策に溺れた 2
「どんな裏組織だったんですか?」
大きくそれた話をアリスは戻した。
「主に錬金魔法を研究する組織だ」
「ああ、ジャック様の就職先の一つだった……」
「さすがの僕もアレと一緒にされたら怒る」
ジャックは眉をひそめた。
「魔法は平和に利用するからこそ洗練されて美しいモノへかわる。壊すだけの狂信者と一緒にするな」
ジャックなりの美学があるようだ。
その美学を覆す何かがバッドエンディングにあったのかもしれない。
そんなことを考えながらアリスはジャックを見た。
「巡礼が始まるまで、ここにいたほうがいいのでしょうか」
ホノカに手を貸すのは問題ないが、周りに影響が出るのはいただけない。
「物分かりがいいな」
「城ではなく、ここ」
三人が黙った。
城の客室ではなく騎士団の宿舎。
「……悪くはないな。ここには余計なものがないから、部外者は目立つ」
ジャックの言葉にグレイは難色を示した。
「尊きお方が寝起きするにはあまりふさわしくないと思うが?」
「そうか?食堂で生き生きと飯を食っている女を見かけたが、おかわりをしていたな」
ジャックが切り返す。
「暗殺はないが、貞操の危機はある」
「自分のところの不祥事をなんでどうどうと言いきってんだよ。面倒だって顔に書いてあるぜ」
呆れたようにジャックが突っ込むと、グレイは素直に不満そうな顔をして見せた。
「子供かっ」
わがままと評判のジャックにだけは言われたくないセリフだ。
「不便だけどここは悪意がないから」
アリスが言うと、グレイは口を真一文字に結んだ。
いつだって権力者の集う場所には謀略と悪意がはびこっている。
「特訓の間だけでもここで寝起きしたいです、隊長」
「小隊長だ」
律儀に訂正しながらもグレイは首を横に振った。
「高貴なるお方に不自由はさせられない」
「ここなら騎士がいっぱいいるし、顔見知りばっかりでしょ。食堂だってちゃんと毒見されているし、日中の護衛ならコンラート伯爵が目を光らせているから大丈夫」
さぼろうとする、あるいは妄想して集中力がおざなりになるホノカを容赦なく指導している。
彼がそばにいる限り、騎士すら近づかない。
最近はホノカに対してのみスパルタ気味になってきたのでアリスは少しだけ余裕が出てきた。
今なら家を焼失された可哀そうな子を演じて色々と免除してもらえそうだ。
疼きもしない封印されていない左腕と、邪気どころか結膜炎にもなっていない右目なので聖女様の期待に応えられそうもない。
平凡な商人らしく、平凡に策を練って防衛するだけだ。
貴族の顔は知らないが、騎士団の顔は覚えた。
食堂での騒ぎで声をかけられることも増えたし、裏方の顔も覚えた。
出入りする人たちもなんとなく覚えた。
何よりも、アリスの言葉を聞いてくれる人たちがいる。
ドラリーニョの顔が思い浮かんだ。
騎士団に新たな舎弟を作りに来たのかとヘンリーに文句を言われたのは解せないが。
「残念ですが、無理ですね」
ランスロットがバッサリとアリスの言い分を拒否した。
「彼女は……結婚こそまだですが王太子の愛妾です」
ジャックがせき込み、グレイは渋い顔をした。
あっけにとられたアリスだが、クリス達に話したことを思い出す。
「あ……そういえばそういう設定もあったようななかったような?」
敏いアリスはホノカの立ち位置が決まったことを知った。
(王太子殿下って、度量が広いなぁ……)
「んだよ、結局そうなったのか……」
ジャックはどこか諦めたように呟いた。
「やっぱり揉めたの?」
「まぁ、それなりに案はでたが……決めたのはどうせ面白いからって理由だろうよ」
「えっ、そんな理由なの?」
「王太子はたまに変な方向に行動力を発揮する人だ。僕を抜擢した時は確か、前衛で戦う魔法使いなんて珍しいから近くで見たいって理由だけだった」
あっけにとられるアリスにジャックは小さくため息をついて見せた。
「たいがいはそんな理由だが、ハズレを引かないあたりが天才というか、底知れないお方だと思う。……話がそれたな」
ジャックはランスロットに目で話を促した。
「さすがに城を目の前にして愛妾がここで寝起きというのはまずいです」
立場的にも色々と。
「だぁぁぁぁっ、こんなことなら設定をジャック様かフェルナン様の婚約者にしておけばよかったーっ!」
まさかの大物のバックアップにアリスは頭を抱えた。
そんなアリスを冷めた目で見守る男が三人。
「お前は僕を何だと思っているんだ?僕に婚約者なんかできたら王太子の愛妾以上に悪目立ちをするぞ」
何を堂々と言っているのだろうか。
ジャックの城での評判が気になるところだが、アリスは頭を切り替える。
「その立場で彼女の安全は保障されるわけ?クローディアほどじゃないにしろ、がっつり暗殺対象ですよね」
「お前……僕たちに啖呵を切ったくせに何を言っている?」
呆れたように言い放ったジャックだが、ふと思いついたようにアリスを見た。
「そんなに心配だったらお前が身代わりになればいい」
「だが断るっ!」
「断るのかよ」
あきれ果てたようにジャックは天井を仰いだ。
「だが悪く無い案だな。一考の価値はある」
意外にもグレイは乗り気だ。
「愛妾と聖女が別物だと知れば敵も混乱する」
「いや、しないから。国賊だったら愛妾だし、魔王関係だったら聖女ってはっきり別れるだけだから」
慌ててアリスは反論するが、グレイに引く様子はない。
護衛がやりやすくなっていいと彼の顔にはっきりと書いてあるのがまた癪に障る。
聖女の事はあくまでも他人事だから冷静にどうとでもできるのであって、当事者になってしまったら身動きが取れなくなってしまう。
アリスは身を切る思いでグレイとジャックを見た。
「愛妾と聖女の顔を見たら一発でバレると思います」
絶世の美少女ホノカ。
平凡なアリス。
二人並んでどちらが聖女かと言われれば、全員がホノカを指さすはずだ。
「む、そうか」
痛恨のミス、とばかりにグレイが納得するのをもやもやした気分で見ていたが、身代わりにはならなくてすみそうなのでとりあえず良しとする。
心の中で涙を飲みながらも当面の危機は回避できたと安堵した。
しかし、この企画に一番乗り気だったのは意外にもクリス王子だった。
そしてフェルナンも反対はしなかった。
前者は単純にホノカを魔王関連の刺客から遠ざけたかったため。
後者は予測不能のホノカより自分と同類の策略家であるアリスのほうが聖女としての行動が予測できて安心できるため。
敵側に聖女の存在がばれたと判明してから、城側は慌ただしく動いた。
公式に聖女の事をクリス王子が発表したのである。
魔王の封印強化のために半年後に巡礼することも。
公表に踏み切った城側のやり方にアリスは賛成だったので文句はない。
が、今回の発表でクリス王子が表舞台に出たことが彼にとって吉となるか凶となるかが不安要素であった。
チートな能力は一向に目覚める気配はないが、ホノカの願いはちょっとだけ叶ったといえるだろう。
身代わりとはいえ、対外的にはアリスが聖女だ。
「ジャック様……月夜ばかりと思うなよ」
「いちいち物騒だな、お前はっ!」
「うふふふふ、敵が襲ってきたら真っ先にジャック様を放ってさしあげますわ」
「僕は犬じゃない」
「まぁ、噛ませ犬だなんてご謙遜を」
「誰もそんな事はいってないっ!」
聖女の護衛にジャックがつくと、たびたびこのような会話がやり取りされるようになり、周りは綺麗にスルーするという場面が出来上がることとなった。




