17 弟との別れ
「すまんな。ご両親が亡くなってすぐに君のもとを訪ねてしまって」
威厳ある絶対当主と名高い金坂のおじさんが私を見て、謝っている。ゲーム内での厳格な雰囲気を知っているからこそ、驚きが増してしまった。
驚いて言葉を発せなかった私を怖がっていると錯覚したのか、金坂当主は心配そうにこちらを見つめてくる。そんな色気のある顔で、やめて下さい。こっちのほうが怖いに決まってるじゃないですか。
寝起きで、寝癖がついていないだろうか。今更ながら焦ってしまう。頭を触ったりと、わたわたとする私にコウの冷ややかな目線が突き刺さった。反省します……。
「あぁ、自己紹介がまだだったのう。初めまして。金坂家十五代当主、金坂 玄武だよ」
「お初お目にかかります。白崎家長女の遥です、こちらは長男の佳哉です」
知っておると言い、穏やかな笑みを浮かべる金坂当主。だけど、穏やかで優しそうな彼にも何か事情があることを察した。そのきっかけとなったのは、佳哉を長男と言った時に苛立たしそうに目を細めたこと。
多分見間違いではないと、思う。私は疑いの目で、金坂当主を観察すると彼はそれに勘付いたのか居心地が悪そうに失礼とだけ言って、自身のスーツのネクタイを緩めた。
彼はふうっと大きく息をはく。
「ところで、本題に入ってもいいかね?」
「あ、はい。どうぞ」
「その、君には悪いと思っているんだがね。君の隣にいる佳哉君は金坂家の次期当主なんだ」
「はい?」
すっとんきょうな声が私の口から洩れる。どういうこと? 確かにゲーム開始時では、佳哉は金坂 佳哉だったけど……。
「君は、風雅とその恋人を知っているだろう?」
「ええ。まぁ」
あんまりその名前も出してほしくないと願う私。金坂当主のフウガを呼ぶイントネーションも若干違うので別人と思えば、そう思うことが出来るので、無理にとは言わないが。
「金坂 風雅。私の息子で、あいつは金坂の次期当主のはずだった。だが、亜里沙という女と結婚したいと言い、私達の反対にも耳を貸さず、家を出て行った愚か者だ」
口悪くなってきたなぁ、このおじさん。だんだんと、発言にも主観が混ざってきた気がするのは気のせいではないだろう。
でも、フウガが金坂の息子だという事実には納得した。美しい金の髪にあの育ちの良さそうな仕草。極めつけは、領地の統括が上手かったところだ。あんなに上手くまとめることができるようになるには、多くのことを学ぶ必要がある。あれは、金坂で学んだということだろう。
愚痴に付き合うのは面倒だけど、私はどうしてあの二人が落ちぶれてしまったのか知りたかったのでもう少しだけ話を聞くことにした。
「家を出た初めは青二才のまま社会に出て痛い目を見ればいいと放っておいたが、なかなか帰ってこないから捜索隊も派遣した。でも、見つからなかった。やっと風雅が見つかったと聞いて、駆けつけてみればもうすでに亡き者になっていた」
私の気持ちがわかるか? と問いかけてくる彼。私はただ黙って俯くことしか出来なかった。
でも私は知っている。彼がフウガを金坂と名乗らせないように裏でこそこそやっていたのを。要らない駒はすぐに切り捨てる。そんな人だ。
「わかってくれたならそれでいい。君は佳哉を返してくれるだけでいいんだ」
嫌だ。私は、口から出かけた言葉を必死に飲み込んだ。これは私の我が儘だ。きちんと佳哉のことを考えて誘いに返答しなければならない。
私は口元に手をあてて、考える。
私達白崎家は統括人もいなくなり、あんな殺傷沙汰が起きたのだから、いくら五大名家といえど没落ルートまっしぐらであろう。なら、佳哉は金坂の家で裕福に暮らした方がよっぽど彼のためになるのではないだろうか。きっとその方が良い。ゲームのように虚ろな目をした青年に佳哉をさせたくなから。
それに、ノーという答えを出したら、幼い佳哉を攫っていきそうだし。
答えは決まった。
「わかりました。ただ一つ条件があります」
「何だね? 金でも名誉でもなんでもやろう」
金と名誉と権力で全て買収できると思うなよ、クソじじ……ごほんごほん。つい本音が出かけてしまった。
初めは好印象を抱いていたのに、私の中での彼の株は急降下だ。
だからこそ条件を提示しようと決めたのですけど。条件なしで攫われるよりはましだし、送り出そう。
「佳哉に愛情を注いでやってください。そうですね、例を挙げるならば、一般的な親として、厳しいときもあれば優しいときもある、そういう佳哉にとって誇りになれるような親になってください」
「何だ? そんなことでいいのか?」
「はい、ただし私に誓ってください」
よかろうと彼は私に跪いて、二度私の手の甲を叩く。世間一般的な約束ならこれだけで誓いは終了である。これは、軽いもので約束を犯した場合に手に激痛が小一時間はしるだけ。治癒魔法も効く。
これを知った当初はなんて軽い誓いなんだと思ったことがある。
勿論、私はこれだけですますはずがない。彼を欺いて、彼が私の手の甲に触れたときに予め用意していた魔法陣を彼の心臓に構築した。
約束を犯せば死ぬ――――。なんて恐ろしいことはしていないが、犯した瞬間に私が目の前に現れるのだ。そしてお仕置きする。これだけでも十分恐怖になりえると思っている。
ちなみに何故心臓かというと、仮にもし私が彼のもとに現れなくてはいけない状況になって警告するとしよう。私対策で魔法陣のはいった臓器を変えられたら? 他の臓器は魔法で補えるのだ。唯一魔法が干渉できない心臓に狙いを定めただけ。本当に殺そうなんて思ってない。
「良い返事がいただけて何よりだよ」
彼はいい笑顔でこちらを見下ろす。その姿に初めの私達への敬意は感じられない。あれは目標を達成するための演技だったのかもしれないと思えてきた。
彼にとって今は約束が至極簡単なことに思えるだろう。あの口の悪さに加えて、ゲームの厳しい、いや根性のひん曲がった彼はすぐに暴走しそうだ。
すぐに私を呼び出さないでほしいなと切実に願う。
最後に私は佳哉に兄弟としての別れを告げる。私はしゃがみこんでおでこをくっつけた。
「佳哉、今までありがとうね」
おでこをくっつけたことにより、金坂当主の死角となったポケットにすかさずネックレスをつっこむ。
とりあえず何かしらの兄弟の形を残したくて、でも何も見つからなかったので、私が首につけていた質素なネックレスをつっこむに至ったのだ。
私は名残惜しげに佳哉から離れる。
「では佳哉、行こうか?」
佳哉の手を引いていく金坂じじい。口が悪い? もう開き直ります。
佳哉は首を傾げていたが、その手を迷わずに握った。ただ、何度もこちらを振り向く姿は子牛を連れていくあの歌を連想させた。
連れていかされる側には何度かなったことはある。今回は、大切な子牛を連れていかれる気持ちが初めてわかった。
「いいのか?」
ドアにもたれ掛かって、今まで一言も発しなかったコウが私に問う。佳哉をとられてもいいのか、またはお前は一人でいいのかと二つの意味に捉えられるからもうちょっと略さないでほしかったかも。
私はどちらでも気持ちは同じなので、縦に頷いた。
コウはそうかと言い、笑みをみせた。
「白崎、あんたあんな危ない魔法陣どうやって入手したんだよ」
なにがと、とぼけてみるが手のひらを指さされた。魔法陣を待機させていた場所まで完全にバレてますね。
どうやらコウの目は欺けなかったようだ。観察眼は恐ろしいし、本当に彼を敵に回さなくて良かった。コウは意外と情報部隊として活躍できるのではないだろうか。今度考えてもらおう。
「フォンが修行に行くときに、転写してもらった魔法陣の一つ。便利そうだったから泣かなかった時間にそれをちょっと弄った」
「フォンセか」
ならありうるなと彼は笑った。何がそんなにおかしいのか聞くと、あまりの驚きの事実に、あの魔法陣の真の効力を理解していなかった自分を悔やんだ。
「初めて見る魔法陣だったから、構築する間に解析してみたんだけど。あれな、あんたが刻まれたところに転移するのはもちろん、刻まれた者はしばらく猫耳が生える効果だった」
「はぁ!? 聞いてないよ」
「白崎のことだし、弄るときにどうせ獣人のことでも考えてたんだろ」
言葉に詰まる。思い返せば、そんなことを考えていた気がしなくもない。あの時は癒しがほしかったんだもん。もふもふに夢を見るのも仕方がないことなんです。
だからコウが危ないと言ったのか。コウが危ないというのはコウにとっても害がある可能性があるということ。傷を付ける効果なら彼は防げるだろうし。
それと、と私はさきほどまで考えていたことを彼に告げた。
「コウ、仕事に困ったら情報部隊に入れば? 隠密使えるし」
「白崎が雇ってくれるんなら給料は安定しそうだし、いいけど。俺よりフォンセの方が適任だと思うけどな」
「はは、確かにそれはそうかも」
笑い合って、自室に戻る。今日のことでだいぶ、心の状態も安定した。
佳哉のことで頭がいっぱいなので、両親の影が薄くなったのかもしれない。今しかない。
明日からはきちんと幼稚園に行って、もっと学んで、もっと強くなろうと思った。




