毒殺?
「違いますっ!」
マリウスが叫んだ。
「私があなたを殺すなんて、世界が終ろうともありえないっ」
「ではなぜ毒を入れたのだ?」
信じられないと言わんばかりにクリス王子が言い放つと、マリウスは苦し気に眉をひそめた。
「それは……」
言いたくても言えない、そんな苦痛にさいなまれているような顔。
「毒ではないのです……」
「ここで健康飲料でしたなんてたわごとは通じなくてよ」
アリスが先に言い訳を封じるように畳みかけた。
「体に害をなすものが紅茶に入っていたと、魔法省の総力をもって証明できるわ」
他人の威を思い切り背負いながらドヤ顔をするアリスにマリウスは視線で射殺さんばかりに睨みつけてきた。
「黙れっ、貴様ごとき下賤な女が偉そうに!」
「あなたが毒を入れて王子を殺そうとしましたと素直に認めれば、いくらでもへりくだって差し上げてよ」
「マリウス、こんな女にかまうな、私を見ろ。この女の言う通り、本当にお前が毒を入れたなんて私は思っていない」
「人の気持ちはうつろいやすいものだわ。王子に愛想でもつかしたのかしら」
アリスが挑発し、クリス王子が情に訴えるという構図がいつの間にか出来上がっていた。
何気にチームワークができている。
「まぁ、あなた一人いなくても、王子の世界は変わらない」
「そんな事はないっ。いつも至らない私を手伝い支えてくれるのはお前だ、マリウス」
「でも、王子のカップに得体のしれない何かをいれちゃうような危険人物ですよ」
「違うっ、あれは……」
言いかけて、マリウスの動きが止まる。
(惜しかったわね。でも、あともう一押しかしら)
彼が白状するための一手は何だろうか。
「マリウスさんは王子を殺そうとしたわけじゃないんだよね?」
ここでオルベルトが口をはさんできた。
抑えていた手を少しだけ緩め、立たせる。
「毒でも健康食品でもなければ、何だろう。異物を入れる動機は怨恨、邪魔、征服。殺害じゃないなら、嫌がらせ?」
「嫌がらせ?王子に?」
アリスは複雑な表情をしている王子をちらりと見る。
聖女が絡まなければ彼は優等生な王子様だ。
「うわ~、あなた、王子に嫌がらせしているの?最悪な侍従ね。なぁに、王子をいじめて喜んでいたんだ。性格が悪いわね。というか不敬罪」
「黙れっ、どの口で言うかっ!」
激高し、とびかかろうとするマリウスだが、腕をしっかりとオルベルトがつかんでいるので自身の腕がきしむように痛んだだけだった。
しかしその痛みすら気にならないかのようにマリウスはアリスを睨んでいる。
「性格が悪いのはお前だろうがっ!お前のせいでクリス様がどれだけご心痛を……」
「人聞きの悪いことを言わないでくださいまし。言われた仕事はきっちりとこなしていますわ」
「わがままし放題で王子を振り回し、王子が寛容でいるのをよいことに好き放題して迷惑をかけているではないかっ!」
「全く身に覚えがないわ」
「ふざけるなーっ!王子が精魂込めて心を砕いてもてなしているというのに勝手に城を抜け出し迷惑をかけたあげく、あれもこれも嫌だと駄々をこねて教師陣を困らせ、用意したドレスも着たくないとメイド達にわがままを言って困らせていると書状が上がっているのだぞ!」
(それ、私とちゃうねん……ホノカちゃんやねん……)
遠い目をしながらなぜか関西弁で誰ともなしに言い訳をする。
「しかし、それと王子のカップに毒を入れるのとどういう関係があるのだ?」
話がそれたのでフェルナンが戻す。
「王子と聖女に婚約の話が上がっていると……」
「……確か君の妹は城に勤めていたね」
「妹は関係ないっ!私が勝手に……私のためにしたことだ。こんな女と結婚だなんて王子があまりにも不憫で……ならば私が王子のお心をお慰めしようと……」
「は?」
何か今、聞き逃せないけど聞き流したいようなことばが聞こえた。
聞き間違いだろうか。
四人の思考が深く考えることを拒否した。
しかしいつまでも放棄している場合ではない。
「つまり、王子の心を自分が慰めるために薬を入れた、と」
フェルナンが遠まわしに尋ねると、マリウスはどこか悔し気に頷いた。
アリスは思わず天井を見上げた。
ここにホノカがいなくてよかったと心から思った。
思いは思いでも恋心だったのかと驚いて硬直しているクリス王子。
フリーズしている王子をよそに、アリスはマリウスに話しかけた。
「王子の心を手に入れるための薬ってわけ?でも毒物だよ。健康被害が出るわよ」
とりあえず毒殺ではないらしいので、ほんの少しだけ気持ちが浮上した。
「特別な薬なのだ。王子の心を手に入れるための薬なのだぞ、害をなすようなものではない」
堂々と言い放つマリウスにアリスは呆れた眼差しを向けた。
「まぁ、公務中にムラムラしたら仕事にならないものね」
媚薬の類かと思いカマをかけてみるが、アリスの横でクリス王子が嫌そうに眉をひそめた。
「特に異変を覚えたことはない」
王子の返答がぶっきらぼうになるのはしかたない。
「体と心は密接しているのよ。精神的に強い人だと拒絶反応が出るでしょ。下手をしたら心が病んでしまうわ」
「そのような下賤な物ではないっ」
薬に下賤も貴賎もないのだが。
「健康被害もなく相手の意思を自分の思うがままに操るなんて薬、きいたこともないわ」
意思を操るならば麻薬関連だが、最終的にはどれも害はある。
「騙されているんじゃない?」
「ふざけるなっ!これは我が家に代々伝わる秘薬なのだ」
アリスにバカにされたせいなのか、マリウスはクスリの効果を力説しはじめた。
父親から渡された、代々伝わる秘薬。
使用方法は簡単。
毎日、必ず一滴は飲ませ続けること。
薬を飲んだ段階で名を呼び、名を呼ばせること。
薬がなくなるころには名を呼んだ相手の事が魂に刻まれ、生涯、その者だけを思い続ける。
「うわぁ……突っ込みどころ満載じゃないの。貴方のお父様だって娘のために使ってほしかったんじゃないの?だいたいその人だけを思い続けるなんて精神破壊して洗脳しちゃいますってことでしょ」
ぶるりとアリスは体を震わせた。
「その人だけ思い続けるってことは日常生活においての人付き合いはどうなるのかしら。家族は?取引相手の事とか従業員の事とか友達とかの事も普通に考えられなくなるのかしら。それって人としてどうなの?」
アリスの突っ込みが止まらない。
「朝から晩までその人のことだけ思い続けるってことは仕事が入り込む余地なしってことだよね。日常生活だってあれこれ考えながらやるんだし、その領域も全部思い続けることに振り分けられたら最悪、寝たきりだよね。しかも魂って事は、もう呪いの域に達しちゃっているよね。ん、まぁ、ある意味、毒殺なのかしら?」
ようやく突っ込み終えたアリスに、クリス王子達は言葉が見つからない。
答えを持っていると思われるマリウスですら顔色をなくしてアリスを見ていた。
「…………やだ、まさか特定の相手の恋心だけに影響できるだなんて、本気で思っていたの?そんな都合のいい薬があるわけないじゃない。あったら王家が黙っちゃいないわよ。それともあなたの家系に、ロマンス小説もびっくりな結婚をした人がいたの?」
使いどころとしては相手が格上の身分差のある恋や、次男三男が婿入りするためぐらいだろう。
しかしマリウスには祖先に思い当たるような縁組はない。
がっくりと肩を落とすマリウスを、クリス王子は悲しげな顔で見つめていた。
「そんな都合のいい薬、おとぎ話の魔法使いしかもっていないわよ」
現実は厳しいのだ、とアリスは独り言ちた。
そんな薬があったら、自分が大枚をはたいてでも買いたいくらいだ。
好きな人ができた時のために、だが。




