寅彦応援団
今年も盛り沢山だった夏休みが終わり、真行寺はXファイルの事務仕事で、図書館に来て竜朗と話していた。
「安藤は右傾化だと叩かれてる割に、支持率が高いな。調子に乗って、安保改正に踏み切りそうか。」
「はい。全く聞く耳もちゃあしません。双葉会長が国家騒乱罪で死刑もスピード執行されたってのに、より過激に。で、この間。」
竜朗は天を指差した。
この仕草が指し示す相手は、龍介達、若干一般国民から逸脱している者達でも知らない。
極々限られた人間しか知らない相手である。
「お呼びがかかったのか。」
「はい。玉音放送の原盤、及び、当時の天皇陛下の防空壕を公開したら、戦争反対の声を上げやすくなり、安藤も言論を抑え込もうとしなくなるのではないかと…。」
「うん、で?」
「妙案だと言いました。早速、宮内庁の方で準備にかかると。」
「あちら様がそれとなく動いてくれれば、安藤も早々、言論弾圧も報道規制も出来なくなるだろうが…。
このまま行きそうだな。選挙大勝しちまったし。財閥系ガッチリ掴んでるから、票集めは楽勝か。」
「ですね。相変わらず円安ですし。デカイ企業は安藤サマ様ですから。」
ひとしきり、現政権の愚痴をした後、真行寺は突然、竜朗を睨みつけた。
「は、はい?なんですか?」
「お前…。もう龍介に滝浴びはさせてないだろうな?」
竜朗は手をブンブン横に振って、必死に答えた。
「当たり前じゃないですか!してませんよ!あれ以来!」
「ーならいいんだが…。しかし、成長期にやっちまったのが、いけなかったのか、嫌んなるほど、効き目が持続してるな…。」
「イギリスでなんかあったんですか…。」
「イギリスでの亡霊事件は聞いただろ?」
「はい。」
「あの時、しずかちゃんが気を利かせて2人きりにしたんだ。森の中、龍介と瑠璃ちゃんを。」
「おお…。それで…。」
「キスしてもいいいって言ったら、ずっとしたいと思ってたって言うから、これは期待出来るかと思ったら、おでこにチュだけだと!
どおしてくれるんだ!ええ!?」
「えええ…。」
「もう17だぞ!お前、17の時何やってた!?
小夜子ちゃんと18禁の逃避行を繰り広げた挙句、景子ちゃん妊娠させて、親父になってたろうが!」
「す…すみません…。」
もう謝るしかない竜朗。
「お前のその有り余る煩悩を、ちょっとでいいから、龍介に分け与えろおおお!」
「んな事言ったって、もう俺だって煩悩ありませんし、分けられる類いのもんなら、とっくに亀一だの顧問だの、たっちゃんだのから貰ってますよお…。」
「全くもお!その報告を瑠璃ちゃんから受けた龍彦としずかちゃんは、白目剥いて倒れてたぞ!どおしてくれるんだ、この馬鹿あ!」
「ううう…。申し訳ありません…。」
本当は凄い人な筈の竜朗は、真行寺には滅法頭が上がらない。
龍介の煩悩は兎も角、世の中ハロウィンである。
「万聖節って意味も分かんねえくせに、凄え流行り方だよな。」
横浜まで歩く途中の商店街がハロウィン一色なのを見て、亀一がボヤくと、龍介が笑った。
「んな事言ったって、俺たちだってチビの頃は、恩恵に預かってたじゃねえかよ。」
「ああ…。そうだ。やったな。
この3軒だったけど、一応扮装して、トリックオアトリートって…。
龍は『ちょりっくおあちょりーと!』だったけどな。」
途端に憮然とする龍介。
「うるせえな。子供には言いづらかったんだよ。」
「お前はなんでも言いづらかっただろうがよ。」
小学校入学直前に、龍介はドラキュラ、亀一はフランケンシュタイン、寅彦は狼男に扮装して、それぞれの家を回って、お菓子を貰った。
どの家も、あの母達だから、美味しい手作りお菓子だったが、その頃から、龍介ファンクラブの会長だった優子は、ドラキュラの龍介を見て、『吸われてみたい〜!』と、悶絶し、和臣にドン引かれていた。
「優子さんのアレは謎だったな…。」
と言いながら、龍介は隣の瑠璃を見て固まった。
「吸われてみたーい。いいな、いいな、かっこいいだろうな、龍のドラキュラ。」
優子同様、身をくねらせて、ハートマークを飛び散らせながら、いつものあのにやけ顔で言っていたからだ。
亀一が苦笑しながら、寅彦に目をやると、ぼんやり歩きながら初秋の風景を眺めており、心ここにあらずといった感じだ。
鸞は居ない。
2学期になってから、赤松とデートしてから送って貰うのか、よく知らないが、一緒の電車になった事は無い。
気付くと、龍介と瑠璃も、心配そうに寅彦を見ていた。
「唐沢、どうなってんだよ、赤松と鸞ちゃんは。」
「うーん…。実は、あんまり聞いてないの…。」
「なんで。」
「だって鸞ちゃんから言わないんだもん…。」
すかさず龍介が期待を込めて聞く。
「上手く行ってねえから?」
「分かんない…。
でも、この間、私を助けに来てくれた時の、加来君の勇姿の録画を見せてからかもしれない。
何にも言わなくなったのって…。
でも、もし仮に別れたくなってたとしても、大変だよね…。
赤松君、一生懸命だし…。
思いっきり逆方向の遠い所に住んでるのに、送ってくれるみたいだし…。」
赤松は横須賀に住んでいる。
龍介達とは猛烈な反対方向に住み、尚且つ、横須賀と相模原というのは、滅茶苦茶遠い。
横浜の学校が丁度ど真ん中で、赤松と龍介達は、お互い1番遠い所に住んでいる者同士だから、送って行くとなったら、2時間では済まなくなる。
赤松は相当頑張っているのが、それだけでも分かる。
余程好きなんだなあと思うと、いくら寅彦の為とはいえ、振られるのを願うのも気が引けてしまう。
嫌な奴ならまだしも、赤松は、完全無欠にいい奴だ。
亀一も同じ様に思ったのか、考え込んだ顔で黙ってしまった。
寅彦の三角関係、割と複雑である。
「ちょっと俺、アキバ寄って帰る。先帰って。」
寅彦は横浜駅で別れてしまった。
寂しげな背中を見送り、瑠璃は決意した様に言った。
「ちょっと私、もうちょっと鸞ちゃんに加来君がどれだけ変わったか、プッシュしてみるわ。」
「お、唐沢も寅推しか。心強いな。」
「だって、加来君とも長いお付き合いですもん。
それに、赤松君は確かにいい人だし、なんて言うのかな…。
定型の王子様って感じよね。
優しくて紳士で、顔も甘いマスクってやつで、イケメンだし、スポーツ万能。
うちの看板ラグビー部の部長。
だけど、なんか加来君に比べると、面白みが無い気がするのよ。」
「おおー!おお!そんで!?」
龍介と亀一は親友を褒められて嬉しくなって、勢い込んで聞いた。
「加来君はさ、目つきが鋭くて、好き嫌いはあるかもしれないけど、私から見たら、爽やかで万人受けしそうな赤松君よりイケメンだと思うのね。
ちょっと可愛い感じだけど、性格の強さが出てて、同じ年齢にしては、いい顔だと思うの。
まあ、それはこの御三方、みんなそうだねって、うちの母も言ってるんだけど。」
「ふんふん。」
ついでに自分達も褒められて、龍介達の機嫌は結構うなぎ昇りに上がって行く。
「スキルも凄いし、頼もしいし、男は黙ってって感じで渋いと思うの。
それに今回、お化けも克服したし、そしたら絶対赤松君より楽しいし、いい男だと思うんだよね。」
「そうであろう。そうであろう!頼むぜ、瑠璃。」
「ん。期待してるぜ、唐沢。」
2人の期待を一身に受け、瑠璃は力強く頷いた。
秋葉原に寄った寅彦は、小田急相模原駅からぼんやりと歩いていた。
夜8時位になっている。
秋葉原に行っても、買い物には余り集中出来なかった。
見る物、入る店、全部鸞に繋がってしまうからだ。
結構、秋葉原には付き合わせてしまった。
鸞は面白くもないはずなのに、嫌な顔もせず、楽しそうに付き合ってくれていた。
ーでも、そういうのも嫌だったのかな…。
ふと前方を見る。
暗がりの中の後ろ姿が鸞に見えた。
ー鸞?まさかな…。鸞の事ばっか考えてるから、鸞に見えちまうんだな…。
それにかなり離れている。
眼鏡をかけていても、かなり視力の悪い寅彦には、ちゃんとは見えていない。
ー鸞ノイローゼだな、全く…。
なるべく気にしない様にと歩きだしたところで、その前方の人影に数人が立ち塞がる様に立ち、何やら話し始めた。
だが、様子がおかしい。
「嫌だって言ってるでしょう!離しなさいよ!」
鸞の声だった。
寅彦は迷わず駆け寄った。




