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龍介くんの日常 2  作者: 桐生 初
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はじめの一歩

龍介は帰って来ると直ぐに、夏目と夏目の父にも来て貰い、竜朗と龍太郎、しずか、真行寺を前に、未来の事を話して聞かせた。

大人達は皆、一様に深刻な顔で黙って聞いていた。

龍介が話し終えると、竜朗は言った。


「安藤に好き勝手させてたら、そうなってもおかしくはねえ。龍、しんどい報告ありがとな。長生きしてえとはあんま思わねえが、意地でも生きててやるぜ。」


「そうだな。加納が死んだら、確かに安藤の反対勢力はガタガタだ。なんとしてでも生きてて貰おう。そして、君もだな。龍太郎君。」


夏目の父に水を向けられ、流石の龍太郎も、神妙な顔で頷くと、何故か不安そうな目で龍介を見た。


「何?父さん…。」


「今の話に、しずかと優子ちゃんの事が出て来なかったけど、2人は…?」


「未来の俺は、生きてる人の事は全部教えてくれた。でも、母さんと優子さんの事は一言も言わなかった。だから、死んでるけど、これ以上、俺やきいっちゃんにショック与えない為に黙ってんのかなと思ったから、俺は聞かなかった。

でも、きいっちゃんは聞いたらしい…。」


龍介は流石に言いづらそうに、しずかを見た。


「いいわよ。別に。だって、龍太郎さんもお父様も、夏目室長も、美雨ちゃんも死んだって言われたんだし。」


「いや、その死に方が…。」


「何よ…。まさか…!」


しずかは真っ青になった。

勘違いしているというのは、龍介だけでなく、全員分かったが、面白い事を言いそうなので、敢えて黙っている。


「まさか虫にたかられて、心臓発作とか!?」


「いや、そういうレアな死に方じゃねえよ。」


「じゃあ…龍が言いづらいって言うと…。肥溜めに落ちて死んだとか!?」


「母さん!肥溜めなんて、今時どこにあるんだよ!ご期待に添えなくて申し訳ねえけど、そういう笑いが取れそうな死に方じゃねえっつーの!」


「私は真剣よ!」


でも、しっかり爆笑の渦になっているが。


「俺も真剣に話ししてんだよ!」


「んじゃあ、さっさと言いなさいよお!」


「母さんが言わせねえんだろお!?」


竜朗が、笑い過ぎて涙を流しながら促す。


「親子漫才はそんくらいにして、言いな、龍。」


「あのですね…。優子さんは和臣おじさんを守ろうとして。母さんも父さん守ろうとして、死闘の末、壮絶な死を遂げたらしい…。」


ところがしずかは、にんまりと、満足気に笑った。


「かっこいいじゃん、あたし。」


間髪を容れずに、龍太郎が怒り出す。


「何言ってんだあ!俺の為にしずかが死んでどうすんだよ!絶対ダメ!そんな未来!俺は絶対死なない!」


そして竜朗も…。


「全くだあ!なんで龍太郎の為だあ!そんなの俺はぜってー認めねえぞ、こらあ!」


怒るポイントが微妙にズレているが、仕方がない。

よくある加納家の風景である。


夏目の父が面白そうに笑いながら言った。


「まあ、そうならんように、2人共、護衛はしっかり付けて、もう1人で勝手気ままに動かん方がいいだろう。」


竜朗も龍太郎も珍しく素直に従った。

しずかが死ぬというのが、よっぽど嫌らしい。


すると、満を持して、夏目が口を開いた。


「龍介。」


「はい。」


「未来の俺は、お前に、俺に言っとけって言ったんだな?」


「そうです。」


「ーでは、俺が加納先生の護衛に付きます。」


竜朗が驚いた顔で夏目を見た。


「そんな、おめえ、警視庁どうすんだい?!やりたかった仕事だろう!?」


「辞めます。どっち道、そう長くはいられないと思っていましたから。」


確かに、夏目程のスキルがあれば、警視庁の一刑事では惜しいという面はあるし、本人もいずれは図書館に行くと決まっていると思っていたから、大学生時代、図書館でアルバイトもしていたのだろう。

でも、警視庁捜査5課での仕事を、夏目は楽しんでいた。

多忙ではあったが、良い上司に恵まれ、のびのびと、やり甲斐を持って出来ている様子が、2年前の夏目の結婚式に列席した上司達とのやりとりから、見て取れた。

夏目としても、いずれは図書館と思ってはいても、平和な世の中だったら、そのまま刑事をしていたかったのではないか。

龍介でさえそう感じていた。

竜朗は、もっと感じていたらしく、更に言った。


「人なら他に居るんだから、いいから。おめえはやりたい事やってな。未だ若いんだから。」


しかし夏目は強い目で竜朗を見つめて、有無を言わせぬ迫力で言った。


「いえ。俺は、この話を聞かなかったら、恐らくそのまま先生に言われるまで、5課で楽しくやっていました。確かにあそこは居心地がいいですから。

だけど、未来の俺が、今の俺に言えと言った。

って事は、俺は安穏と5課に居てはいけないんです。

おこがましいかもしれませんが、俺が5課から出て、今、図書館に入れば、防げる未来だと、未来の俺は思ったから、龍介に今の俺に言えと言ったんだ。

自分の事ですから、分かります。

少なくとも、加納先生を死なせない自信はあります。」


確かに、当の本人である夏目が言うのだから、未来の夏目が言った事の意図は、それで間違いは無いのかもしれない。

夏目は口数が多い方では無い。

それ故に彼は必要な事しか言わない。

要するに、余計な事や無駄な事は一切言わないのだ。

その彼が、過去の俺に言えと言った事には、確かに重要な意味があると思われた。

しかし、夏目は、今の刑事の仕事を腰掛けのつもりでやっているわけでは無いし、本当になりたい職業は刑事だったというのは、子供の時から付き合いのある、竜朗やしずかは知っていた。

その夢が叶ったというのに、それを捨てると言う夏目の気持ちを思うと、2人も、そして恐らく、父も辛い。

龍介にはそれが分かった。

龍介がまだ幼い頃、りゅーちゅけ語で、なんとか会話が通じた数少ない記憶の中に、夏目が将来なりたいものを聞いた時に、刑事と言っていたのを、龍介も覚えている。


「だったら、俺も大学行かないで、図書館入る。」


竜朗は龍介を睨みつけた。


「龍は大学行け。」


「行かない。」


「行け。どっち道、図書館は大学出以外は入れねえ。法律が頭に入ってなきゃダメなんだよ。」


「じゃあ、アルバイトで今から手伝う。」


「龍!」


敢えてなのか、ずっと黙っていた真行寺が口を開いた。


「竜朗。未来の龍介と夏目君は、龍介に託した。

未来の2人の地位から考えると、そして、この2人の考えの深さから行くと、それは実現不可能な事でもなく、龍介と夏目君なら出来るという事なんだろう。

今のこの2人が考えて出す結論には従っておいた方が良いような気がする。

尤も、夏目君には本当に申し訳ないし、やり切れなさは感じる。

折角、やりたい仕事が出来ているっていうのに、こんな世の中にしてしまったばかりに、本当に申し訳無いと思う。」


「いえ。そんな事はありません。自分で決めた事です。お気遣いなくお願いします。」


「うん…。ごめんな…。

で、龍介のアルバイトだが、今のXファイルだって、かなり図書館の仕事には食い込んでいるし、お前と同居してるのだから、都合がいいといえば、都合がいい。

だから、俺が付きそうって形でさ…。」


龍介を漸く独り立ちさせて、心配性は廃業するのかと思いきや、アルバイトに付きそうと言い出したので、一同ずっこけてしまった。


「グランパ!?頼むよ、お爺ちゃん付き添いでアルバイトなんて嫌だよ…。」


「嫌とか言うんじゃないの!まだ子供なんだから!」


「嫌だってば。そんなのお…。」


誰だって嫌な気がするのだが、一歩も引かない過保護爺さん真行寺。

竜朗が笑いながら、取りなしにかかった。


「顧問。アルバイトに爺さんがくっ付いてってのは、流石にどうかと思いますが。

結局は顧問がやるも同然じゃないですか。

Xファイルも増えて来てますし、両方は無理です。

それに、龍。」


「はい。」


「高校生のアルバイトにしちゃ、この仕事はハード過ぎる。

Xファイルの仕事は顧問が仰る通り、随分図書館の本業に関わってる。

今まで以上に、裏があんじゃねえかと気を配ってくれりゃあいい。

だから今のままで、十分手伝って貰ってる事になってんだから、せめてアルバイトは大学入ってから。

その後、達也に付く。そんでどうです。顧問。」


「ん。ならば良し。」


「けどさあ…。」


しずかは、龍介の膝に手を置いて、声を掛けた。


「あのさ。龍。」


「はい。」


「あんた、人を撃ち殺す覚悟はあんの?」


龍介はしずかを見た。

図書館の仕事を手伝うというのは、そういう事だ。


「ーやると言った以上、あります…。」


「しかし、その重みに耐え切れる年齢ってもんがあるんです。」


「………。」


「爺ちゃん達が心配して反対するのは、そこ。

あんたがその年で、いくら爺ちゃん達を守る為とはいえ、人を撃ち殺して、ショック受けて、その年で使い物にならなくなったら、それこそなんの役にも立たないでしょう。違う?」


しずかの言い方はキツイが、それは事実であり、龍介を納得させるものだった。


「初めて人を撃ち殺した時は、誰だってショック受けるの。

例え相手がどんなに悪い奴だったとしても、誰かを守る為だったとしても。結構辛いわ。

でも、辛いって思える人じゃないと、この仕事はやれないって部分もある。

人殺して、気分がいいなんて人間は、善悪の区別がつかなくなる。そしたらもうおしまいでしょう?

だから、ショックを受けるのはいいんだけど、そのショックを乗り越えられる年齢ってのがあるの。

いくら龍が大人びていても、こればっかりは無理。だから、達也君だって、大学生になるまでは、アルバイトは許可されなかったの。分かる?」


「はい…。よく分かりました…。」


「まあ、それ以前に、私たちは、龍がショック受けて、再起不能になっちゃう所なんか見たら、死にそうになっちゃうからさ。」


「はい…。」


夏目の隣にちょこんと、夏目の子供の様に座っていた美雨も言った。


「そうだよ、龍。その為にも、達也さんは、刑事さん辞めて、図書館入るって言ってるんだから。龍1人に重荷を背負わせたくないのよ。」


そうなのかもしれない。

いや、実際そうなのだろう。

龍介は未だ汚れ仕事ができない。

だから代わりに自分が先にやっておく。

そして、龍介がどっしりと背負って帰って来てしまった未来の重さを、一緒に担ごうとしてくれているのだ。

夏目なら、何も言わずに、そこまで考えるだろう。


「はい。すみません…。」


夏目は仏頂面で言った。


「年はどうしようもない。待っててやるから、浪人なんかせず大学入って、さっさと来い。」


美雨に本心を言われて、照れ臭いのだ。

長い付き合いの龍介には分かる。

龍介は漸く笑顔になって、頷いた。


「でも、達也さん、私とお義父様が死んじゃうと、一晩で白髪になっちゃうなんて…。早死に出来ませんね。お義父様。」


「本当だなあ。俺までお前にそんなに愛されてたとは知らなかったぜ、達也。」


夏目はもっと仏頂面になったが、顔が赤いので、いつもの迫力は無い。


「有難うございます。夏目さん。」


龍介に笑顔で言われると、もうどうしようもなくなったのか、立ち上がるなり、龍介の頭をビッターン!と平手打ちして、ドスドス足音を立てて、何処かへ行ってしまった。


「もう…。照れ屋なんだから…。」


龍介は叩かれた頭をさすりつつも、夏目の男気が有難くて嬉しくて、つい微笑んでしまうと、真行寺が叫んだ。


「龍介ー!お前はマゾなのかあああ!なんで笑ってるんだ!打ちどころが悪かったんじゃないのかああ!」


心配のあまり、龍介の頭を抱きかかえて、撫で撫で撫で撫で!!!!


龍介は目を線にして、苦悶の表情になり、全員引き攣った笑みになってしまう、真行寺の過保護ジジイぶりは、直る兆しは無い。



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