変な悟
龍介は、朱雀に、朱雀から見える風景の写真を撮って送らせた。
「龍、ごめん。充電切れそう…。」
龍介は早口ながらも、朱雀を安心させる様に、優しい声で言った。
「俺が無理でも、爺ちゃんに連絡して、必ず誰かに行って貰う。
それまで凍死しないようにだけ気をつけろ。
枯葉集めて、焚き火しとけ。出来るな?」
「うん…。龍、ありが…。」
充電が切れた様だ。
龍介は朱雀が送って来た写真を、寅彦と瑠璃のパソコンに取り込んで貰い、画像検索を掛けてもらった。
「えええ…。龍、これ、桟敷が岳の登山道にあるお地蔵さんだぜ?薬師峠っていう…。」
「なんでそんな所まで行っちまったんだ…。
でも、しょうがない。
古淵高校の先生達が向かってんのは、多分そっちじゃねえだろう。
瑠璃、事情説明して、貝塚先生に、古淵高校の先生に伝言して貰ってくれ。
俺は爺ちゃんに連絡してみる。」
「はい。」
瑠璃が行き、龍介は竜朗に電話した。
「朱雀が行方不明になってるのは聞いてる?」
「おう。今、柏木から報告があった。なんだい、龍。」
「朱雀から電話があって、写メらせたところ、桟敷が岳の登山道にいる様なんだ。薬師峠って所。」
「随分中心部から離れてんな…。分かった。ありがとな。直ぐ手配させる。」
「お願いします。」
それから1時間後、就寝時間になり、部屋の電気は消されていたが、担任の貝塚先生がそっとやって来た。
「古淵高校の佐々木君と柏木君、加納のお陰で、無事保護されたそうだ。ありがとな。」
「いや、俺じゃないです。調べてくれたのは、寅と瑠璃ですから。」
「そうでもさ。柏木って子、落ち着いて、枯葉集めて焚き火して、ちゃんと凍えない様に待ってたって。」
「ああ、良かったです。わざわざ有難うございます。」
「いやいや。俺の教え子の教員も、お礼言ってた。有難う。」
旅行から帰った翌日は土曜日で、朱雀がわざわざ手土産を持って、お礼を言いに来た。
「ありがとね、龍も寅も…。後で、唐沢さんにもお礼に行こうと思って。」
「なんであんな遠くまで行っちまったんだよ。」
朱雀が持って来てくれた、近所のケーキ屋のケーキを食べながら龍介が聞くと、朱雀は首を捻った。
「それ、何度もパパにも、先生にも、警察の人にも聞かれたんだけど、全然分からないんだ。
悟とは、別の班だったんだけど、悟が動かないんだって、悟の班の子が来て、僕は悟の所にどうしたのって言いに行ったんだけど…。
悟はボーっと山の方見ててね。
そしたら、目の前に猫が来たんだ。
その猫が歩きだしたら、悟が道案内してくれてるんだって言って、着いて行っちゃって…。
やめなよ、もう集合時間だから、戻ろうよって言ったんだけど…。
まあ、聞く男じゃないじゃない?」
龍介と寅彦は嫌そうな顔で頷いた。
目に見える様である。
「それでしばらく着いて行ったら…あそこに居たんだ。」
「ーは?」
「いや、だから、知らない内に、気がついたら、あそこに居たんだって。」
「意味分かんねえよ、朱雀。」
「僕だって分かんないんだよ、龍。」
「そんで佐々木の変な感じは戻ったのか?」
「それが戻らないんだよね…。
今日も、龍の所行こうって誘ったんだけど、嫌だって空見ちゃって…。」
「なんだかなあ…。瑠璃んち行くなら、一緒行って、瑠璃のお袋さんに相談してみよ。」
「うーん…。それはあ…。」
瑠璃の母は目をギュッと瞑り、そう言ったきり唸りっ放しになってしまった。
「なんだか分かりますか…。」
龍介が聞くと、首を横に振った。
「確かに、笛を拾って、盗んでしまった事で、その持ち主の死者に怒られて、危うく引きずり込まれそうになったのを、龍介君が助けたのは霊的な話ね。
でも、その先のは…。
確かにその猫は、この世の物では無いみたい。
そのお地蔵さんが並んでいる、薬師峠って所に行っちゃったのも、あの世の道を通って、ショートカットしてるみたいなんだけどお。」
「はい。」
「なんか、他の力が働いてるみたいなのよねえ…。
お化け関係だけでない何か別の…。
それがなんなんだか、全然分からないのよ…。」
「じゃあ、笛の呪いとかではないんですね?」
「多分ね。でも、その笛、どうしてこっちの世界に落ちてたんだか分からないけど、それを触った事によって、佐々木君がなんだか変な力を持ってしまったという可能性はあるかもしれないわ。」
「変な力を…?」
「そう…。それがどういう力なんだかよく分からないんだけどね…。」
「ーおばさん、悟、なんか違うんです。ボーっとしてて、空ばっかり見てて。
怒られても、なんかヘラヘラしちゃってるし、悟じゃないみたいなんだ…。」
「そうなのね…。でも、何か悪い霊が憑いてるとかは無い様よ?」
「そうなんだ…。本と、なんなんだろ…。」
「ーとなると、きいっちゃんの管轄かもしれねえが、朱雀。お前、暫く佐々木とは距離置けよ。元戻るまで。」
「うん…。そうだね…。
ママとパパにも、凄い言われちゃった…。
佐々木君と仲良くしてると、ろくな事が無い、付き合うなって…。
付き合いを今後一切止めるっていうのは抵抗あるけど、今の悟は変で嫌だもん。
暫くほっとくよ。」
そんな事があった翌日、龍介は瑠璃とチェロのコンサートに行き、瑠璃を玄関まで送っていた。
「じゃ、また明日。」
「うん。」
お決まりの抱っこと、デコッパチにチュで別れた後、瑠璃はいつもの様に、部屋の窓から龍介が帰る所を見ていた。
ーうふふ。歩いてるだけでカッコいいんだからもおおお~!
デレデレとにやけまくり、セーラにすらドン引きされていると、龍介が立ち止まった。
ーん?どうしたのかしら?
龍介は、電柱に登って、空を見ている人影に気付き、足を止めていた。
「佐々木…?」
「あ、加納。」
やっぱり目つきがおかしい。
「何やってんだ。変質者と間違えられるぞ。早く帰れ。」
「加納、月に行ってみたくないか。」
「ーは?」
目つきだけでなく、言動もおかしくなっている。
ーこれは病院連れてった方がいいんじゃねえか…。
「佐々木、降りろ。病院行こう。」
龍介がガシッと悟の足を掴むと、悟は酷く驚いた様子で電柱にしがみついた。
両手で悟の足を掴み、電柱から引きずり下ろす龍介。
「何すんだよ!離せ!」
「お前、おかしいって!病院で脳みそ診て貰え!」
「嫌だあ!僕は月に帰るんだあ!」
「お前は地球人で、月には人間なんか住めねえっつーんだよ!」
龍介は悟を落とそうとしたが、悟は暴れて、なかなか捕まえられない。
「龍!それ、佐々木君でしょお!?ほっといた方がいいわ!」
瑠璃が駆け寄りながら叫ぶと、悟は瑠璃を見て、ニヤ~っと笑った。
なんだか分からないが、嫌な予感がする。
「瑠璃!来るな!」
しかし、遅かった。
3人は、瑠璃と一緒に走って来た、瑠璃の母とセーラの前で、忽然と消えてしまった。
「いやあああ!どういう事なの!?瑠璃!?龍介君!?佐々木のバカったれえええー!!!」




