力の目覚め
「君……今何をしたのだね!?」
焦りと驚きが入り混じった表情で聞いてくる男に対し、真人は頬を掻きながら、
「ぶっちゃけまだあんまりわからん。初めてやったことだし」
「戯言を!」
「いや、結構真面目にわからないんだが……」
そう言って真人が苦笑いしていると、ミーシェがゆっくりと立ち上がった。
「マサト……今のって……」
「なんだろうな、これ。ってか、もう立ち上がっても平気なのか?」
「うん。マサトのおかげで苦しくなったから、もう大丈夫」
「そっか。ならいいんだが……」
立ち上がったミーシェを見て、男はさらに表情を歪めた。
(こんな……馬鹿な……!)
男は戦わずして敵を制圧出来る自分の魔法に、絶対の自信を持っていた。
今まで自分の魔法が通じない相手には出会ったことはなかったし、言いがかりを付けてくる者は全てこの魔法で黙らせてきた。
さらに自身の魔力もさほど消費せず、燃費も素晴らしいという使い勝手の良さから、様々なところから勧誘を受けてきた。
それだと言うのに、真人には一切魔法の効果が無いどころか、魔法ごと吹き飛ばすという荒業を見せつけられた。
未知のものには興味しか感じてこなかった男は、初めて未知のものに対して恐怖を覚えた。
(わけがわからない……。なんなんだコイツは……!?)
男は真人をじっくり観察しながら、推測を始めた。
(コイツが私の妨害空間を吹き飛ばすのに使った魔法は相当高位なものに違いない。すると、コイツは魔力が少ないから立ち続けられるのではなく、膨大な魔力を持ち、なおかつその魔力を暴走させられても余裕で立ち続けていられるほどの力を持つということ……!)
一度こじれた認識はそのまま男の思考を悪い方向に加速させ、そして最終的に至った結論は――。
(コイツは恐らく最強クラスの魔術士だ! 私が指一本でも触れられる相手ではない!)
という、最大級の勘違いだった。
「……なんだあいつ、めっちゃ汗ダラダラ流してるぞ……」
「それだけマサトが恐れられてるってことだと思うんだけど……」
(くっ……。敵を前にして余所見とは……。それだけ余裕ということか……!! かくなる上は……)
男は隠し持っていた1冊の本を、真人の方へ見せつけるように出し、
「これを見よ!」
「急に元気になったなお前。……ってか、なんだそれ?」
「知らぬのも無理はない。これは初代にして最強の魔術士であるエドワード・インテグラムが記した魔術書だ」
「エドッ……!?」
驚くミーシェとは対照的に、真人は興味無さげにその本に視線をやり、
「……それが?」
「ふん。わかっているだろう? 取引だ。ここで私を見逃してくれるのなら、この本をくれてやろう。……どうだ? 悪い条件ではあるまい?」
「魔術書、ねぇ……」
(くくく……迷っておるな、当然のことだ。エドワード・インテグラムの書いた魔術書は世界に1冊しかない古代遺物。その1冊には魔法に関する真理が記されていると言われ、魔術士であれば喉から手が出るほど欲しいものだろう。いくら強くとも、己の欲に勝つことは出来ま――)
「いらん」
「ふははは。そうだろうそうだろう。やはり君も自分の欲には勝て――今なんて?」
「いらん。別に興味ないし」
男は目を丸くすると、本と真人を交互に見て、
「えっと……これ、世界に一冊しかないんだよ?」
「いきなりキャラ変わったなお前。どっちにしろいらんわ」
「貴重なものだよ? 皆欲しがってるんだよ?」
「俺は欲しがってないんだが」
「君、あれだぞ? この本、自分で使うだけじゃなくて、出すとこに出せば一生遊んで暮らせるお金が手に入る上、その名誉で貴族へ出世することだって出来るんだよ? いいの?」
「興味ない」
「えっと……なんなら、本と一緒に私が確保した人間も全員解放サービスもつけちゃうよ?」
「捕まった人に関してはお前を倒したあとでいくらでも助けられるから取引にすらなってないぞ」
「……マジで?」
「マジで」
男は膝から崩れ落ち、そのままシクシクと泣き始めた。
「なんだよこいつぅ……。いくらなんでも無欲すぎない……? こんな破格な条件、誰だって笑顔で飲むだろぉ……」
真人は面倒くさそうな表情で男を指差すと、ミーシェの方を向き、
「……なあミーシェ。なんかあいつ幼児退行したんだが」
「そ、そうだね……」
「……こういう場合、どうしたらいいんだ?」
「あー。えっと……。…………"エアハンマー"!」
ゴッッッ! と鈍器で何かを殴ったような音が響き、男の頭が地面にめり込んだ。
「ミーシェさん何やっちゃってんの!?」
「だ、だって! こういう場合は気絶させちゃった方が安心かなって!」
「無慈悲にも程があるわ!! にしても他にやり方あっただろ!? これ気絶だけで済んでるんだろうな!?」
「……えへっ?」
(あ……。これ駄目なやつかもしれない……)
確認のため真人がめり込んだ男の顔を持ち上げてみると、男は鼻血を出しながら白目になって気絶していた。
「……まあ、死んではなさそうだな。でも念のために拘束しておくか」
真人は敵を縛る魔法をイメージし、そのイメージを元に周囲の魔力を集め、
「"バインド"」
魔法を唱えると、電気で出来ているかのようなビリビリとした縄が現れ、男はその縄に拘束された。
「これでもし目が覚めても逃げられないな。ミーシェ、ひとまずコイツはここに放っておいて、お前のお兄さんや捕まった人たちを探そう」
真人はそう言って歩き始めたのだが、ミーシェはその場から動かなかった。
「どうした? もしかして、まだ体の調子が――」
「ねぇマサト」
「なんだ?」
「一応確認なんだけど、マサトって魔術士さんだったりする?」
「なんかそれ会ったときにも聞かれた気がするんだが……」
「いいの。ちょっと答え合わせがしたいだけだから」
「……? まあいいや。さっきも言ったけど、俺は魔術士じゃないし、何の力も――いや、力はさっき使えるようになったけど、ともなく、俺は魔術士じゃないよ」
「じゃあ魔封石の使い方がわからなかったっていうのもほんと?」
「ああ。存在すら知らなかった」
真面目な顔で常識レベルのものを知らないという真人を見て、ミーシェはクスリと笑うと、
「ふふっ。そっか。じゃあどうして私をドラゴンから助けてくれたの? あのときは戦う力なんて無かったんでしょ?」
「え!?」
いきなりの変化球な質問に、真人は驚いて声をあげた。
「まさか死ぬつもりで助けてくれた……とか?」
「あー。えっと……。それは……」
実際はほぼそんな感じなのだが、それを自分の口から言うのがどこか恥ずかしかった真人は、挙動不審になってしまった。
「図星かな?」
ぐぅ……。と言葉を詰まらせた真人を見て、ミーシェは笑みを浮かべると、
「そっか……。あははっ」
「……何だよ?」
「別に何でもないよ。変な勘違いしてて馬鹿だったなー、私」
「お、おう……?」
ミーシェは真人の顔を正面から見据えると、自身を無力だと知りながらも2回も助けてくれた彼に、自分が出来るとびきりの笑顔を見せ、
「ほんとにありがとう! マサト!」




