表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/20

19 拾い物

 コウと別れてから、お誕生日会も何事もなく、終了の言葉を言い終えることができた。何事もなくは、言い過ぎか。視界の端っこで一部が乱闘をおこしていた。酒の入った顔をしていたのでどうせ飲み過ぎだろう。にぎやかな雰囲気に呑まれたのかもしれないな。

 止めるのも面倒だったので、執事に頼むと乱闘をおこしていた者たちに鉄拳が降り注いだ。

 鉄拳は頭の丁度中心に当たって、とても痛そうだった。


 私は笑顔で領地の民を玄関まで見送り、ホールに戻った。

 ホールは汚かった。食べ物は律儀に余すことなく持ち帰られているし、皿は智雄さんが磨いているから綺麗なんだけど、クラッカーやら忘れ物やらがあちこちに転がっている。そんなホールを見てはぁーと大きなため息をつく。


 よし、片付けは明日しよう。コウや、スー、ソレイユに手伝わせた方が効率も良さそうだし。

 私はすかさず現実逃避をして、部屋に戻ろうとした。

 私は部屋に戻る際の廊下で、さっきまで自分のいた方向から汚し過ぎだー! なんていう某執事の叫び声が聞こえたけど、無視するに限る。

 静かに部屋の中に入り、インスタントのコーヒーを淹れてから、質素な椅子に座る。机の上におかれた栞を挟んだ魔法指南書を開き、新たなページを捲る。さっき淹れたコーヒーをたまに挟みつつ。

 無言で流れる時の流れは身に沁みて心地よい。


 ギギィと音がして、誰かの気配が私の部屋の中で共有される。

 この時間に帰って来る者なんてだいたい予想はつく。今日は外で狩りをする時間がいつもより少し長かった気がする。


「ただいま戻りましたわ」

「おかえり」


 私に話しかけてくるのはスー。本を閉じて、声のした方に目を向けると私は顔を引きつらせた。

 私の視界に入り込むのは美しい銀と水色の毛並みをもったスーと、ワイルドな金と赤色の髭をもったソレイユ。そこまではいつも通りだ。口にびろんびろんのシャツを銜えていなければ。


 いやいや、何で二人とも、人を銜えてるの!?

 いくらなんでも人を持って帰ってこなくてもいいからね!

 なんて心の中でツッコみつつ、状況を確認する。


 二人(二頭?)に銜えられた人は、青い髪を獅子たちの唾液でべとべとにされ、それでもなお深く目を閉じている。見た感じ、私やコウと同じくらいの年齢に見える。

 二人は私の前にその人を私の椅子の前にぺたっと投げた。


「拾った」

「拾ったじゃないでしょーが!?」


 ソレイユはお土産くらいの感覚で私に言うが、それどころではない。

 私は、慌てて少年の頭を落ちていた布団で拭く。唾液べっちょりの中で、起きたら大変だ。起きたらべっちょべちょで、獅子に見つめられているなんて私でも耐えられない。そうして、私は懸命に彼を私のボロい布団に運んだ。


 私に叱られていると思ったのか、スーとソレイユはしゅんと背中を丸めている。

 流石に、言い過ぎたかもしれない。拭き終えると、二人の身体を優しく撫でた。

 触れると同時に、もっふもふの毛並みが私の手にふわりとした感覚がわたる。獰猛そうな獅子の見た目に反して、毛はとても柔らかくて気持ちがいいのだ。


「わふっ」


 彼らは、頬の肉を持ち上げて満足そうに鳴く。

 二人も撫でられて嬉しかったのか、頬をすりすりと私の手に押し付ける。さわさわと上下される毛並みにくすぐったいようななんとも言えない気持ちになる。おっと、毛並みを堪能している場合ではなかった。


 私は二人から手を離し、事情をきくことにした。


「こいつ、獣臭かった」

「どういうこと?」

「ソレイユに任せると、説明が上手く伝わりませんわ。とりあえず、黙っていてください」


 スーは水を体に纏って人の姿に戻る。スーの場合、水を背中から丸く覆っていき、球体ジェルの中に獅子が包まれる。ジェルに包まれたスーは目を閉じていて、獅子が中に入った琥珀のようだと思う。その中にいる時間は十秒ほどで、そこから出てくると人の姿になる。

 予想はつくと思うが、ソレイユの場合、包むものが水じゃなくて火になる。燃える心配はないのだが、ソレイユの変態はスーと違って、なかなかの迫力がある。

 スーは眼鏡を人差し指でくいっと上にあげた。


「私達はいつものように森に狩りをしに行きました。森の奥で何やら気配を感じたのですわ。人の気配を。気配を辿った先でその青い髪の男を拾ったのです。その時点でその男はかなりの力を消耗していました」

「ふむ。ということは遭難者かなにかかな?」

「それは、どうでしょう。人間にしては獣臭いですし。第一、あんな最深部に人間が入れるわけありません」


 スーの話で、ますます謎は増していくばかりだ。獣臭いとさっきから言っているので、彼の首元の臭いを嗅いでみるも、これといって変な臭いはしなかった。私は首を傾げる。獣臭であれば、スーとソレイユのにおいは微かにしたんだけど、それではないようだし。


「やはり臭いますわ。魔物でもないし、人間でもない臭い」

「おう! 臭うぞ」


 鋭く目を光らせるスー。人間でも、魔物でもない。よくわからない。姿はどこからどうみても人間である。極論、私だって人間か否かよく分からないのだからどんな存在であろうと関係ないのだ。

 でも、獣人とか魔族とかにも会ってみたかったので、存在はどうでもいいにしろ、種族が気になるは気になる。

 もう一度、臭いを嗅ぐため、彼の首元に鼻を寄せ付けた。


「ん…」

「は、はろー」


 ただ、タイミングが非常に悪かった。吐息を漏らしながら、彼が開いた深い青い瞳と首元から覗く私の瞳がぴったり合わさった。私は、至近距離で見つめられて、金縛りにあったように動けない。顔を引きつらしてお互い静止すること、三十秒。ようやく我に返った彼に私は思いっきり突き飛ばされた。


「…っ!?」


 突き飛ばされた瞬間、ソレイユが巨体を私と床の間に滑り込ませたので幸い私に怪我はなかった。

 ぐえっと下で辛そうな声が聞こえた後、ソレイユが重いと呟いたので頭をパシリと叩いた。ソレイユにはデリカシーを分かってほしい。最近太った気はしてたけど!


 私は目を突き飛ばした少年に向ける。彼は目を見開いていた。


「どうして…俺の上にいるんだ?」


 彼の発した声は、困惑した声。状況が理解できていないようだ。

 そりゃそうだよね。獅子に見つめられるのも怖いけど、見ず知らずの異性に首筋の匂いを嗅がれるって恐怖でしかないよね。

 一人でうんうんと納得する。


「ごめんなさい。ちょっと確かめたいことがあって」

「…そうか」


 少し間を空けて、彼は頷いた。スーとソレイユが、部屋の隅で睨んでいたのでとりあえず落ち着かせた。

 彼に聞きたいことは山ほどある。


「ところでなんだけど、貴方は森の中で倒れていたらしいの。そこをこの子たちが保護したの。私達は貴方に危害は加えない、安心して」

「わかった」


 倒れたことを聞いて、何かを思い出したように唸る彼。私の言葉に返事はするが、心ここにあらずという状態であった。


「貴方はどうして森で倒れていたかわかる?」

「多分…力を使い過ぎた」

「力?」

「なんでもない」


 首を振って拒絶の反応を示される。

 ここは踏み入ってはいけないところだったのか。誰にだって知られたくないことは一つや二つある。まぁ、いいや。私は深追いしないことにした。


「じゃあ、貴方をお家まで送りたいのだけど、お家の場所を教えてくれない?」

「森の、中」

「森の中?」


 彼は私の言葉に唇を噛んだ。悔やんだ顔が見てとれる。そうして、彼は送らなくていいと首を横に振った。


「せめて森までは返させてくれない?」


 彼は眉を下げてl悩むような仕草をする。

 今起きたばかりで体力が回復しきっていない彼を一人で帰らすのは不安だ。それも危険が伴う森の中。いくらなんでも無理だろう。

 彼もそれを理解したのかこくりと頷いた。


「早い方がいいよね。明日の正午にここを出発しよう」

「うん」

「付き合ってくれる? スー、ソレイユ」


 もちろんと吠えるソレイユと、当たり前ですわとつんと澄ますスー。

 とりあえず、解決しなければならない最優先の問題は解決した。迷子を森の中まで返すこと。


 私は明日に思いを馳せて、胸の高鳴りを感じていた。

 私の体力不足については獅子の精霊二人がおぶってくれると思うので、安心だ。一回森の中にも入ってみたかったし、二人にも乗りたかったので念願の夢が同時に二つも叶うのだ。楽しみにならないはずがない。


 安心すると、ぐぅ~と腹の虫がなる。勿論私ではない。私の前にいる少年だ。

 でも、恥じらうことがなく、堂々としているから本当に彼なのか不安になった。だが、もう一度大きな虫の音が鳴ったので彼であろう。


「なにか食べ物持ってくるね」 


 私は彼に微笑みかけて、少年と精霊を部屋に残して厨房に向かった。


 手頃な林檎を冷蔵庫から取り出し、ついでに厨房の棚に隠してあった某駄菓子を口に含む。駄菓子を食べないとこんなハプニングやってられない。あ、駄菓子の味については、美味しかったです。

 部屋に戻ってくると、二人の人型になった精霊は彼を睨んでいて、彼はなんとも思っていない様子だった。


「二人とも、睨まないの」

「別に。慣れてるから」


 彼はそっけなく、私の制止を咎めた。根はいい人なんだろうな。無表情だけど。

 わかったと言い、手に持っていた林檎を渡す。

 そうして、私達は彼が林檎を咀嚼する姿を眺めた。

 あっという間に食べ終わったので、少し自己紹介をはさむことにした。私達はお互いに何も知らない。彼自身も少しくらいは何かを教えてくれるのではないだろうか。


「ところで、自己紹介がまだだったわね。私は、白崎 遥。貴方は?」

大宮(おおみや) 斗鬼(とき)


 斗鬼は名前だけ言うと、それだけで十分だとでも言うように眠たそうに目をこすった。

 私は名前だけでもわかったので大きな収穫を得ることができた。私も眠いし寝ようと、彼に眠いか聞いても、眠くないと答えてくる斗鬼。話は平行線で、私も段々やけくそになってきた。ここまで意地を張られると負けられない。

 私と斗鬼は夜遅くまで平行線の質問と応答をしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ