龍介、失敗する
栞は、今年の春に短大を卒業した後は、地元の図書館に勤めており、妊娠が発覚してからも勤めていたものの、切迫流産になりかけたので、そこを辞め、長岡家で、主婦見習いをやっている。
優子との仲も良く、毎日楽しそうに赤ちゃんグッズを買いに行ったり、作ったりしているらしい。
「どっち?もう分かった?」
龍介が楽しそうに聞くと、亀一は渋い顔で答えた。
「男だ。」
「そっかあ!って、きいっちゃん、男じゃ嫌なのか。」
「俺は女の子の父親になりたかったんだよ。土台長岡家ってのは、男しか生まれねえんだもん。」
すると、寅彦がやけに真面目な顔で言った。
「いや、女の子じゃない方がいい。
きいっちゃんそっくしなら男も寄り付かねえだろうが、栞ちゃんそっくりだったりしてみろ。
毎日心配で、首にリード付けたくなるぞ。」
しばらく考えた亀一。
おもむろに深刻な顔になった。
「そうだな…。言えてんな…。
寅も鸞ちゃんそっくりな女の子が生まれたりしたら…。」
「考えただけで気が狂いそうだぜ。
鸞の子供の頃の写真見たけど、すんげえ可愛いんだぜ?。
組長と写ってたりすると、漫画かアニメの様な完成度だぜ。
あんなのが娘としていて見ろ。
世界中の男、掃除機で吸い取りたくなるだろうがよ。」
「ふむふむ。言えている。」
矢張り龍介はポカンとしている。
全然ピンと来ないらしい。
「はああ…。きいっちゃんは兎も角、寅まで随分と先の事まで考えてるんだな。」
別の意味で深刻な顔で、2人揃って龍介を見、亀一が溜息混じりに言った。
「龍…。来年には18だぞ…。お前、未だ…。」
「未だ何?」
無邪気で爽やかな笑顔。
聞かずもがな、煩悩の欠片も無い。
ここは加納家。
試験休みなので、なんとなく集まっている。
「きいっちゃん、栞さんの側に居なくていいのか。」
「今日は、お義母さんとベビーグッズの買い出しで、お袋まで乱入し、女だけで楽しむんだからと、追い出された。」
微笑ましい話に3人で和やかに笑っていると、竜朗が階段駆け上がって来る音がした。
「龍、Xファイルじゃねえかって事案だ。
連れてってやるから、直ぐ準備して行きな。」
「現場は東京なの?」
準備にかかりながら龍介が聞くと、頷いた。
「大田区の京急線近くで、謎の発光体だとよ。1人、被害に遭って、腕に深達性2度の火傷したらしい。」
深達性2度の火傷といえば、完治に2週間以上かかるし、痕も残る可能性がある。
そして、京急線の大田区という情報で、龍介達はやっと思い出した。
「越田って男が言ってた話と関係あんじゃねえか?謎の発光体って。」
寅彦が言うと、龍介も亀一もしまったという顔になった。
「うわあ、すっかり忘れてた…。
ヤバイな。動かなかったせいで、大事にしちまった。」
「俺もなんの光だか調べるのも忘れてたぜ…。」
竜朗がニヤっと笑った。
「お珍しい。龍のミスかい?顧問とは現場で待ち合わせにしてある。行こうか。」
行きの車中で、竜朗が報告メールを見せてくれた。
『本日午前9時頃、横浜市内、聖ガブリエル学園2年生の高校生2人が、線路脇にある雑居ビルの階段から、京急電鉄の写真を撮っていた所、オレンジ色の発光体を目撃。
その写真を撮った所、突如、その発光体が撮影者の少年に向かって来て、咄嗟に頭と顔を腕で覆った所、その腕を火傷。
直ぐに救急隊員が駆けつけ、深達性2度の熱傷と判明。
その後、今のところは発光体は確認されていない。
監視カメラは設置済み。』
被害者は2人組の少年の内、1人。
しかも、聖ガブリエル学園の2年で、電車の写真を撮っていたという。
龍介の心が、嫌な予感で一杯になった。
早速寅彦が被害者の情報を出すと、その嫌な予感は大当たりだった。
被害者は、龍介に依頼して来た越田大希だった。
蒲田近くの病院に収容され、現在は自宅に帰っているらしい。
「火傷は電撃傷っていう、電流に依るもんらしいぜ…。」
被害者が越田と聞き、かなり深刻な顔付きになってしまった3人だったが、亀一は電撃傷というのが、引っかかったらしい。
「相当な熱じゃねえと、電流では火傷しない…。一体なんだ…。」
龍介はそれには答えず、運転席の竜朗に切迫した顔で言った。
「爺ちゃん、現場行く前に、越田に会って、謝ってから、事情を詳しく聞きたい。
越田の家に寄ってくれる?」
「はいよ。」
竜朗は快く返事をした後、助手席で顔色を失くしている龍介に微笑みかけた。
「龍、爺ちゃんも若い頃、やっちまった事がある。
そん時は、変だなと気にはなったものの、忙しさにかまけて、些細な事だと後回しにしちまった。
歩道に敷き詰められてた40センチ四方のコンクリートがなくなったってよ。
誰かいたずらで盗んだんだろうと思って、そのまんまにしといたら、気がついた時には、かなりの数盗まれてて、学生運動の時の左派学生を真似したおかしな奴が、ビルの屋上からそれを通行人に投げ落としてさ。
3人も亡くなっちまった。」
「爺ちゃん…。」
「そん時からだ。
どんな些細と思う事でも、変だと思ったら、目を光らせておくべきなんだなってさ。
今回のは、幸い命には別状ねえし、お前らは、捜査を仕事にしてる訳じゃねえもん。
あんまし気に病まず、教訓にすりゃいいさ。」
「ーはい…。」
龍介達は反省しきりといった様子で、頷いた。




