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龍介くんの日常 2  作者: 桐生 初
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更なる窮地

美雨は、情報管理部の隅っこの椅子にちょこんと腰掛けている瑠璃に、自分の分のついでに淹れたミルクティーを持って、隣に座った。


「どうだった?龍は。」


瑠璃の緊張していた顔が、少しほころんだ。


「あ、凄いカッコよかったです。生徒会の時なんかとは比べものにならない位、緊迫していて、重い状況なのに、もっと生き生きして見えました。

やっぱり、このお仕事、合ってるんですね。」


「そうね。惚れ直した?」


「はい。」


美雨の顔も嬉しそうにほころぶ。


「私もそうだった〜。達也さんがここでバイト始めたから、叔父様の許可貰って、一緒に来てたけど、今までで1番て位カッコ良かった。」


「大好きなんですね。夏目さんの事。」


「うん。瑠璃ちゃんが龍の事好きな位。」


「キャ〜。」


何故かハイタッチ。


「でも、やっぱり龍は、オカマにならないといけないんですか。」


「そうねえ。まあ、ならずに済めばそれにこした事は無いんだけど、データを抜くにはそれなりに時間が掛かるわ。

佐々木君はもうパソコンハッキングして、どこにデータが入ってるとかは分かるでしょうけど、完全に消す為には、ハードディスクの奥とかに入ってないか、復元不可能なレベルまで消さないとならない。

まあ、最低でも、5分はかかる。

その間、完全に気を逸らさなきゃならない。

相手が素人なら兎も角、今回の孫は、かなりやり手のスパイ。

中途半端な気の逸らし方をしたら、警戒されて、バレてしまい、下手したら、全てが台無しになる。だから、女に目がないとか、ギャンブルに目がないとか、美少年好きとか、弱味が分かれば、そこを突いて、気を逸らすのが一番安全なの。」


「なるほど…。可哀想に…。」


「本当嫌なのねえ。達也さんとホモ疑惑まであるくせに。」


「ーそれ…。やっぱり、龍が女性役なんでしょうか…。」


「それはそうなんじゃないの?」


2人で改めて想像して、身を震わせる。


「キモ〜!!!」


いくら色男同士でも中身は知ってるし、具体的に想像してしまうと、あのプチヤクザの龍介が女の子っぽくなって、夏目に甘えている図というのが、筆舌に尽くし難く不気味だ。


しかし、瑠璃の緊張はお陰ですっかり払拭出来た様だ。

明るい顔で立ち上がり、美雨に言った。


「有難うございます。変な緊張が取れました。じゃ、私、龍のサポートに入ります。」


「はい。お願いします。」


パソコンに向かいながら瑠璃は内心、舌を巻いた。


ーこの無駄話が無かったら、私、緊張の余り、ちゃんとサポート出来なかったかもしれない。流石、あの夏目さんより強い人だなあ、美雨さんて…。




動き出した龍介の無線に、ご無沙汰している懐かしい声が聞こえた。


「龍。」


「朱雀?」


「はいはい。ハバロフスクは中国の方が近いから、どうだって本部長から連絡があってね。

一本杉組長はお忙しいので、僕と川平さんて方と応援に来てます。

僕はホテルの部屋とロビーが見える所から見守ってます。

川平さんはもうロビーで孫の側に居るからね。

ロシア語の新聞読んでるビジネスマン風の人。」


「有難う。助かるぜ。川平さん?」


「おう。宜しくな、ドラ息子。」


ーなんでこの人にまでドラ息子呼ばわり…。


一本杉だけでなく、朱雀以外の一本杉チーム全員、龍介をドラゴンの息子のドラ息子と呼んでいるらしい。

龍介は目を線にしつつ、礼を言い、階段を駆け下り、孫の部屋の階数で悟と一緒に止まり、一応警戒しながら孫の部屋を開けて、安全と監視の有無を確認した後、悟を中に入れた。

そこに瑠璃の声。


「龍、このホテルの監視カメラは、ロビーと表玄関にしか無いわ。他に監視カメラ的な信号も検知されません。」


「おう。ありがと。それは助かるぜ。」


悟と別れ、今度はエレベーターでロビーに向かう。

龍介が降り、孫の方を見ると、孫も龍介を見た。

粘っこい目で…。


ーああああ!この目はフランスの、あの時のあのオカマの目だあああああ!


ただでさえ足はふらつき、顔色の悪い龍介は、更に具合が悪そうな見た目になり、演技ではなく、本当にヨロヨロと歩き出し、いい感じの所でよろめいた。


ーこれ利用するしかねえか…。


そして、孫が座っているソファーの少し手前で蹲った。

孫は直ぐに立ち上がって、龍介の肩に手を掛け、中国語で話し掛けた。


「大丈夫ですか。少し休みなさい。ここ座って…。」


孫は自分の正面の席に龍介を座らせ、ロシアンティーを注文すると、額を抑えて、辛そうにしている龍介の顔を覗き込んだ。


「大丈夫?」


「ああ、すみません…。」


龍介も中国語で返す。


「綺麗な北京語だが、中国人かな?」


「そうです。」


顔を上げると、孫はギラギラした目で龍介を見た。

スケベオヤジの視線に晒される若い女の子の気持ちが、嫌という程分かる。


「すみません…。飛行機で酔ってしまって、少し部屋で休んでいたんですが、約束があるので、出ようと…。でも、無理かな…。」


「止めた方がいいんじゃないか。キャンセル出来ない約束なのかい?」


「いえ。ここにお父上の仕事の関係で移って来た友人と会う約束なので、明日にして貰います。」


「その方がいいね。飛行機酔いなら、私はいい薬を持ってる。取って来てあげよう。」


今取りに行かれたら困る。

龍介は死ぬ気で立ち上がろうとする男の手を掴んだ。


「いや…。あの…。」


ここで決め台詞、乃至は、口説き文句を言わねばならないのは重々承知しているが、喉に何か詰まった様に、半端では無い抵抗感で、何も言えない。


「龍、頑張って…。龍がオカマでないのは私がよく分かってるからね…。」


瑠璃の必死に励ます声が聞こえた。

瑠璃に心の中で礼を言いながら、龍介は震える声で言った。


「あなたと話していると、楽になります。道中1人で不安だったので、それが大きいのかもしれない…。側に居て下さいませんか…。」


孫は嬉しそうに笑った。

龍介の震える声、オカマに怯えきった不安気な目は、孫の心を鷲掴みにした様である。

龍介の手を両手で包み込み、ソファーに座った。


ー手え離せ!このオカマ!


龍介は心の中で悪態を吐きながら、泣きそうな目で礼を言った。




なんとか孫の足止めに成功し、中国に帰ったら会おうとしきりと誘って来る孫を、龍介があしらっていると、無線から朱雀の声が聞こえた。


「孫の部屋に2人入って来た。悟は寝室。侵入者は居室側の部屋の、ソファーに座ってる。どうする龍。」


龍介はどうすると言われても、孫との会話で脈絡の無い事は言えない。

代わりに川平が言ってくれた。


「誰だ。」


「今、唐沢さんに顔写真送りました。」


直ぐに瑠璃が答える。


「中国人民軍の人間よ。下っ端ね。」


監視だか、警護だか分からないが、共産主義国なら、それもありだろう。

龍介は再び窮地に立たされた。





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