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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第二章 修行
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指輪 2

「突撃、隣の晩御飯」

「えっ、いきなり何?晩御飯というよりは休憩時間だと思うけど」


 クリス王子の執務室の前まで来たアリスのつぶやきにオルベルトが突っ込みをいれた。


「ああ、うん、独り言だから気にしないで」


 少なくともこの世界に巨大なしゃもじを持ったおっさんはいない。

 前世のアリスがよく見ていた昭和を代表する番組で、前日の残りをそのまんま夕食に出しながら頼むから今は来ないでくれとよく思ったものだ。


「聖女様をお連れした」


 フェルナンが扉に控えている衛兵に告げる。

 前もってフェルナンが伝えていたのですんなり入室できた。

 書き物をしていた手を止めてクリス王子がこちらを見た。


「何の用だ?」

「魔法省より指輪が献上されたのでご報告に上がりました」


 恭しくフェルナンが頭を下げる。


「お前たちは下がれ」


 部屋にいた文官たちを部屋の外に出す。

 クリス王子は小さく息を吐いたが、書類に落ちた影に驚いて身を引くと、アリスが机の上に身を乗り出して王子の顔を覗き込んでいた。


「な、なんだ?」


 イスに座ったまま背をそらすようにアリスから距離を取る。


「ふふふ、見てください、この可愛い指輪をっ!」


 アリスは興奮していた。


「あ、ああ、よかったな……。確か解毒の指輪だったか?」

「いえ、時間が足りず、検知のみだそうです」


 アリスを無視してフェルナンとクリスが話を進める。


「検知だけ?」

「巡礼に出るころには解毒の指輪が一つできますので、聖女様には改めてそちらを身に着けていただくことになります」


 この場合の聖女様はホノカのことだ。


「取り急ぎという事で指輪の製作に加わっていたジャックは明後日から聖女の護衛に戻ります」

「そうか。オルベルトもこれで少しは楽になるな」


 扉の横に控えているオルベルトは爽やかな笑みを浮かべた。


「城の中では、フェルナンの独壇場だ。騎士は剣で戦う職業だからね。ここにいる間はのんびりとさせてもらっているから心配いらない」

「う、うむ」


 他意はない感想なのだがクリス王子は戸惑った。

 無邪気か。

 城にはいない人種だ。


「除去ではないのだから、フェルナンばかりに頼っていないでお前も気を付けるのだぞ」


 どうしても一言余計に言いたくなるのはしょうがない。


「ええ。ほんと、貴族様って、面倒な人種よね。平民が一番だわ」


 数多の嫌がらせを思い出しながらアリスはしみじみと言い、小さく笑った。


「眉間にしわが寄っているわ。王族も大変ね。あんなのを相手にしないといけないなんて」

「あんなのばかりではないぞ」

「ええ、知っているわ。それよりこの指輪なんだけど、私個人がもらっていいのよね?」


 にこにこと笑っているが、なぜか背筋がぞくりとする笑みだった。

 クリス王子がこくこくと頷くと、アリスは満足そうに笑い、軽く石の花に唇をよせた。


「嬉しいわ。これがあれば食中毒を防げるっ!」


 自分の身よりも店の心配をするアリスにブレはない。

 ここまで一直線な商売脳に、クリスはもうあきらめとある種の感動すら覚えていた。

 アリスの目が机の端に置いてあるティーカップに向けられた。

 半分ほど中身が減っている。


「クリス王子、この指輪は毒に近づくと中央の石が紫色に変わるんです」


 そういいながらアリスはカップに手を伸ばす。


「布や人はいいけれど、こういった食器はちょっと挙動不審になります」


 右手をカップの左側にのばして上をすべるように右側へ動かす。


「食事のマナーが微妙な感じになりますけど、こうやるしかないですよね。これで毒が入っていると石の色が青から紫…………」


 得意満面に説明していたアリスの動きが不自然に止まった。

 訝し気にクリスがアリスを見る。

 フェルナンはアリスの指に光る宝石の色に気が付いた。


「アリス、それは……」


 毒を検知する宝石は、綺麗な紫色に輝いていた。

 扉の前にいたオルベルトも異変に気がついて三人のところへやってきた。


「ああ……間違いないね。」


 どこか面白がるような爽やかな声が断言する。


「その紅茶には毒が入っているようだ。さすが王国が誇る魔法使いが作るだけあって性能がいい。なんの毒だろう?」


 オルベルトは紅茶とクリス王子を見比べながら首をかしげる。

 フェルナンのように耐性がついているわけではないが、王族は異物が混入していれば気が付く程度には味覚が鋭敏になるよう訓練されているはずだ。

 無味無臭で紅茶と化学反応を起こさない毒物。


「失礼します」


 フェルナンは飲みかけのカップを手に取るとゆっくりと口をつけた。

 舌の上で少量の紅茶をゆっくりと味わうように液体を転がし、飲み込んだ。

 三人はごくりとつばを飲み込み、フェルナンの変化を見逃すまいと見つめる。


「おかしい……」

「えっ、どこか具合が悪くなったの?オル、回復魔法っ!」


 あたふたし始めるアリスを宥めるようにオルベルトは彼女の頭に手を置いた。


「落ち着いて、アリス。彼に変化はない」

「どうなんだ、フェルナン」

「……死に至る毒でないことは確かです」


 ほっとアリスは胸をなでおろす。


「王子、この紅茶は誰が淹れたのですか?」

「……侍従のマリウスだ」


 フェルナンとオルベルトが息をのんだ。


「誰、そいつ」


 わかっていないアリスだけが首をかしげるのだった。







 そのころのホノカは。


「はっ、行かなければっ!」

「どこへですか?休憩はまだ先ですよ」


 城へ向かおうとしたホノカだが、コンラッド伯爵に肩を掴まれた。


「今何か、見過ごしたらものすごく後悔しそうな事が起こりそうなんです」

「おや、それは直感が研ぎ澄まされてきたのかもしれませんね。ふむ……今日は身体強化ではなく瞑想で精神を鍛えましょう」

「えっ、でも事件は現場で起きると相場がきまっているのでっ」

「何を当たり前の事を。城の騒ぎは城の人間に任せておけばいいのですよ」


 特訓から逃げ出せそうもないホノカであった。








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