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モブでいいよ  作者: ふにねこ
第二章 修行
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そこにある悪意 3

「ほえぇぇぇ~アリス姉さん、女優みたい!雰囲気が全然違います!」

「ホノカちゃんは残念な事に雰囲気が全く変わらないよね……ある意味、すごいと思うけど」

「ふふふ、女子高生の肩書は譲れませんっ!」

「そんなアイデンティティはさっさと捨てなさい。永遠の女子高生なんて恥ずかしいよ?」

「うぅっ、そこは今だけは譲れないのです~」

「話は戻しますけれど、どういうつもりでしたの?」


 クローディアは忘れてくれなかった。

 アリスは心の中で舌打ちして向き直る。


「クローディア様とクリス王子の二人と懇意にしているホノカちゃんはまるでペットの子犬のように愛らしいんだからという自慢?」

「よくもまぁいけしゃぁしゃぁと……」


 クローディアはだいぶアリスという人間を理解しているようだ。

 誰がどう聞いてもクローディアと王太子殿下の二人にペットのように愛されている、いささかいかがわしい想像を掻き立てるしろものだった。


「とりあえず、謎の女と愛妾候補が別に存在するってみんな知ることになるでしょうよ」


 クローディアがはっとしたようにアリスを見た。


「貴女はまさか、そこまで計算して……」

「噂ってのはね、インパクトがあって面白おかしいものほど広まるのが早いの。どんな内容かはともかく、未来の王妃と仲のいい謎の女が愛妾候補とは別人ってとこがブレなきゃ大丈夫」


 彼女たちがどんな誤解をして新たな扉を開いてしまったとしても、アリスは知らない。

 アリスの秘密の図書館に彼女たちの手によって新たな一冊がいずれ加わることになるなんて、この時のアリスは知る由もない。

 そしてクローディアのアリスに対する誤解も、アリスの知ったことではない。

 頭がよくて策略に長けていて何手も先を読む力に長けているが、アリスをよく知る者ならば彼女が行き当たりばったりないい加減な性格をしているので気が付いたはずだ。

 もっともらしいことを口実に、事実をうやむやにしようとしていることに。

 相手を誤解させて高評価にもっていく、というのも一つの才能でもある。


 アリスとその友人たちを見てきたホノカは気が付いたが、お口にチャックすることにした。

 これから社交界に流れる噂がどんなものになるのか、想像したら怖くなったのだ。

 だったら知らないほうが彼女の心も平穏なはずだ。

 個人の趣味に対して理解の深いホノカは複雑そうに小さくため息をついた。


「あっ、クリス王子発見」


 話をそらそうと必死だったアリスは庭をはさんだ向かいの廊下を歩くクリス王子を見つけた。


「あれ?」

「どうかしましたか、アリス姉さん」

「ん~、随分と表情が柔らかいなぁと」


 アリスの言葉にクローディアがあきれ果てた視線をよこす。


「さんざん彼をいじっておきながら、何をおっしゃっていますの?」


 反論しようとしたが、ホノカが隣でこくこくと頷いているのでやめておいた。


「最近のクリス王子って、アリス姉さんの事が大の苦手になっていますよね」

「うわぁ、外交官を目指す男がそんなんでどうなのよ」

「なぜ外交官なんですの?」


 不思議そうにクローディアが突っ込んできたが、アリスは笑ってごまかした。

 クリス王子の外交官からの甘味スイーツ布教活動はアリスの胸にしまっている事なので軽々と口にできない。

 というか、王族を利用する気満々な時点で人様には言えないのだが。


「あれぇ、でもあの顔は珍しいよ」


 なぜか目を輝かせるホノカ。


「王妃様と話をしている時と同じ顔だもの」

「よほど心を許していると?」

「だと思うよ。相手は誰だろう。どっかで見たことがあるような。気がするんだけど」

「あの方はクリス様の侍従ですわ」

「何それ?」


 聞き覚えのない役職に首をかしげてホノカがアリスに説明を求めた。


「そうねぇ、単純に言えば身の回りのお世話もしちゃう秘書」

「ほほぅ~」

「ホノカちゃんが考えているようなご奉仕はしないから」


 怪しげな妄想を始めようとしたホノカに釘をさす。


「ご奉仕?」


 クローディアの純粋無垢な眼差しにホノカはばっと目をそらし、アリスは苦笑いを浮かべて首を振った。


「どうでもいい話です。それよりホノカちゃんのほうは変わりない?」

「コンラッド伯爵の指導が厳しいですぅ~」


 泣きが入るホノカを呆れたようにクローディアが見る。


「まだまだですわよ。あのお方にしては随分と優しい指導だと思います」

「スポコンは守備範囲外なんだよ~」

「元気そうで何より。私の方は人に会ったり会ったり会ったりしているわ。精神修行ね」

「三回も言わなくても……」

「うっかり甘味スイーツの説明をしないようにするのが大変なのよ」


 ふぅっ、とため息をつくアリスをクローディアは呆れた眼差しで、ホノカはキラキラとした眼差しで見る。


「心の底から商売人なのね、貴女は」

「ふふ、私には誉め言葉ですわ、クローディア様」

「お城にはイケメン騎士や文官がいっぱいだよ」

「出会いたいのは恰幅の好い紳士淑女の皆様ですわ」

「ブレませんのね……」


 モテないと嘆くアリスだが、彼女がもてないのは商売脳のせいではないかとクローディアは思う。

 そのことにアリス本人がいつ気が付くのか。


(気が付かない気がする……)


 クローディアの生温いまなざしを受けて首をかしげるアリス。

 そんな二人を見ながらなんだかちょっと幸せな気分なホノカだった。


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