に送り出されて王都へと出発することになっている。
そんな今日の夜は、グウィンが呼び出した語り部たち二十一体に、皇帝と皇子たちの手で『杖』をつけられるのだ。
間に合わせた当のサリヴァンは、自室の部屋のベッドに沈んでいた。
出来上がったのは、語り部たちの黒衣にあわせ、指先ほどの小さなピンである。
フェルヴィン皇国でサリヴァンが見た、伝統文様の透かし細工がされたランタンのスケッチをもとにして、七芒星のシルエットに落とし込んだ。
裏には、ピンの金具の横に、製造順の番号が振られている。『1』と『16』、『25』は欠番である。
タイを巻いたものはそこに、襟や袖を指定するものもいる。
ほっと息をつく主人たちに、現役語り部たちもまた、とくに嬉しそうに微笑んだ。
「……じゃああとは、これをアルヴィンにも届けなくてはね」
『1』の焼き印が押された木箱を見つめ、グウィンが言った。
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一夜明け。昼食会は、正午より半刻早い時間に始まることになっている。
生徒たちは、本来なら夕食会にしたかったようだが、ディナーとなるとどうしても格調高くなってしまうということで、しかたなく昼食会に変えたという経緯がある。
出発日に予定にねじこんだため、始まりを早めに設定するしかなかったのだろう。
教師陣は胃が痛いようだが、アトラス王家の人々はそんな『大人の事情』に慣れているので、生徒たちの歓待したい気持ちを汲み、素直に喜んでいた。
そんな日、昼食会が始まる一時間前に、城へと駆け込んできた新しい客人がいた。『駆け込んできた』というのは比喩で、実際は、風来坊の評判に違わぬ訪問であった。
呼び出されたサリヴァンは、疲労の残る体が良くない脱力感に包まれるのを感じていた。
いつ年を取るのか分からない彼は、愛妻家であるのに家を空けて久しく、サリヴァンも数えられるほどしか会ったことがなかった。
「……王配殿下」
「うわっ久しぶりに呼ばれた! シオンでいいよ! どうせウチの奥さんも『師匠』って呼んでるんだからさ」
「わかりました」
城の応接室には、すでにコネリウスとヒース、グウィンとエリカがいる。
メンバーに学院関係者がいないため、ヒースはフードを下ろしていた。そうすると、同じ室内に三つのほとんど同じ顔が並ぶことになる。
サリヴァンがどこに座るか迷っていると、コネリウスが席をずらして、ヒースの隣を空けてくれた。
(どういう用向きだ……? )
もしかして、とサリヴァンは思った。エリカにプロポーズのことを報告したのは記憶に新しい。
嫌な汗が出た。
シオンはずいぶん若く見える容姿のため、ヒースの双子の兄といっても通用するが、戸籍上ヒースの父親だ。実際の血縁は祖父と孫だが、ヒースには父がいないので、シオンが唯一の男性親族ということになる。
面子としても、親族を集めたと言えなくもない。
今日、シオンはシンプルな毛織のズボンとコートを着ていて、ヒースとは、顔と気質だけでなく服の趣味も近そうだ。旅装にしては、小奇麗で質のいいものを選んでいる。ヒースがそういう服を着ている時を当てはめて想定すると―――――まさか? ここで?
『あの人たぶん、なんにも考えてないと思うよ』
ジジが何か言っているが、サリヴァンとしては、何もなくとも心と言葉の準備はしておかなくてはならない。『準備を怠ったものから死ぬ』という師の口癖が脳裏に甦っていた。
頭の中でぐるぐる言葉をシュミレーションしていると、とうのシオンから視線が向けられているのを感じた。
「あ、そうだ、サリーくん」
「は、はいっ」
「昼食会、きみのかわりにおれが出るから、神官服、借りてもいい? 」
シオンも昼食会に参加するそうだ。




