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20 化け物

 冬の肌寒さをまだ少し残した朝。寒さを感じて、のそのそと上半身を起こす。

 大きく伸びをして、欠伸をする私。開いたカーテンからさんさんと照りつける日光に思わず目を細めた。


 私はふと、上半身を起こしたとき、いつも太腿の上でしわしわになって足先までのびている布団がないことに気付く。道理で寒いはずだ。布団かけずに寝てしまったのだから。

 苦笑しながら、布団のすぐ傍にある目覚まし時計を見ると、起床時間まで二時間も短針が前にある。起きるのが早すぎてしまった。私はもう一度大きな欠伸をする。

 まだ、眠いし二度寝するしかないと思い、布団にぼふっと倒れ込むと、同じ布団の上に斗鬼がいた。


 顔をそちら側に向けると、斗鬼の青い髪が日光に照らされ、白い肌がより一層際立っている。前に唾液まみれの時にも彼の寝顔を見たが、近くで見るとより整った顔立ちが強調される。思わず、その美しい肌に触ってみたいという欲望に駆られるが、思いとどまった。


「って……えぇ!?」


 何故ならことの異常さに気付いたからだ。

 いやいやいや、考えてもみよう。なんで思春期真っ盛りな男女が同じ布団で寝ているのだ。前世でも経験したことがない。まさかこの年で供寝って。


 うじうじと座り込み、人差し指で布団に円を描く。

 一人で落ち込んでいる私の気配に気づいたのか、例の彼はのっそりと起きあがった。眠たそうに日光を体中に受け止める彼。私は再び、傍に置いている目覚まし時計を見て、朝早いのに起こしてしまったのかもしれないという罪悪感に駆られた。


「おはよ」

「ん」


 彼が私の挨拶に返してきた言葉は端的で。そのまま、静かに歯磨きを始めた。私が朝からうるさかったことに怒りもしない。やっぱり彼は優しい。


「ねぇ、斗鬼。私達なんで一緒の布団で寝ていたかわかる?」

「泣いてたから」


 斗鬼は歯ブラシを口にくわえながら、私の問いに答えた。

 そういえば、起きたとき枕が湿っている気がする。私はうなされていたのだろうか。

 そうなんだと言って、私も歯磨きを始めた。


 私達が起きるのは早かったが、スーとソレイユは起きるのが遅かった。二人総出で起こすのにも、一苦労した。

 私が大声で呼びかけても彼らは夢の中。幸せそうに涎まで垂らしていた。二人は獣の姿で睡眠をとるので、涎を垂らす姿も愛らしいものに見えるのは私だけだろう。

 どうしたもんかとため息をついていると、斗鬼が私の前に立った。彼が毛布を回転させると二人はぐるんっと宙を一回転する。あれには驚いたものだ。シュールな起こし方を垣間見て、スーとソレイユは戦闘態勢に入り、起きた。


「怖いんだよ、斗鬼!」とソレイユが涙目で叫んでいたのも覚えている。そしてそれに対して怪しげに目を細める彼の姿も。


「じゃあ、そろそろ出発しようか」

「そうだな」


 屋敷から早春の若葉が芽吹いた庭にこっそりと出る。執事に彼の存在がバレたら面倒なので、こんな風にこそこそと移動するしかない。

 庭に出るという神経を使う動作だけでバテてしまう私の身体。森まで行けるのかと斗鬼に心配されたが、大丈夫と返しておいた。すると、彼はおもむろに帽子を取り出して私に被せた。


「え?」

「被っとけ」


 彼に帽子の上から頭を押さえつけられる私。確かに、今日はこの季節にしては日差しが強い。病弱な私の身体では、この日光さえも酷なものとなってしまうかもしれない。夏は、どうなるんだって言いたくなるでしょうけど、私は毎年引きこもりクーラー生活です。電気代はもったいないかもしれませんが、これだけは妥協できません。


「ありがとう」

「あぁ」


 お礼を言うとほんのり笑う彼。周りの植物も嬉しそうにさわさわと音をさせる。風が柔らかく吹き抜けて、私の頬を掠めた。

 普段無表情な彼の笑顔は、そこら辺の女の子ならすぐに撃ち抜かれてしまいそうだ。


 私は、そうでもない。何故かって? 一瞬は胸が跳ねたのだが、スーとソレイユが彼に飛びかかって結果的残念な仕上がりになってしまったからだ。朝の復讐よと高らかに笑うスーは、絶対に敵に回してはいけないと思いました。

 私は、三人を制止する。


「喧嘩しないで、ほらほら行こう?」


 三人は、こちらを見て頷いた。私はスーに跨り、森があるであろう南東を指さす。


「出発進行」

「おおー!!」


 ソレイユはくわっと口を開き、嬉しそうに雄叫びをあげる。スーは私が姿勢を低くしたのを合図に、勢いよく土を蹴る。

 風を切り、肌にびりびりとした痛みを感じる。長い白髪が風により、地面と平行な位置でゆれる。少しでも、気を抜けば振り落とされてしまいそうで。私は、スーの体を強く抱きしめた。

初めて獅子に乗ったのだけど、獅子ではなくて、地面すれすれを走るジェットコースター乗っているような気分でした。つまり、とても怖かったのだ。


「ね、ねぇ。もうちょっとスピード落とさない?」

「今日中に往復できず、森で野宿でもいいなら落としますわよ」

「やっぱりこのままでいい。我慢する」


 ならいいですとスピードを緩めずに言うスー。

 森で野宿だけは避けたい。病弱少女、森、魔獣。この単語だけでも死亡フラグの臭いが漂っている。わざわざ危険を冒したくないし、提案しておいてなんだが、私自身も斗鬼を早く戻るべき場所に返してあげたいのだ。


 目まぐるしく変わっていく景色。美しいと見入ることはできない。物理的に。

 やがて、それまでの目まぐるしく変わっていった景色とは一転した空気を感じた。スーやソレイユも立ち止まった。

 不穏な空気を放つ暗い森。時より、ギャァァァだとかグエーーだとか、明らかに魔獣が発しているであろう声も聞こえてくる。

 森の周りにある木に、黄色いお札が貼ってある。


「着きましたわよ」

「ここが、森?」

「そうです」


 スーは獅子のまま首を縦にふった。

 私はスーから降りて森の木をまじまじと見る。腐敗した木も多い。また、腐敗していない木も、森の前に見た木に比べて葉も黒々としている。土は紫色で見るからに体に悪そうだ。


「ここに帰るの?」


 私は私達より少し遅れてきた斗鬼に声をかける。斗鬼は切らした息を整えながら頷いた。

 私は斗鬼の人間離れした能力を強く実感した。普通の人間はスーとソレイユの足の速さについてくることが、出来るわけないのだから。息は切らしているが、彼は汗ひとつかいていない。

 やはり不思議だと思って、私が彼に近づいていくと彼は私を突き飛ばした。


「すまん」

「いや、いいよ。斗鬼は女の子苦手なんでしょ?」


 咄嗟に謝る斗鬼にガルルと唸るスーとソレイユ。また険悪な雰囲気になってしまったものだ。

 私はあははと苦笑していると、腰をついていた木がミシミシと音を立て、倒れてしまった。腐敗していた木だったのであろうが、倒れてしまうともなると落ち込む。私の体重ってそんなに重いのだろうかと。


「嘘だろ……」


 そうして上を見上げると、いつも無表情の斗鬼が焦った顔で私を見ている。否、私ではない。正しく視線を追うと、私の背後を見ている。


 何だろう? 疑問に思って振り返ると、


「ひっ」


 そこには化け物がいた。

 人とも、動物ともいえないような顔に鳥のようなトサカ、二足歩行の熊のような体。身長は軽く3mは超えているであろう巨体。禍々しいオーラを身に纏ったそんな化け物。

 私は腰が引けて動けないし、悲鳴すらあげることができない。そんな頼りない主人を助けようと、スーとソレイユは私のもとへと向かってくる。


「ぅぐおおおおおおお!!」


 が、化け物の雄叫びによって、彼らは足を止めた。いや止めさせられたのだ。雄叫びの力で私達は金縛りにあったように動けなくなってしまった。叫び終わった今でも、びりびりと肌が痺れている。

 スーとソレイユは思うように動けないので、苦しそうな顔をしている。


 やがて、化け物は視界の中に私を捉えた。見られた瞬間、寒気がした。

 5m、4m、3mとじりじりとにじみ寄って来る化け物。怯えた私の顔を恍惚とした表情で見つめてくる。

 そうしてもう目前となったとき、化け物は面白くなさそうに、私に拳を振るった。


 私の小さな身体は大きな化け物の力は大きすぎたようで、いとも簡単に私は隣の木まで吹き飛ばされた。

 金縛りが解けて、瞳に涙を溜めたスーとソレイユが駆け寄って来るが、化け物に足止めされて思うように近づけないらしい。


 にしても、痛い。お腹に感じるズキズキとした痛み。感覚的にあばら骨何本かいってる気がする。

 私は強烈な痛みにより、意識を手放した。

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