16 夜会のその後で
※胸糞、グロ、流血注意
人も死にます。苦手な方は読み飛ばして下さい。
侍女は住み込み勤務ではないため、馬車を彼女の宅まで寄り道させて、彼女を降ろした。
夕方には騒がしかった馬車も一転、今では私一人。ガタガタと道を走る音しか聞こえない。誰の声も聞こえないのは、なんだか不安になり、スーとソレイユを抱きしめると二頭は私の手をぺろぺろと舐めた。大丈夫とでもいうように。二頭のぬくもりにひどく安心した。
最近は騒がしい日常で、一人になれる時間がほしいと思っていたがいざ一人になると心細いものである。
「着きましたよ」
御者にそう言われて、二頭を抱えたまま馬車を降りる。微笑ましいものを見るような目で見られていた気がするが、誤解をとくのも面倒なので放っておく。私がありがとうと言うと、お辞儀をして馬車に乗り込み、馬の手綱をひいた。
御者はそのまま馬車をひいて暗い道の先に消えていった。
キィ――――。
音を立てて開く我が家の扉。開けた途端に放たれる冷気に身が震えた。鼻腔をくすぐる甘い香りも今では甘ったるく、不気味なものに感じる。スーとソレイユも感じ取ったのか、私の腕の中で身震いをしている。
でも、入るしかない。玄関ホールが暗いのは夜なのだから当たり前だ。そう思い込むことで恐怖を和らげる。
玄関の階段を一歩、また一歩と上っていく。こんなに階段は長かっただろうか。
冷気はだんだんと増していく。するとソレイユが私の腕から飛び出して、駆けていった。スーはそれを追う。
「あ、待って……」
一人にされるととてもじゃないが、耐えられる気がしない。私はスーとソレイユを追った。しかし、病弱な体では限界があった。二頭を見失ったのは、大きな窓が続く廊下であった。
窓を見て前世で母が幼い私に言っていたことを思い出した。
……お化けが怖いの? 実はね一番怖いのはお化けじゃなくて人なんだよ―――…
何故こんなことを思い出してしまったのだろう。不思議に思ったが、考える間もなく、ゴンと鈍い音が廊下の先から聞こえた。
スーとソレイユだ。私はその音の方へ向かった。
廊下の先に向かえば向かうほど、鼻腔をくすぐる甘ったるい香りがだんだんと生臭いものになっていく。
臭い。この臭いは前世でも嗅いだことがある。
ガタン。また大きな音が比較的近い距離から聞こえる。
本当にスーとソレイユが出している音なのだろうか。否、そうではないのではと思った。いくらなんでも大きすぎる。
「……誰?」
雲から出てきた月が照らし出す人。だんだんとその人に光が広がっていき、誰かわかる状態になった。
「お父様お母様……」
そこでみた第二の両親は血まみれで。何者かに刺殺されたことがわかる。
嗅いだことのある臭い、それは血だ―――…
私はすぐに二人のもとに駆け寄り、脈を確認した。が、もう手遅れだった。
ふと、体に目をむけると、お父様とお母様の上に影がさしていた。
犯人かもしれない、私の頭は警報を鳴らしているが、動けない。足は地面に縫い付けられたようで。上を見上げるとやがて、月の光がその犯人を照らし出す。
そこにいたのは思いもよらない人物で。私が大好きだった人。いつも忠実で、凛としていて、それでも優しかった人。
何故、この人がお父様とお母様を? 憎しみよりも先に混乱した。
「ねぇ。どうしてなの。……アリサ?」
「遥お嬢様。こんばんは」
彼女は血が乾ききった包丁を手に、私を見て挨拶をした。
怖い。そう思うが、口元をひきつらせながらも、もう一度問う。
「どうしてなの?」
「お嬢様は知らないんですよね。この二人が全ての悪の根源だったことを」
彼女は忌々しげに、息絶えた二人を睨む。普段の綺麗な顔からは想像できないような形相をしていた。
包丁が視界の隅に入るのは怖いが、足が動くまで、冷静になるまでの時間は稼げるかもしれない。彼女の発言に耳を傾けた。
「悪の根源?」
「そうです。この二人がフウガの声を奪った。それだけでなく、私達の息子まで! そうすることで、私達をこの家にはりつけたのよ! この二人の顔を見るたび、どれだけ虫唾が走ったか!」
ヒステリックに叫ぶ彼女。私は困惑する。言っていることの意味がわからない。
首を傾げた様子が彼女に伝わったのか、彼女はまだ子供には早かったわねと呟いた。
「ごめんね、小さいのに両親から引き裂いて。せめてものお嬢様への報いよ。今すぐ一緒のところに連れて行ってあげるからね」
そう言い、手に持っていた包丁を振り上げる彼女。あんなにも好きだった笑顔は今では狂気に染まっていて。
全てがスローモーションに見える。これが走馬灯なのかなと前世では味わえなかったものにしみじみを心を寄せた。
そんな時だった。アリサの手が止まり、窓が割れた音がしたのは。
窓から侵入する黒い物体は、私をかばうように自分の後ろに追いやる。黒い物体の正体はコウであった。
コウは怒っているのがわかる。彼をとりまく殺気が異常なほどだったから。
「何してんだよ」
ドスのきいた低い声が幼い少年の口から放たれる。包丁を持っているアリサ相手にこんなことを言って大丈夫だろうかとアリサの方を見ると、アリサを抑えるフウガがいた。
「フウガ! 放しなさい! 遥お嬢様を幸せにしてあげられないでしょう!」
フウガはふるふると横に頭を振った。涙が零れそうな目で、い、け、な、い。だ、め。と口を動かしているのがわかる。
「フウガ? 駄目なの?」
アリサが甘い声を出して、フウガの手が僅かに緩んだ。その隙に彼女はフウガの腕から抜け出し、私達に向かってくる。
今度こそ駄目かもしれない。私は目を瞑り、コウの翼をぎゅうっと握った。
ドスと音がして、間もなく誰かが倒れる音がした。恐る恐る目を開けるとフウガが血まみれになって倒れていた。
アリサの方を見ると目を見開いて、フウガの血に濡れた手を自分の頬になすりつけた。
「嘘。嘘でしょう……?」
彼女は彼を何度も呼び続け、何度も揺すった。だが、彼が目を開くことはなくて。
彼の死を理解した彼女はふらふらと立ち上がる。それに合わせて私達は身を強張らせた。
全てに失望した彼女は虚ろな目で包丁を手にとり、自分の胸に……刺した。
※
どのくらいの時間が過ぎただろうか。コウの迅速な行動で、四人は病院に運ばれたが、その時には既に四人とも亡くなっていた。
病院の椅子に座り、とどめなく流れる涙は止まることがなかった。両親と大好きだった使用人の最期があんな形で、私も死ぬかもしれなかったのだ。
いくらもう30代といえど、心へのダメージは絶大だった。
「…うぐっ……ふ」
嗚咽しか出ない私の隣でぽんぽんと背中を叩いてくれるコウ。とても事情聴取なんてしていられる状態ではなかった私の代わりに何から何までしてくれた。今だって誰かのあたたかみを感じることができるのもコウのおかげだ。
※
数日たっても、まだ鮮明に思い出せるあの日のこと。大分、気分はましになったが、まだ幼稚園に行ったり、外に出たりする踏ん切りはつかない。
この数日間もずっとコウと佳哉がいたから、その時に私を助けに至るまでの経緯をきいた。
何でも、あのときいなくなったスーとソレイユはコウを呼びに行っていたらしい。そんなに速くコウのもとに着くのかと思ったが、コウは私達が忘れていった佳哉をこの家まで送る途中だったので私の救出に間に合ったそうだ。佳哉は玄関でスーとソレイユと待っていたらしい。
フォンは、主人が守れなくて何が精霊王なんですかと落ち込み、精霊の世界に修行にいった。正直修行で空ける期間の方が何かあったとき怖いと思ったけど、彼の悲痛に満ちた顔を見ると、止めることができなかった。
でも、このゲームが私が一人のときを狙っていたんだと思う。フォンはある意味仕方がないことだ。常に行動を共にしているのに、あの時だけはおかしい。ゲームの強制力が働いたのかもしれない。
「まぁゆっくりいこう。望月とか言ったっけ? そいつも白崎のこと心配してたぞ」
「うん……ごめんね」
いつもなら桜ちゃんが! と舞い上がっていたところだろう。今は、控えめに微笑むことしかできない。
これからもこういうことがあるのだろうか。そう考えると震えがとまらない。
すると、玄関のベルがなった。私が立ち上がろうとすると、コウに制止される。
「俺がいく」
頼れる上司は玄関に行き、また戻ってきた。息を切らしていた。そんなに急ぎの用なのだろうか。
「お客は金坂家の者らしい。白崎と佳哉を出せだって。会いたくないとは思うが、この先のためにも会った方が良いと思う」
「わかった」
私は頷いた。佳哉の手をとり、客室に行く。重々しくドアを開けると、ソファに座っている人物がこちらに視線をよこした。ソファに座っていたのは金坂家の当主その人であった。




