謎めいたお兄さん
龍介と龍彦の羽根つきだけでなく、翌日に年始の挨拶に来た優子としずかの羽根つきも、羽子板は折れなかったものの、似たようなカンカンカンカン言わせる激しいラリーであった為、龍治の勘違いはそのままに正月を終えてしまった。
冬休みは終わったが、龍介達3年生は、もうこの時期に受験が始まる子も出て来るので、実質学校には行かなくていい感じで家に居るし、龍治と謙輔もなんとかこのまま大学に入ってしまおうと、必死に頑張って勉強している。
双子達も特に問題は起こさないし、苺も上手くやれている様だ。
穏やかに過ごせると思っていた龍介だったが、また不得意な事で頭を悩ませる羽目になった。
双子が学校から帰って来て、暫く経った頃、龍介に一義からLINEが入った。
ーこの間は本当に申し訳ありませんでした。お世話になりました。本日はお兄さんに折り入ってご相談したい事があるので、お忙しい所、申し訳ありませんが、うちに来て頂けないでしょうか。
相談に乗って欲しいと頼んでいるのに、こっちに来ず、龍介を呼び出すという事は、うちに居る人間にばれたら困る事なのだろうと、龍介は瞬時に分かった。
相談の内容は今の所不明だが、一義達も英を受験するらしいし、そろそろ受験日も近いから、受験対策の事かなと思った。
双子は余裕で合格圏だし、双子の前では相談し難いだろう。
だったら、力になってやらん事もないと、龍介は軽く考え、今から行くとだけ返事をし、家を出た。
「受験の事か?」
一義は自分で呼んだくせに、自分の部屋に通し、母親が持って来てくれたお菓子とコーヒーを出したきり、黙ってしまっているので、龍介がそう聞いたのだが、首を横に振るだけで、なかなか言わない。
「なんなの?そんな言いづれえ事なの?」
「ーはい…。」
「俺への苦情とか?」
「ちっ、違います!」
焦っている所を見ると、本当に苦情ではないらしい。
「そんじゃ何。」
「あの…。お兄さんは、瑠璃さんとどういう経緯でお付き合いをする様に…?」
龍介は固まって黙ってしまった。
てっきり、いきなりのプライベートな質問に気分を害したのかと思ったが、どうもそうではないらしく、今度はギュッと目を閉じて、腕組みをして、唸り始めてしまった。
「あ…、あのお…。」
「うーん…。覚えてねえな…。なんでそうなったんだっけかな…。」
「えええ!?」
あり得ないと言いたげな一義に、龍介は不貞腐れた様な顔で言った。
「お前が相談してえんだろ。俺の過去聞いてどうすんだよ。」
「い、いや、あの…。身近な人で、恋愛されて、上手く行ってる方って、お兄さんだけなものですから…。」
そこで龍介に嫌な予感が過る。
赤松同様、一義も、形だけ見て、龍介は彼女持ちで、恋愛の相談しても大丈夫だと思っているのだ。
「か、一義…。俺は瑠璃と付き合ってたって、恋愛がどうこうとかの役には立たないぜ…。」
「そんな事言わないで、お願いします!もう、俺、玉砕するの嫌なんです!」
「ま、また好きな子出来たのか…。またバカなら止めといた方がいいぞ…。」
「いえ。今度はすこぶる頭はいいです。天才かもしれない。」
なんだか別の嫌な予感が過って来た。
一義の周りで、頭がすこぶる良く、天才かもしれないなんて、龍介に思い付くのは、2人しか居ない。
「ま…、まさか、蜜柑じゃ…。蜜柑の事は翔が好きだって言ってんだろ!?俺は三角だの四角だのの関係の間に入るのは、2度とごめんだからな!?」
龍介は鸞と寅彦と赤松の三角形で酷い目に遭った記憶を蘇らせ、恐怖に震えた。
「違います!蜜柑じゃないです!」
「ーじゃ、まさか…。」
「はい…。苺ちゃん…。」
ほっとしつつも、悩む兄。
「蜜柑を好きって翔も相当変わってっけどさあ…。なんで苺?まあ、性格は蜜柑よかいいし、大人しい方だけど、あれもやる事強烈だぜえ?ズボラだし…。」
「それも可愛いです…。」
『恋は盲目』というセリフが龍介の頭をかすめた。
「だからそんで、何を俺に相談してえんだよ。」
「玉砕しないで済む告白の仕方を!」
龍介は必死に、『知らねえよ、んなもん!』と叫びたいのを堪える為、頭を抱えながら答えた。
「ー取り敢えず、今はダメだろ。あいつら余裕で合格予想が出てるとはいえ、受験前に?って思うだろうから、心証も良くない。」
「では合格してから…。なんて言えば?」
「普通にストレートに言やあいいだろ。」
「それで振られ続けてるから、お聞きしてるんです!」
「つーか、苺はどうなんだよ。お前の事好きそうなのか?それ次第で、なんて言おうが答えは変わんねえだろ。」
「そこもお聞きしたくて…。どうなんでしょう。」
「お前の話は…、別に頻度が高く出るという訳でも無い。相変わらず、お父さんラブだな。」
「ううう…。」
「お前、好きって思うのが早過ぎねえか?仲良くなったのって、夏休みだろ?もうちょっとお互い分かってからにした方がいいんじゃねえの?」
「オッさん好きという事で、俺はどうなんでしょうか!?」
「オッさん好きっつったって、かっこいいオッさんが好きなんであって、オッさん臭えのが好きかどうかは別問題だと思うけどな。」
「うううう…。」
一義はテーブルに突っ伏してしまった。
「あのさあ、一義。」
「はい…。」
一義は涙目で顔を上げた。
「そもそも俺は、瑠璃と付き合っちゃあいるが、周りには頭抱えられる様な、子供みてえな付き合い方しかしてねえそうだし、俺に恋愛問題の相談すんのは、お門違いもいいトコなんだよ…。」
「でも…。お兄さんしか周りに成功している人は居ません…。翔もあんなで、全然相手にされてないし…。」
「あのね。大体お前ら、早過ぎなんだよ。まだ小学生の癖に、好きだの付き合いたいだのなんだのと。俺はそんな変態じみた奴らに大事な妹達をやる気は無え。」
「ええ!?」
龍介は段々と腹が立って来ていた。
大体、龍介だって、当の本人の一義だって、受験間近の立場の癖に、愛だの恋だのの相談を持ち掛けて来るとは。
若干浮世離れした龍介には、そんな事で大事な時期にくよくよ悩むのも、自分を呼び出すのも、アホにしか見えない。
寄って、極論に行き着いてしまったのである。
「そう。そうだよ。こんな大事な時期に、んなくだらねえ事でぐちぐち悩んでいる様な男に、誰がうちの妹をやるか。」
「そ、そんな、だって…。」
「黙れ、この変態!」
「へ、変態!?」
「変態だろ!佐々木と同じだぜ!気色の悪い!絶対駄目!俺が反対!だから駄目!お前も翔も駄目だ!以上!帰る!」
「そ、そんな、お兄さん、ちょっと待っ…。」
止める間もなく、龍介は本当に帰ってしまった。
「そんな事言うだけ言って、本当に帰って来ちまったのかよ。可哀想に。」
帰るなり、寅彦の部屋に入って話すと、そう言って、苦笑された。
「だって、変態だろう!」
「変態変態って、好きっつった位で、なんで変態扱い…。まあ、可愛い妹達に、変な虫は付けたくない龍の気持ちは分かるけどね。」
「ん。」
「でも、好きになるのに、時期とかタイミングとかって無えんだよ。」
「そらそうかもしれんが、寅は鸞ちゃんは掘り出し物だって思ったんだろ?実際そうみてえだし、2人はお似合い。
けど、一義はなんなんだよ。惚れっぽ過ぎだろ。あっちが駄目なら直ぐこっちって。そんなの認められない。」
「そうねえ。俺もそういうのは、よく分からない。」
「なんか一義が苺をっての聞いたら、妙に頭来た。もう全部駄目。」
「翔ってのもか?えらいとばっちりだな。あいつは一義とかいうのと違って、蜜柑に対して、俺が鸞に思った感じだったから、龍も許さん事も無いって言ってなかったっけ?」
「駄目。」
「ああ、そう。まあいいけど…。」
「なんで俺もなんだよお!ただでさえ、この間の一件で、評価ガタ落ちで、婿に推挙も白紙撤回されたってえのにさあ!」
話を聞いた翔は、予想通り怒った。
「ごめん…。」
「大体、一義、本気なんだろうな!あんた惚れっぽいから、信用されねえし、変態とか言われんじゃねえの!?」
「いや、今度こそ本気!」
「本とかあ!」
「本とだってええ!親友のお前まで疑うなよお!」
「にしてもだな…。」
翔は急にトーンダウンし、呟く様に言った。
「その、変態ってなんだよ…。」
「知らねえよ…。俺も分かんない…。」
「うーん…。益々謎めいたお兄さんだ…。」
その謎めいたお兄さんは、相変わらず、瑠璃とデートの帰りにデコッパチにチュをして、瑠璃に目を線にした顔をされていた。




