【商店街夏祭り企画】商店街、初めての夏
【商店街夏祭り企画】、第一話です。こちらは花火大会の見物直前までのお話です。
店先に厳しい夏の日差しが届くようになって、布製品の日焼け防止を兼ねて軒先に濃いめの色の簾をかけてみた。
一番暑い時間帯を過ぎてから打ち水もしてみたりして。ここを通る人たちが少しだけでも涼しくなればいいけれど、すぐに蒸発してしまうから迷惑にならない程度に、何度でも。
春やこれから訪れる秋ならガラス戸を開け放つこの店も、さすがに夏冬はしっかりと閉めて冷暖房をする。でも、通りも含めてのお店かな、と思うから。
そしてわたしは店内が冷えすぎないように温度の調節をしながら、お客様が途絶えた時間帯に黙々と天然石のブレスレットを作っている。
石によっては多少高価になってしまいがちだけど、大きめの石ならひとつひとつの単価は高めでも手首一周分の数にしてみれば数は少なくてすむ。逆に言えば小さい石だと沢山必要になる。そうなればお値段も必然的に高くなってしまう。そういう理由で大きめな石と、間に小さな水晶(アメジスト含む)や天使の羽根の形をしたムーンストーンなどを挟んで配列したブレスレットを何種類か。
数日前、お隣の【JazzBar黒猫】さんから回覧板が回ってきた。
「璃青ちゃんおはよう。回覧板どうぞ!」
「おはようございます、ありがとうございます」
澄さんと挨拶を交わしながらざっと目を通すと、花火大会と夏祭りのお知らせ。
「そういえば、璃青ちゃんはここのお祭り初めてだったわね~。実はね、商店街の人たちは、みんな浴衣で参加するのよ」
「へぇー、いいですね、浴衣」
「今年は私ユキちゃんと小野くんの浴衣縫わなきゃいけないから、私達夫婦も新調することにしたの。璃青ちゃんもついでに一緒に作っちゃう?」
「え?わたしですか?んー、実は実家に祖母が買ってくれた浴衣があるんですよ。殆ど着ないので割と新しいまま置いてきちゃいました」
「あら、あるならばそれを使った方がよいわよね。璃青ちゃんの浴衣姿、カワイイのでしょうね~。早く見たいわ~」
いや、そんな。
可愛いなんて言われる年はもうとうに過ぎてますけどね。けれどもそんな会話の後、慌てて実家の母に浴衣を送ってくれるように電話した。
一度お手伝いに来てくれた母は商店街の雰囲気をすっかり気に入った様子。
今回の浴衣の件も二つ返事で何故か大喜びしていた。浴衣はその日の内に発送されたらしく、翌日の午後、早くも到着。
正直、電話の度にユキくんとの関係を根掘り葉掘り聞かれるのに辟易しているから、そんな用事でもない限り、あまり連絡は取りたくない。
こっちにいる間に母はかなりお隣さんと打ち解け合っていたようだけど、澄さんと一体どんな話をしていたのやら。
そういえば浴衣の電話の時も、かなりしつこかったなぁ。
「だから、ただのお隣さんだって何回言ったらわかるのよ」
『そう?あんた、あの何とかいう前の会社のヘッポコ同期の男と付き合ってた時よりずっといい顔してるみたいだから、今度が最後の彼氏になるのかなー、なんて期待してるんだけどねぇ』
「あのさ、何かそれ、勘違いしてないかな。あの人はそんなんじゃないからね!」
『ほほう。“あの人”とな。ほらね、やっぱりね、お隣の綺麗な子』
「なっ…………。ち、違うもん!わたしの方が四つも年上なんだよ?あり得ないって。それ今度来た時言わないでよね、彼に迷惑だから。わかった?!」
『おお怖。それだけ意識してりゃバレバレだっての。年を気にしてる時点でもう、ねぇ」
「何ですって?」
『まぁまぁ、浴衣はすぐに送るから、それで悩殺しちゃいなさい。年なんて関係ないわよ。辛い経験したんだもの、あんたはあんたを幸せにしてくれる人を、今度こそちゃんと見極められるわよ。あれだけ傷ついたんだもの、もう元のあんたに戻っていいのよ』
「………分かってるよ。それに関してはもう何とも思ってないから大丈夫だよ。例えおひとり様でもここで生きていくよ」
『………もう。またそんなこと言って』
母に送ってもらった浴衣は、元カレとのお祭りデートでも着たことのないとっておき。
いや、去年の今頃は既にほとんど会わなくなっていたんだっけ。
祖母が買ってくれた、これも古典柄っていうのかな?紺地に白やピンクの撫子が散っている、やや年相応よりも可愛らしいんじゃないかな、って感じの浴衣。帯は、真紅。
この年まで生きてきたから着付けも覚えてるし、多分ひとりで着られるはず。
花火大会当日のお店は少しだけ早じまいするとはいえ、通常通りに営業はすることにした。
花火大会から夏祭りまでの期間中、おまじない的で、かつ色とりどりのブレスレットを売りに出そうと思ったのだ。浴衣姿にも違和感はほとんどないはずだから、普段より少しだけでもお安く、多めに並べたくて今、頑張って作っている。
皆が少しでも幸せを感じられますように、と願いを込めてシリコンゴムで繋いでいく。
恋愛運、健康運、金運、仕事運……。この中でどれが一番売れ行きがいいかな。
そうそう、わたしはお祭り当日、浴衣に合わせてピンクがメインのものを付けるつもり。でも決して恋愛運の為なんかじゃないんだからね。
……って、誰に言い訳してるやら。
そうして、ついに花火大会。
わたしは迷った挙句、この暑さの中、店舗のガラス戸を解放しなければならない為、夕方お隣のお手伝いをさせて頂く直前にシャワーを浴び、それから浴衣にお着替えしようと考えていた。
商店街の皆さん、協調性がなくてごめんなさい。皆さんはちゃんと朝から着てるはずなんだよね。
でもでも、そこは女子の嗜みというかなんというか、ね。
だって、母が電話であんなこと言うから。
あれから彼のことを急に意識するようになってしまった気がするのよね。
ごくたまにだけれど、トムトムさんで時々ランチを一緒にしたり、お茶を飲んだり。
そういうの、全然平気だったのにな。だって、ご近所付き合いでしょ?
母の妙な勘ぐりのせいで、すっかり意識しちゃうようになったわたしは、汗臭い格好で彼のそばに行きたくなくて。
ただそれだけなんだけど、ね。
時折外をちらりと見ると、お隣の四人は、ちゃんとそれぞれ朝から浴衣を着ていた。
澄さんは可愛かったし杜さんだって小野くんだって勿論似合っていたけれど、ユキくんに見とれてしまったのは、誰にも内緒。
表通りが少しずつ賑やかになり、ブレスレットの売り上げも既にいつもの倍程になってくる頃、突然母がやって来た。手伝いなんて頼んではいないはずだった。
わざわざ実家から出てきたの?
「来てやったわよ~」
「………そんなに忙しくないから大丈夫だったのに」
「あら、お祭り要員として来たのよ」
「はい?」
「だって、お隣のお手伝いもあるんでしょう」
「え、わたしそこまで言ってないよね………」
何だろう、気持ちの悪い予感しかしないんだけど。
「澄さんから聞いてるもん」
“もん”ってあなた、幾つよ。……じゃなくって!
「どういうこと?!」
「ふふーん。この間、アドレス交換しちゃった♪」
「えぇ~~?何やってるのよ、もう。くだらない過去とかバラしてないでしょうね?」
「あんたの恥なんて晒してないわよー。今日の件だって業務連絡よ、業 務 連 絡」
「何なの、そのネットワーク………」
脱力する。
知らなかった。まったく油断も隙もないんだから。
まぁでも、ちょっとだけ感謝、かな?いつお隣に声をかけようか、って考えていたところだから。
「お手伝いするなら、ほら、襷も持ってきてあげたわよ」
「ありがとう……。まだ行かないけどね」
もう、好きにして。




