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14 瞳の色

「マジですか」

「残念ながら。きっと主はそういうのに囲まれる運命なんだよ」


 フォンの言っていることはあながち間違ってはいない。闇に関する私の周囲の人は皆チート過ぎる。

 スーとソレイユは私の足元を回っていたが、急に動きを止める。目の前に(ドラゴン)がいるのだ。当然であろう。


「ちょっと整理してもいい?」

「いいけど、竜ってそんなに驚くことかな? 僕としてはこの二頭のほうが異質だと思うけど」


 対して張本人はきょとんとして、それがどうしたという顔をしている。

 だが、少しすればその驚きもおさまる。フォンはあまりにもさらっと驚くことを言うので、感覚が麻痺してきたのかもしれない。

 スーとソレイユに関してもそうだ。


「とりあえずよろしくね」

「えぇ」


 魔導書の中の少年だった時のように、楽しそうに笑い、手を差し出す。私達はそれをおそるおそる握った。私達の手を彼は少し強く握り返してきた。痛かったのか火は悲鳴をあげ、私達は笑う。

 彼との壁は壊れ、心強い新たな仲間ができた瞬間であった。


 その後、先生には散々お礼を言われ、この幼稚園に味方ができた。味方といえばコウだ。彼はいったいどこにいるのだろうか。そんなことを考えながら、帰路を歩いたのだった。


 五月上旬、幼稚園にも慣れて春の日差しがより一層輝く日。今日はダンスパーティーの日である。

 この日の夜は楽しいのだが、昼は楽しくもなんともない。


「お嬢様、お坊ちゃま! お似合いでございますぅ」


 昼間は、我が家の侍女たちにたらい回しにされ、着せ替え人形になる。マーメイドライン、オーバルライン、ショートラインのドレス色々な種類を着させられる。

 今夜着るのは男用のはずなのに、女の子用のドレスばかりだ。侍女の趣味がわかりやすく反映されている。

 だが、鬱陶しい前髪には誰も触れない。前髪は触ると私が癇癪を起こすので、触らないのが無言のルールになっているようだ。

 この着せ替え会は佳哉も巻き込まれる、お疲れ様だ。労いの意味を込めて、私は佳哉の頭を撫でた。

 私の手に気付いた佳哉はこちらを見上げる。


「ごめんね。退屈でしょう?」

(ねぇ)といっしょならいいの」


 佳哉は白髪の横を黒いピンで止めている。深い紫のタキシードを身につけ大人っぽくなった彼は、私に満面の笑みを投げかける。

 可愛い。うちの弟が凄く可愛い。最近、両親は佳哉に構うことが少なくなり、今ではすっかりお姉ちゃんっ子だ。私には精霊がいた、だけど佳哉にはそんな相手がいない。

 だから、私は佳哉の私にとっての精霊的存在になろうと決めたのだ。


 そんなことを考えているとぷっと吹き出す声が聞こえた。

 着せ替えまでは、まだいいのだ。私はそれとは違うところに怒っている。


「コウもフォンもなんでいるのよ」


 私は侍女たちに聞こえないようにそう呟いた。

 コウとフォンは二人とも闇魔法“隠密”を使って忍び込んでいたのだ。そして私が着替え終わるたんびに辛烈なコメントを言い合う。着替えを覗くわけでもないし、なんなんだ。

 しかも二人は初対面なはずなのにやたらと意気投合している。やはり、闇どうしは波長が合うのかもしれない。


 フォンは私に見られていることに気付き、私の顔を見つめ返す。

 やがて、彼の眉間に皺がより、何かを考えたと思うと、いきなり念話を始めた。


(主人。その目の色について悩んでいたよね。今なら変えられると思う)

(本当に!?)


 私の食い気味の返事に苦笑するフォン。彼は二本、自分の顔の前に指を立てた。


(二つ方法があるよ。まず、魔法で一番有効な方法としてはコウのように闇魔法“幻覚”を目にかける。ただしこれは、膨大な魔力を使う)


 コウは“幻覚”を使って瞳の色を隠してきたのか。コウは楽そうに使っているが、膨大な魔力を使用するのだから魔力増強に励んでいる私には、難しいかもしれない。

 うーんと考え込む仕草をすると、フォンはもう一つと続けた。


(魔法を抜いて、一番楽な方法だと前にエミューを解放したでしょ? 多分エミューと同じ瞳の色でいいならうつせるよ)

(そういうことは早く言ってください)

(忘れてたんだよ)


 彼は私のもとに近づいてくる。その距離80センチほど。侍女たちは周りで騒いでいるが私の目の前にいる美少年に気付かない。

 フォンは私の前に手をかざし、何かを唱えた。

 手を下ろすと、目が一気に軽くなる。例えるなら、PCを長時間使用していて、しょぼしょぼだった目が睡眠後にすっきりするようなそんな感覚。

 フォンは私の前髪を持ち上げるとにっと笑う。感覚からもわかったが、どうやら成功したみたいだ。


 フォンを信じ、私はおそるおそる前髪をあげて、侍女たちの前に出る。

 あぁ、初めてかもしれない。彼らの瞳に映る私の顔を見たのは。

 彼らは私から目を逸らさずにかたまっている。驚くほど私の顔は見るに堪えないのだろうか。

 おろおろしている私を見て、コウは近づいてくる。フォンよりももっと近い位置、私の耳元に顔を寄せた。


「白崎、かわいい」

「っコウのばか! こんな時に言わないでよ」


 私はぶほんっと音がなりそうなほど赤面した。

 コウは艶っぽい声で息を吹きかけてくるのだ。元のゲーム内のコウの声も素晴らしかったが、上司はそれを上手く利用している。本当に子供には害がありそうな色気だ。恐るべし。絶対に純粋な桜ちゃんには近づけてはならない。

 耳を抑える私の姿に、コウは喉を鳴らして笑ったのだった。


 コウの言葉に顔を染めた私を見て、侍女たちは正気を取り戻した。


「お嬢様、凄くお美しいです!」

「同感です! まるで先代王妃様のような顔立ちで、本当にお美しい」


 侍女は口々に私への褒め言葉を言う。流石にここまで言われると嘘っぽく感じてしまうのだが、褒められ慣れていないからか多少は照れる。

 侍女たちが照れたお嬢様を見て虜にされたのはまた別のお話。


「もう駄目! 皆、この瞳に合うタキシードの準備を!」


 一人が手を叩き各自解散の合図をした。その動作で、一気にバタバタと慌ただしく衣装室に籠る彼女達。こうして佳哉と私の着せ替え人形状態が終了した。

 ただ、衣装室に駆け込んだ彼女たちの顔は輝いていて、私なんかよりよっぽど綺麗だと思う。

 私は誰かが、仕事や目標に懸命に取り組む姿が好きなのかもしれない。

 昔の自分を思い出してふっと笑った。仕事、懐かしいなぁ。


「俺としては、マーメイドラインが好みだけどどう思う?」

「いや、やっぱりAラインが好きだな、僕は」


 コウとフォンはまたしょうもないことで争っている。

 皆忙しそうだし、あの男二人の争いには参戦したくないし、私は佳哉とブーブーで遊ぶことにした。


「お嬢様!」

「んぁ?」


 目を開けると、大きな窓から差す光は赤色になっていた。車で遊んでいた時間は昼間だったはずだ。

 そっか、寝ちゃったんだ。

 すぐにパーティーに出発しなければならない時間なのに、呑気に寝ていた私達とは対照的にうちの侍女は使える者ばかりだった。


 下を見るともう着替えてある。瞳とお揃いで露草色のタキシード。凝った装飾もなくシンプルで動きやすい作りになっている。かなり私好みの性能だ。

 頭には、前にコウが作った私の髪を基にしたウィッグが被せられてある。


「行くぞ」


 ぼーっと自分の服装を見ているとコウに急かされる。私はすぐに出発しようと駆け出すが、忘れものがあった。

 駆け出した足を止め、侍女たちの方を振り返る。


「ありがとうございました」


 着せ替え人形にはさせられたが、仕事はきちんとこなし、寝ている私達にも気をつかってくれた。感謝の意を見せるのはとうぜんであろう。

 私は頭を深々を下げて言った。彼女たちは驚いているが、気にしない。


 侍女を背中に、私は、違和感に気づいた。違和感の正体はコウもタキシードを着ているということだった。

 いやそれ以前にもっと違和感があるのは、髪と瞳の色だろうか。コウは薄紫の少し長い髪を横に纏めて、垂れ流している。黒髪の面影は存在しない。タキシードは、白のジャケットに、中は藤色。とても似合っているし、余計な色気がだだ漏れだ。

 隣にいるフォンは相変わらず真っ黒なロングコートである。


「タキシード?」

「白崎の頭にそれをのせたら、隠密がばれて着させられた」


 それと言って指さすのは私の頭。ウィッグのことだろう。

 ばれたのが不服なのかコウはむすっとしている。やはり悔しいのであろう。

 フォンはまだまだだなと笑っている。その笑いで、コウがより一層不機嫌顔になったのは言うまでもない。


 私は夕日を肌に感じながら、緊張した面持ちで馬車に乗り込もうとした。パーティーなんて初めてだから緊張もするし、慣れない足元にぐらついたりもする。


「わっ」


 その挙句がこれだ。私は馬車の階段に盛大にすっ転びそうになった。だがフォンが抱えてくれる。が、フォンも隠密がばれたくないのかすぐに私から手を離した。

 佳哉も心配そうに見つめてくる。


「たく、しゃーないな」


 コウが手を伸ばし、エスコートしてくれた。生まれて初めてのエスコートの相手は上司って……。


「コウのエスコートは嬉しくない」


 しまった口に出ていた。慌ててコウの方を見ると不機嫌そうに睨んでくる。

 謝ろうと口を開く前にコウが口を開いた。


「あのなぁ……ちょっとぐらい可愛げ持てないか? 白崎には無理か」

「失礼な! 私だって頑張ればできる子なんですー」

「頑張ればできることをあっちの世界で証明してほしかったなー」


 意地悪そうな笑みを浮かべているコウ。確かに、頑張ってもできない子だったけど!

 ふと私はさっきまでの緊張がほぐれていることに気が付いた。軽口を言い合っているうちにましになったのだろうか。図ったのかもしれない。

 真相は分からないがとりあえず感謝しておく。

 そんなことは、置いておいて私はバイキングに胸を躍らせたのだった。


「白崎、顔がだらしない」

「うるさい! 感謝してたのに台無しだよ!」


 高そうな馬車からはそれに似合わない怒鳴り声が聞こえた。

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