八咫烏の日常2
かなり重い気分で、美雨に電話を掛ける龍介。
隊員達は、先程龍介を囲む為に龍介の席に集まって来たまま、スピーカーにさせ、息を飲んで聞いている。
「もしもし。龍?」
「ごめんね、美雨ちゃん…。体調大丈夫?今平気?」
「うん。平気よ。なんか元気無い声ね。どうかした?」
「あ、いや…。あの…。夏目さん、朝から元気無くて…。なんかあったのかなと心配になったんだけど、でも、夫婦の問題だもんな。ごめん。聞くべきじゃねえよな…。」
渋谷と夏目隊の、渾身の蹴りが入る。
「うっ!」
「龍?大丈夫!?」
「だっ…大丈夫…。」
八咫烏隊員は、全員が特殊部隊の兵士レベルである。
つまり、蹴りといっても、相当な威力を持っている。
よって龍介は、痛みに耐えながら答えた。
「いいのよ、もう。叔父様にもバレてるでしょう?」
「なんか説教食らってるらしいよ…。」
「もう。だからいいって言ったのに、お義父様ったら、叔父様に言っちゃうんだもんなあ。」
どうやら美雨が言いつけたのでは無く、夏目の父が竜朗に言いつけた様だ。
「そうなんだ…。」
「まあ、そう大した話じゃないのよ。
先月、達也さんのプーさんが壊れちゃったじゃない?」
プーさんは、ディズニーのくまのプーさんでは無い。
夏目がプーさんのぬいぐるみかなんかを大事にしていたら、夏目を知る者全員が心臓発作で死ぬ。
美雨の言うプーさんとは、夏目の愛車プジョー205GTI ITSチューニングの事で、美雨はそう呼んでいる。
「そうだね。」
「そしたら思いの外修理代がかかったらしくて、お給料全部支払いに使っちゃったのね。一言も無く。」
「えっ!?」
「うーん。まあ、気持ちは分かるし、本人も払っちゃった後で、やっちゃったって思ったみたいで、既に反省してたから、そんな怒ってた訳じゃないけど、でも、生活費、お義父様に出して貰わなきゃになっちゃうじゃない?
私の稼ぎなんかたかがしれてるし。」
「うん…。そうだね…。」
「だから、お灸をすえたんだけどね。」
それが先月の弁当らしい。
「なるほど。」
「ところが、今月もやっちゃったんだなあ。」
「ええ!?」
「更に不具合が見つかって、また全額払って来ちゃったのね。流石に私も頭来ちゃって、閻魔大王にしたんだけど。あ、見た!?凄いでしょ!?力作よ!」
「た…確かに凄え上手かったよ…。本出せるよ、美雨ちゃん…。」
「うふふ!でもね、お義父様、先月も切れちゃって大乱闘になったんだけど、今月は更に怒ってしまって、叔父様に言っちゃったのよ。ほら、お義父様と達也さん、互角だから勝負つかないでしょ?延々とやってるだけだから。」
「そうだったんだ…。」
やっと分かったからもういいかと、周りを見ると、サーッと隊員が居なくなっていた。
見ると、全員がデスクについて、仕事をしているフリをしている。
酷い事に、渋谷なんかもう居なくなってしまっている。
そして龍介は、背後にとんでもない殺気を感じた。
人間で、こんな殺気を出せる人間を、龍介は今の所、1人しか知らない。
龍介は電話を握ったままゆっくり振り返って、その殺気の持ち主を見て、真っ青な顔で、蚊のなくような声で言った。
「夏目さん…。」
電話の向こうで美雨が悲鳴を挙げる。
電話は全員に聞こえる様に、スピーカーになっていた。
つまり、どの部分からかは分からないが、美雨が話した事の全てが、夏目にも聞こえてしまっていたのだ。
「やだ、龍!達也さんが絶対来ない所で掛けてらっしゃいよ!何してんの!八咫烏の癖に!大丈夫!?」
大丈夫では無い。
夏目は龍介を殺す寸前という目で睨みつけながら、デスクの上を見た。
どうも、散らかり放題でも、ルールや系統が本人の中にはあるらしく、書類やファイルの位置が変わり、弁当箱の位置も元に戻したつもりだったが、不十分だったらしく、その一瞬で、弁当を見たという事がバレてしまった様だ。
そして隊員全員を同様に睨みつけながら、低い声で言った。
「訓練室来い。2分後。」
全員脱兎の如く駆け出して、着替えに走る。
今日の訓練は間違いなく死ぬ思いをするだろう。
何時もの比でなく…。
ーだから言ったのに…。
その言葉を飲み込んで、訓練室に走る龍介だった。




