18 生誕
説明回です
あれから11年という月日が過ぎて、私は御年15となる中学3年生になった。
「白崎様の誕生に乾杯!」
大声をあげて、乾杯の音頭をとる中年のおじさん。気恥ずかしかったが、私も小さく乾杯とジュースの入ったグラスをあげた。
両親が残していった遺産の一つのあの大きな屋敷。そこにあるホールを使って私の誕生日をサプライズで祝ってくれる領地の民たち。私って愛されているなぁと実感する。
愛されていると言ったが、あんなに嫌われていた白崎家に対して、何故こんなに民が好意を抱いているかという疑問が生じるだろう。その答えは、私は白崎家没落を防ぐために、あの事件すらも隠し通せるくらいに立派な政治を行ったからだ。
「白崎様、お誕生日おめでとうございます。白崎様のおかげで私達の村は九死に一生を得ました」
「いやいや、大したことしてませんよ」
そんなことないですよ、村を救ってくださいましたからと若い女性は惚けながら言う。いや救ったまでいうと大袈裟だ。私はただ廃れた農村では前世の知識を手繰り寄せて、廃れる原因を解明、対策を練った。
その対策に合わせて動いてくれたのは村の民だし、結局は私ではなく自分たちでどうにかしたんだと思うけど。私がそれを言うと、謙虚な心をお持ちで……と誤解が生まれたので、もう言わないことにしている。
「白崎様ー、今度うちの皿見てくれよー」
「また改良したのですか……本当に智雄さんは皿大好きですね。気が向いたら赴かせていただきます」
さらに、うちの領地に、皿という名産品ができた。資材不足だーと叫んでいた智雄さんに欲しいものを尋ねて、資材を与えると究極の皿を作ったのだ。皿メーカーは安くてたくさんをモットーにしているところばかりだったので、手作りの皿を作っているところは少なかった。
究極の皿という商品名の皿は、デザインも繊細で万人に愛されそうなもの。とても皿以外にはガサツな智雄さんが作ったものとは、思えない出来だった。
商品名が残念なのは、智雄さんのご愛嬌である。商品名は残念だけど、売れ行きは上々。今では高級な皿生産の五割をこの智雄さんとその弟子たちが担当しているといっても過言ではないと思う。
この人たちのおかげでうちの領地は非常に潤っている。
他にはこの領地に住んでいた富裕層が私のことを不憫に思って、支援金を与えてくれたり。
皆さんには、私の方が感謝し足りないくらいです。
あとは、私が病弱だったときに吐いた石が魔石だったらしく、すこぶる高額で売れたのも記憶に残っている。口から出したものだと思うとちょっとアレな気持ちはするけど、まだまだ在庫はあるので資金難になったら売ろうと思う。
手元に現物資産でおいておくというのも悪くはないだろうし。
「お嬢様。黒鋼様があちらに」
執事があちらにと手を向けたのは、テラス。コウは相変わらず窓が大好きだなーと思いつつ、テラスに足を踏み入れた。するとテラスには、こちらを振り返り、笑いかけてくるイケメンがいた。手をひらひらと振っている。
イケメンは私よりも頭一つ分高い背で、顔も美少年というより、美青年といった方がいい美しい顔立ち。昔よりも憂い帯びた顔は色気が増していて、だが残念なことにその顔にかかる黒髪は無造作にはねている。
こういうところは昔から変わらない。
「よっ、誕生日おめでとう白崎。今年で44か?」
「もうこの年にもなると誕生日って老ける一歩かと思っちゃうよね……ってコウは一言余計。まぁ、何だかんだで今まで平穏に暮らせて良かったよ」
コウは静かに月を見て、そうだなと言った。
思い返せば内縁の者が一人もいなくなってからしばらく経つ。あの時から、二週間ほど経って、コウが紹介してくれた執事も随分とこちらの暮らしに慣れたようだ。ちなみにその執事というのは先ほど私に声をかけてくれた彼だ。住み込みで働いてくれるので非常に助かっている。今は領地のこともほとんど彼に丸投げなので、反省しないといけないかも。
「こいつらも大きくなったしなぁ」
「こいつらとは何ですか。もう喋れなくて、貴方にさんざんバカにされた私達じゃないんですから」
「別にどっちでもよくね?」
コウが、こいつらというのは月獅子のスーとソレイユ。何と驚くことにスーとソレイユは人型になったのだ。
スーは私と同じ露草色の髪を背中を背中まで伸ばし、三つ編みにしている。眼鏡が萌え要素の気品ある女の子。
ソレイユは燃えるように赤い髪を短髪で、耳元を刈り上げている。真っ直ぐに育ちすぎて反抗期がこなさそうな男の子。
二人とも外見としては7歳くらいの幼い子供だ。だけど、その姿を獣に戻せば、私達よりも大きい全長2メートルくらいの獅子になる。月に映える毛並みは非常に美しいが、でかい。いつかは背中に乗りたいものだ。
「今日のところはこれくらいで許してあげましょう」
「おう! 許してやる」
「許される許されないこそ、俺としては、心底どっちでもいい」
なんだと、と髪を逆立てる二人。その二人にばれないように、二人の頭上に闇魔法で檻を作っているコウ。コウは多分これから起こる二人の展開を面白がっているのだろうけど、その余裕な笑みに腹が立った二人はコウに向かって突進する。
あーあ。言わんこっちゃない。二人は檻に閉じ込められた。
コウはげらげら笑っている。そんな様子を眺めながら私はテラスの手すりに肘をついて、顎をのせる。今日も平和だなー。
「そのへんにしてあげたら?」
「そうだな」
二人を檻から出すコウ。二人は怒ってどこかに走り去っていった。どうせ森だろう。
私達、五大名家が一つずつ所有している森には金のもととなる鉱石や、以前に私が口から出した石のような魔石がごろごろ転がっている。
もちろんそんな場所こぞって皆が行くに決まってるじゃないかと思うところであろうが、そうでもない。 その森には魔物がいるのだ。命をかけて魔石を取りにいく職もあるが、好んで選ぶ者は変わり者が多いだろう。
魔物がいるといえば、天空の魔族領もいるなー。とか思いつつ、二人のことを考える。
あの二人は恐ろしく強いし、大丈夫だろうな。泣きそうになりながら魔物を蹴散らしまくる二人が目に浮かんだ。それはそれで微妙な気分だな。とりあえず、その妄想はかき消しておいた。
コウは私が肘を置いている手すりに座った。そして空を仰ぐ。
「あとひと月、か」
「そうだね、あのゲームの本編が始まるまで」
俺、ヒロインに無表情貫き通せるか不安なんだよなとぼやくコウ。
そう、私の誕生日は3月12日。約ひと月ほどでゲームが始まってしまうのだ。ゲームの無垢なヒロインちゃんに会えるのは嬉しいけど、桜ちゃんが嫌な思いするのは嫌だし、かなり憂鬱な気分だ。
溜め息をつきそうになる。
「大丈夫だよ。私も生きているし、物語からは逸れているから無表情じゃなくても問題ないと思う。ゲームの強制力も働かなさそうだし」
「そうだな。俺は俺だし、ゲームのキャラでもなんでもないもんな」
「じゃあ、思い切って私もキャラ変更してみようかなー」
「お? どんなんだ」
コウは思いのほか食いついてきた。手すりの上に座っていたが、上半身を乗り出してきたのだ。
キャラ変更と言ってみたもののあんまり浮かんでこない。
「私は囚われの姫。貴方の愛があれば私はここから解放されるでしょう。どうかお願いします。偽りの愛でもいいんです……」
「黒歴史確定だな」
「ぐ……」
ずばりと痛いところを言われたので言い返せない。しかもちょっとノリノリでやった自分が恥ずかしい。
こうなったら黒歴史を共有するしかない。
「コウもやってみてよ?」
「まぁ今日だけなら」
私は、コウが面倒だからと嫌がると思っていたので驚いた。いや、意外と面倒と言いながらも、やりたかったのかもしれない。
私が的外れな見解をしていると、コウは手すりから下りて、私の腰を引き寄せた。
「お前の月に揺れる瞳を全部俺のものにしたい」
「ヤンデレかい」
耳元で言われたので顔に熱が集まっているような気がする。好みの声でこの台詞は嫌でも照れるよね。
だが、まぁ、ついポロっと言ってしまったがまさかヤンデレだとは思わなかった。私と並ぶ黒歴史になるだろうなと思った。
あと、言っておいて照れるコウにもときめきました。




