ウィリアムズ家とマクラーレン家
デビットは、運転席に座るなり、ウィリアムズ家について話し始めた。
「ウィリアムズ家はね、お姫様1人しか生まれなかったのよ。
王様は側室も取ったんだけど、子宝に恵まれず。
でもさ、どっかの次男坊を養子に取れば、家は保てる。
だから、そのお姫様を大事に育ててたんだけど、そのお姫様、意外とおてんばさんで、時々お城を抜け出しちゃってたのね。
そして、ウィリアムズ家と敵対している、隣のマクラーレン家の領地に入ってしまった。」
「ウィリアムズ対マクラーレン!?F1か!?」
男の子3人は過剰反応し、真行寺は笑い出す。
「そうなのよ。
私もF1でウィリアムズチームが出て来た時には、まだ確執が続いてんの?って思っちゃったけど、F1チームは無関係だから。
でね、その敵領地で迷子になっているお姫様を助けたのが、そこの王子、リチャードだったの。
2人は一目で恋に落ち、リチャードはお姫様を返さなかった。
そして、ウィリアムズ家はお姫様を攫うとは卑怯だと、マクラーレン家に戦を仕掛け、マクラーレンの王様は好機とばかりに応戦。
そのままウィリアムズ家を滅ぼしたという話。」
「可哀想に…。そのお姫様の実家は滅ぼされちまったのか。」
龍介が言うと、亀一も言った。
「そんなんじゃ、夫婦仲が壊れそうだけど。」
「そうでしょ?
でも、大丈夫だったのよ。
リチャードはその戦を止めようとしたの。
それでもダメだったから、自分もお姫様を連れてマクラーレン家を出てしまって、夫婦2人で仲良くどこかの村で暮らしたという話だから、そっちは大丈夫という訳。
でも、その後、マクラーレン家も断絶。
結局、ウィリアムズ家の領地を奪い取って、拡大したけど、人手に渡ったわ。」
「はあ…。なるほど…。
しかし、そんな昔の話で、多分歴史でも習わない様な、小さい領地争いの話だろ?
デビットさんもよく知ってるね。」
龍介が感心した様子で言うと、デビットはニヤッと笑った。
「実は、アタシの爺さんが、自称マクラーレン家の騎士の末裔なの。
ま、アタシの近所にはそういう人がいっぱい居るけどね。
子供の時から御伽話の様に聞かされて来たのよ。」
「へえ…。そうだったんだ…。」
「だから、頭しっかりして、ピンピンしてるから、ついでに話聞くといいわ。」
「有難う。」
デビットは、後部座席で暗い顔をして、そう返事をする龍介を、ルームミラー越しに気遣う様な目で見つめた。
「大丈夫よ、Jr.。ラピちゃんは、無事に戻って来るわ。」
「うん。有難う…。」
「ラピちゃん?」
亀一が聞き返すと、デビットはわざと明るく答えた。
「瑠璃ってお名前は、ラピスラズリって意味だって聞いたから。
私達の間ではラピちゃんになっているのよ。」
デビットは、4人を実家に連れて行った。
出て来たおじいさんは、デビットとはあまり似ていなかったが、デビットを見ると、嬉しそうに笑いながら、デビットを抱き締めた。
「来おったな、カマの孫。」
「カマってやめてよ、お爺ちゃん。
あ、電話で話したボスの息子さんの龍介と、ボスのお父さんミスター真行寺。
それと、龍介のお友達の寅と亀一よ。」
1人1人とにこやかに挨拶を交わした後、デビットの祖父はしずかが狂喜乱舞して喜びそうなブリティッシュカントリーの素敵なリビングに5人を通した。
龍介が事のあらましを語ると、難しい顔になった。
「またウィリアムズ家の亡霊共が悪さをしおったのか…。
そのラピちゃんという女の子は、小柄で、長い黒髪の色の白い、可愛らしい子なのではないかね。」
「その通りです…。」
龍介が何故分かるのだろうと、神妙になって聞くと、老人は、龍介の顔を真剣な目で見つめ返して、話し始めた。
「ワシらがまだ子供の頃はな…。
ウィリアムズ家の亡霊が夜毎出て来ては、この辺りの少女を攫って行ったんだ。
長い黒髪の小柄で色白の、可愛らしい子をな。」
「見つかったんですか、その子達は…。」
「無事に戻って来た子も居たが、殆どが1カ月後位に死体になって、湖に浮かんでいた。
変態殺人者の仕業じゃないかと、警察が動いたが、人間が関わっている様子は無く、その子にも、傷は1つも無く、死因は餓死だったから、迷宮入りで、解決しとらん。
ワシらの間では、専ら、ウィリアムズ家の亡霊の仕業と言っておった。
その唯一助かった子が、亡霊達に攫われ、ポケットの中に入っていた、婆様から貰った水晶を出したら、亡霊達が逃げ出したので、走り出したら、森を捜索していた男どもに会えたと証言しておったしな。
ウィリアムズ家のお転婆姫ークララ様は、長い黒髪、小柄で色白だったらしい。
ここら辺は、その昔は、マクラーレン家の土地だったから、死してなお、姫を探して迷い出ているのだろうと、そういう容姿を持つ少女の親は戦々恐々として、娘を抱き抱えて眠ったそうだ。」
瑠璃が死ぬかもしれないと思うと、龍介の手は震えた。
だが、犯人がウィリアムズ家の亡霊で、瑠璃をクララ姫と勘違いしているのならば、食べ物を与えない代わりに、危害も加えない筈だ。
龍介は逸る気持ちを必死に抑えて、情報を集める事に専心した。
「それで、それは…、収まったんですか…。」
「うむ。ある日突然収まった。
亡霊を見たという人間も居なくなった。
まあ、あの森に入らなければの話だがな。」
「あの森とは…。」
デビットが、証拠品の土とシダ植物の入っている袋を見せながら、間に入った。
「お爺ちゃん、これがラピちゃんのお部屋に落ちてたのよ。そこの森の物じゃないかって分析結果がでたわ。」
「ーあそこは死者の森と呼ばれ、地元の者は寄り付かん。
あそこはウィリアムズ家とマクラーレン家の領地の間にあってな。
あそこでマクラーレン側が待ち伏せをして、ウィリアムズ家の兵隊の殆どを殺した。
それからウィリアムズ家の亡霊が出ると噂が立っておるし、実際、唯一の生き残りの少女も、そこに連れて行かれ、そこから出て来た。
亡霊に遭ったら、ただでは済まぬという話じゃ。
入るには相当な勇気が要るぞ。増して、お前さん。」
と、龍介を見つめ、本棚から古びた分厚い本を出し、男性の肖像画の部分を広げて見せた。
「ん…?龍そっくりじゃねえかよ。」
亀一が言うと、老人は深く頷いた。
「クララ姫を攫い、両家没落の原因を作られたリチャード王子の肖像画だ。」
亀一が龍介を心配そうに見つめた。
「お前…、行ったら、取り殺されるぜ…。」
「んな事言ってられるか。俺が行かんでどうする。」
「だって、ウィリアムズ家の亡霊にしてみたら、怨み重なる男にそっくりじゃないか、お前は!
話聞いてる限り、奴らは死んだって自覚が無え!
未だに姫奪還の戦いは続いてるんだ!」
「だったら終わりにさせるしかない。
瑠璃だけでなく、攫われる女の子は無くさねえと。
お爺さん、ウィリアムズ家の亡霊と戦う方法はありませんか。」
老人は暫く腕を組んで考え込んだ後、ちょっと待ってろと言い残し、部屋を出て行った。
真行寺はすっかり顔色を失くしている。
「グランパ、そんな顔しないで…。寅だって頑張って正気保ってるんだから…。」
「いや、そっちじゃない。別に俺は、化け物は怖くは無い。だが、龍介に何かあったらと思うと…。」
龍介は笑って真行寺の膝を叩いた。
「なんだ、そっちか。大丈夫だよ。生きてる人間の方が強いんだから。」
龍介の決意を知り、亀一も腹を括ったのか、真行寺に頷いて見せた。
「俺も行きますし。グランパはここで待機。」
「いや、俺も行く!」
「お年寄りは駄目でしょう。」
「年寄り扱いすんじゃねえよ!」
「だってもう74でしょう?若く見えても、老化は確実に進んでんだから、無理は禁物です。銃なんか効かねえんだろうし。」
亀一と真行寺が揉めているのを龍介が笑って止めに入ろうとしたところで、寅彦が宣言する様に言った。
「俺も行くから大丈夫です!」
「寅…?。無理しなくていいんだぜ?」
気遣う龍介の目をしっかり見て、寅彦は言った。
「俺にとっても怨み重なるなんだよ。化け物は。
そのお陰で鸞に振られたんだからな。
毒を持って、毒を制す。
亡霊退治して、克服しつつ、怨みの全てを晴らしてやるぜ…。」
なんだか微妙にずれているような気もするが、一応そういう事にし、真行寺は龍介が説得し、森の外でデビットと待機していて貰う事で、なんとか話がついた。
真行寺はそれならばと武器弾薬の準備に入るため、車に戻った。
老人は外に出て行ったらしく、まだ帰って来ないので、デビットと4人で、さっき老人が出して来た、分厚い本を注意深くめくりながら読み始めた。
それは、マクラーレン家の歴史だった。
リチャードがクララ姫と恋に落ち、嫁にすると言った当初、マクラーレン家の人間は全員反対した様だが、腹黒い父親はそれを好機にウィリアムズ家を没落させようと企てた。
父親の策略通りに事は運び、リチャードの反対も虚しく、ウィリアムズ家は罠に嵌り、全滅し、ウィリアムズ家の領地は、マクラーレン家の物となる。
しかし、その後、マクラーレン家に次々と不幸が襲いかかる。
リチャードがクララを連れて出奔したが、マクラーレン家は、男子系の家系で、リチャードの下に王子が5人も居たので、跡継ぎには困らない筈だった。
ところが、この王子達が、1人を残して、次々に病や事故で亡くなってしまう。
悲嘆にくれた王妃も亡くなり、ウィリアムズ家の亡霊の呪いの仕業だという噂が出る。
1人残った王子が、亡霊に襲われ、命を落としかけたからだった。
そして、王子は精鋭の騎士を2人連れ、その為に誂えた剣を持ち、死者の森に入る。
そこで、亡霊退治をし、ウィリアムズ家の呪いは止まったものの、その戦いで王子は命を落とし、腹黒かった王は、自らの行いを悔やみ、悲嘆に暮れながら亡くなり、マクラーレン家も没落したと書いてあった。
「龍…。」
亀一と寅彦、それにデビットまで心配しきりといった様子で、龍介を見ている。
龍介は、3人を安心させる様に笑って言った。
「大丈夫だよ。あまり剣術に長けてなかったんだろ、この王子。
ほら、この細い腕。これじゃ、こんなでっかい剣、持ち上げんのも一苦労だ。」
それは言えていた。
その王子は肖像画という、より良く都合良く描かれる物の筈なのに、顔色は青白く、ひょろひょろとした体つきで、剣より絵筆の方が似合いそうな風情がありありと感じ取れる。
そして、騎士と3人で持って行ったとされる剣の絵は、とても大きな剣で、見るからに重そうだった。
「でも、Jr.。ドラゴンに応援頼んだ方が良くない?
彼もケンドーの腕は有段者なんでしょう?
この特殊な剣でしか倒せないんだったら、剣術得意な人が多ければ多い程いいんじゃないのかしら?」
「お父さんの仕事はずっと忙しいだろ?本来ならデビットさんを借りたのだって申し訳ない話だ。大丈夫。」
それに…と亀一が継いだ。
「その特殊な剣の構造が分かれば、もしかしたら、他の武器に応用できて、デビットさんとグランパにも入って貰えて、5人でなんとかなるかもしれない。」
「そーなの?ヤングパパ。」
「ーヤングパパ!?」
ものすごく落ち着かない響きだが、事実なので、亀一は仕方なく飲み込んだ。
「まあ、メカニズムが分かればの話だ。魔法だとか、魔術だとかになったら、お手上げだけどな。」
老人が大きな棒状の包みを2つ抱えて戻って来た。
「待たせたな。これだ。1つは当家に残っていた物。もう1つは近所に住む、やはり、森に一緒入った騎士の末裔の、友人の男に借り受けて来た。」
デビットが驚いた顔で、老人を見た。
「お爺ちゃん!自称じゃなかったの!?うち!」
「自称とは失敬な!本当だと、お前がカマになる前から話して聞かせておったろうに!」
「アタシは生まれた時からオカマよお!」
変な言い合いはさて置き、龍介達3人は、その剣を見せて貰った。
絵の通りの剣で、大きく、重い。
「これはな、人は斬れんのだ。ほれ、刃が無かろう?だが、何故か亡霊は斬れたらしい。」
「きいっちゃん、調べられるか?」
「やってみよう。お借りしていいですか。」
「構わんよ。」
寅彦が老人に聞いた。
「王子の剣はどこです?」
「それがな。王子は剣術は全くの不得手だったそうだ。
まあ、この絵を見れば分かるだろうが、この剣を持つのがやっとといった感じでな。
ここには、王家の不名誉という事で書いてないが、森に入って割とすぐにやられてしまったのよ。
だから、ワシらのご先祖様が王子を抱えながら戦い、ある程度成敗し、亡霊が見えなくなったところで、王子を担いで戻って来たものだから、王子の剣は森の中なのじゃ。」
「ーそうですか…。きいっちゃんが調べて、複製が出来るかどうかが鍵だな。きいっちゃんの調査を待つ事にしようか。」
「ゆっくりして行け。この家を使って構わん。なんならこの老いぼれも手を貸すぞ。」
ニッと笑う老人に微笑み返し、龍介は礼を言った。




