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15 親睦夜会

 様々な色彩が目の前に広がる。今まで曇っていた世界が鮮やかに色づいていった。

 世界はこんなにも美しいんだ―――…。なんて、大袈裟だけど、そう感じてしまうぐらいに城のホールははキラキラと華美な装飾が施されている。

 例えば、この宝石まみれの花瓶に飾られた花。普通の令嬢なら、わぁ綺麗。と、思うところであろうが、私はそうは思えない。これらはどのくらいかかってるんだろう。誤って崩してしまったら。それから先は考えたくもない。年頃の御令嬢の思考回路って難しい。


 この広いホールの中央にいる人々は、魔法学校に通っていたOBや、在学中の生徒、その両親が招待されているので高貴な身分であろう方が多い。高貴な身分ということは服に費やすお金も持っている。それに加えて貴族というのは誰よりも目立つ仕上がりにしたいのであろう、ドレスやタキシードも豪華でちょっと引いた。

 逆に質素な私達が目立ってるってどういうことですか。


 そういえば、私の生みの母親はどんなドレスを着ているのだろうか。あのような侍女たちの好みなら質素に仕上がるはずだろうけど両親が満足するとは到底思えない。

 気になる。今すぐにでも見たい。だけどそれは叶わない。

 お母様達は社交辞令の親同士のお話があるそうで私達より先にアリサとフウガを連れて出て行ったのだ。見渡す限りでは、姿が見えない。まぁ、これだけの人口密度で特定の人を探すのは至難の業だとは思いますが。

 探すのは後でいいかと思い、御付きの侍女とその場に待機する。


「バイキング楽しみだなー」

「早速食べ物の話かい」


 周りにある高そうなものにビクビクしていた私に食べ物の話を持ち掛けてくるコウ。流石に今、いくら私でも食べ物のことは考えていなかった。


「いや、俺からするとバイキングは、ただの食べ物じゃない。噂によるとここではあたりめが出るゾーンが設けられているらしい」

「ほほう?」


 私達元アラサーにとって当時お酒と一緒に食べていたあの味はとても大切なものだ。あたりめ万歳である。後ろにいたフォンからはどこのおっさんなんですか、と真剣な顔で呟かれたのも良い思い出になる気がする。ちなみに、スーとソレイユは動物枠なので中に入れない。精霊に戻れるのだけどあえて戻るのは面倒なようで、外の花壇の妖精に会いに行ったらしい。

 あたりめトークに花開かせていると、大きな音がして、照明が落ちた。


「何だろ? 事件?」

「そんな訳ないだろ、ここの主催者のおっさんこういうサプライズ好きなんだよな。多分その一環」

「コウだっておっさんのくせに。人のこといえないでしょ」


 それは関係ないだろとあしらわれた。ひどい。

 急に真っ暗になるもんだから周囲の人々はざわつき始める。が、間もなくそれも落ち着いた。

 一筋の光が舞台にさしたのだ。そこに現れる一人の男性にみなの目が注がれた。男性はおっさんというにはまだ若々しそうな外見である。コウが言っていたのはこの人であろうか。

 男性はマイクを手に、口を開いた。


「紳士淑女の皆さん。今宵は幸学園主催の親睦夜会(パーティー)にお集まりいただき、誠に感謝しております。今日限りではありますが皆さんが楽しめる場にしたいと思っています。どうぞお楽しみください」


 美しい礼をして舞台から下がっていく男性。すると、ファンファーレが端にひかえていた音楽隊によって演奏される。

 この音楽と開演の言葉によってパーティーの開演されたのだ。

 音楽に合わせてホールの真ん中にいた人々は四方八方へと散っていった。私達もその一員で。コウやフォンと端に移動する。


「白崎、どうする? あたりめいくか?」

「いや、いいや。今日は桜ちゃんのエスコートだから」


 あたりめは非常に惜しいが、愛しい桜ちゃんのためだ。これくらい諦める覚悟はついている。懐かしい味にちょっとだけ未練があるだけだ。

 ……後で持参したタッパーで持って帰れないか聞いてみよう。

 そんなことを考えていると、コウが私に耳を寄せてきた。私は何だろうと思い、それを受け入れる。


「今日、イベントは起こらないよな?」

「うん。イベントはヒロイン関連で、ヒロインが登場するのは、高校から。一部の攻略対象を除けば小さいときに会うこともないよ」


 良かったとあからさまにほっとする彼。そんなに会いたくないのかと私は呟いた。


「違う。この先白崎が死ぬかもしれないんだろ? イベント経由なら、俺でも防げるかと思って。面倒ごとはごめんだけどな」

「世界崩壊エンドとか?」

「うわ……死んでも関わりたくない」


 嫌そうな顔をするコウ。でも驚いた。私の持病がなくなってなお、私の心配をしてくれるとは。

 確かに私はこの先、死ぬかもしれない。原作であの少女が死んだのもこの時期だったはずだ。それに少女だけでなく私の両親もこの時期から消息が途絶えていたはず。

 大きな穴を見落としていた。それに気付いてくれたのはコウだ。やはり持つべきものは転生者の友人である。


「大丈夫、そんなエンドないから」

「冗談でも笑えねぇよ……」


 コウはそのまま手をひらひらと振り、私達から離れていった。私は彼の背中をしばらく見送るつもりであったがすぐに人込みの中に消えた。面倒だから隠密を使ったんだろうな。

 すると、フォンがねえと声をかけてきた。


「あの子、主人から聞いた縦ロールとだいたい一致してる。桜さんじゃないかな?」


 ほらとフォンが指差した先には、茶髪の縦ロール。桜ちゃんだ!

 いや、自分でもこの認識方法は可哀想だとは思っている。だけど、やっぱり桜ちゃんは縦ロールなんです。これはどうしようもないんです。


「ぐふぅ」


 急いで向かおうとしたが、ウェイターにぶつかる。痛い。あ、こういう夜会の場は駆けたらいけないのでしたっけ。令嬢たるものお淑やかに。いや、今は令息?

 ちょっとフォン、そんな駄目な子を見るような目をしないでー。私はやっと桜ちゃんのもとにたどり着いた。


「桜ちゃん」

「その声は……遥ちゃん?」


 私が頷くと満面の笑みを顔いっぱいに浮かべる桜ちゃん。

 ドレスは気合を入れたのか、赤色の下地にたくさんの宝石があしらわれたもの。豪華すぎて、正直似合ってはいないけど、頑張って選んだんだろうなと思う。空回る姿すらも可愛い。


「可愛いね。まるで天使のようだ」

「えへへ、ありがとう。遥ちゃんも王子様みたいだよ」


 一回言ってみたかったんです。この年じゃないと出来ない、小さい子の特権。

 私の言葉に頬を赤く染める桜ちゃん。周囲も私を見て惚けているのがわかる。もしかしたら、私はイケメンなのではないか、そんな錯覚に陥りそうになる。

 夢を見れるのはそこまでで、桜ちゃんの隣にいた人物にげっと言いそうになるのを抑え込む。

 私の視線に気づいた彼はこちらを向いて微笑んだ。


「お初お目にかかります。五大名家の一つ赤薔薇家の第一子、赤薔薇 涼と申します」


 そう、名前からもわかるようにこのゲームの攻略対象である。特徴的な赤い髪が綺麗に整えられて、黒のタキシードに赤い薔薇の刺繍が小さく入っている。いかにも王子様といった立ち振る舞いである。

 まじまじと彼を眺めて思い出した。私は忘れていたのだ。彼は私の大好きな少女、桜ちゃんの婚約者で、桜ちゃんは将来ヒロインのライバルキャラになる予定だということを。


「桜さんとは、婚約をさせていただいております」

「あらまぁ。お初お目にかかります。私は白崎家の長女、白崎 遥です」


 いったそばから爆弾投下、心臓に悪いからやめてほしい。私が長女と言った瞬間、少しほっとしたのがわかった。

 もしかして嫉妬だったりするのかな。こうやって嫉妬するということは、この時点では好きなんだろうな。ゲームでは桜ちゃんには、冷徹だった姿しか見ていないので、新鮮だ。

 でも、幼いころからとゲーム内でも言っていましたが、まさかこの時点で婚約しているとは思わなかったので少し驚いたりもした。


「今日は遥ちゃんに、エスコートしてもらうんだ」

「へぇ」


 赤薔薇様の独占欲、静まって下さい。ちょ、女の子相手に睨まないで。イケメンが睨むと怖いんです。

 桜ちゃん、嬉しそうに報告する姿は微笑ましいけど今は勘弁してほしい。

 その場にいるのも気まずくなったので、桜ちゃんの手をひいた。桜ちゃんはまた頬を染めていて、赤薔薇様は……。見なかったことにしよう。


「ということで、少し桜さんをお借りしますね。必ずお返しますので」


 断りをいれてから、桜ちゃんを連れだした。までは、いいのだがエスコートってなんだ。

 咄嗟にフォンを見るが、首を横に振られた。


「エスコートはいいの。遥ちゃんと一緒ならそれでいーの」


 気持ちを察したのか桜ちゃんは優しく受け入れてくれた。何故、優しい彼女が悪役令嬢になってしまうのだろう。


 私と桜ちゃんは手を繋いで、色々見て回ることにした。流石にバイキングは我慢することにした。

 まず、劇を見た。今回の劇は“世界の終焉”。なんだか胡散臭いので私は、あんまり真面目には見ていなかったが、桜ちゃんはお気に召したらしい。興奮した様子で誰がかっこよかったかを言っていた。

 そこかい。と思ったが、口には出さなかった。


 ブレス交換も見た。私は劇よりもこっちの方が初々しくて好きだ。若いなーとにまにまと笑っていたら、フォンに念話で注意された。


 とにかく楽しいひと時はあっという間だった。やがて、お酒の雰囲気に包まれてきた会場は子供の時間はここまでだと告げる。

 私達は帰ることにした。桜ちゃんは赤薔薇様に任せて、スーとソレイユを連れ戻して、私は侍女と帰りの馬車に乗り込む。

 フォンはお酒が飲みたいから残るらしい。その外見で大丈夫か聞いたら、幻覚で誤魔化すと言っていたので年齢制限にはひっかからないだろう。幻覚でロングコートを正式な衣装に見せることもできるので、幻覚って便利。そう実感したのだった。

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