実家の現状を知る 2
ルークたちが帰っていくのを見送ったアリスは深々とため息をついた。
「ええっと、この度は大変な不幸に見舞われてさぞかし気を落としておいででしょう。お悔やみ申し上げます。何か困ったことがあればおっしゃってくださいね」
ホノカがクローディア直伝の貴族言葉でアリスに声をかける。
「うん、ありがとう。家のことは母さんがどうにかするでしょう」
ジャックに被害金額と慰謝料等を少しだけ盛ってきっちりと請求するはずだ。
生まれ育った家というわけではないので強い思い入れはないが、成り上がった象徴でもあったので少々もやもやとしている。
「でも犯人は捕まっていないんだよね」
「ああ、うん、そっちも大丈夫だと思うよ」
「心当たりがあるの?まさか商売敵の犯行とか?」
「う~ん、そっちじゃないと思うよ。商売関係なら家よりも倉庫のほうが打撃が大きいし」
「それじゃあアリス姉さん……私がらみですか?」
極上の美少女で中身が腐女子のホノカだが、馬鹿ではない。
むしろ想像力はいい方だ。
「ん~たぶんね」
なるべく軽い口調で答えてみても、ホノカが落ち込むのは止められない。
花がしおれていくように、みるみる精彩が欠けていく。
「私のせいで、家が……」
「大丈夫だって。二人の話を聞いたでしょ。父さんがやる気になっているならむしろ犯人のほうが気の毒だし」
「へ?」
意外な言葉にホノカは落ち込むのも忘れてしまった。
「父さんが本気になると、もう誰も止められないというか……」
アリスは遠いお空を見上げた。
「魔族か秘密結社かはわからないけど、ご愁傷様かな。本気度合いによっては組織が地上から消滅するかも」
「ど、どんだけ……」
ジギル・ドット。
アンタッチャブル、色々と触れてはいけない男。
「ハロがいるとはいえ、母さん、止められるかな……」
背中に哀愁が漂っている。
もはや聞いてはいけない雰囲気にホノカはお口にチャックすることにした。
ジョンとルークから話を聞いた後、アリスはグレイ小隊長に事の次第を聞きに行った。
ホノカは特訓の後に伯爵から話を聞きだすと張り切っていたがあてにはしていない。
そしてグレイ小隊長から詳しい話を聞いたアリスは遠のきそうな意識に身をゆだねたくなった。
だがそうできないのがアリスだ。
今、アリスが一番心配しているのは家族の事だった。
やりすぎない事を祈るしかない。
再びホノカと合流したアリスは大げさにため息をついて見せた。
「ああ……動けないこの身が恨めしい……」
本当なら陣頭指揮をとって犯人をとことんまで追い詰めたいところだが、訓練所の外に出ることは禁じられている。
「グレイさんから家のこと、詳しく聞いたんですよね?私もさっき先生から聞きました」
「ああ、それねぇ……魔法陣を使ったどっかの秘密結社の仕業だって聞いた?」
「はい。私を狙ったと」
「それで思ったんだけど、その秘密結社ってさ、ジャック様ルートに関係してないかな」
「秘密結社はランスロット副隊長ですよ。ジャックは悪の魔法結社ってやつです」
その微妙な違い何なのだろうかと突っ込みたいが、今はやめておく。
「そう、その魔法結社がしかけてきたんじゃないかって思ったの。ジャックルートのイベントはどうだったの?」
「聖女をさらって実験しようって話です」
端的な説明にアリスはため息をついた。
「一つ聞くけど、似たような事件はなかったの?」
「いいえ。そもそもそういった個人ルートのイベントは封印の巡回中で起きたんで。今の時期はいわば修行期間、攻略キャラとの親密度と好感度アップ、神力のレベル上げで大きなイベントはなかったですよ」
ホノカにとっても予想外の出来事だった。
命を狙われるのならばこの時期ではなく封印をする段階になってからだと思っていたのだ。
逆に言えば、封印巡りに出るまでは命の保証はされていると考えていた。
ゲームではないリアルな世界だという事は理解しているつもりだった。
本当に、理解しているつもりだったのだという事を今、実感している。
「アリス姉さん、どうしよう……、この先の展開がゲームと違っていたら、どうしよう!」
涙が浮かび上がり、もう一押しで頬に流れ落ちそうだ。
アリスはハンカチでそれをぬぐった。
「違っていて当然。ここはゲームに似た別の世界なんだから」
「でも……」
今回は誰も死なずに済んだけれど、次もそうだとは限らない。
「そもそもゲームの筋書きには乗らないって決めたのはホノカちゃんでしょ。個人ルートに入らない、入るとしても自分の代わりに私に押し付けようっと考えていたでしょ。ゲームとは違うようにすすめようとして、実際にゲームと違うって文句を言うのは筋違いだよ」
「うっ……」
アリスはくすりと笑ってしまった。
結局、ホノカは悪人にはなれないタイプなのだ。
ずるい考え方はするけれど、実行しきれない小市民。
とても人間みのあふれた聖女様だ。
完全無欠の高潔な聖女様よりずっと好感が持てる。
「ゲーム通りじゃないなんて、そんなの今更。上等よ。それに今回は楽観視しても大丈夫だと思っているの」
「え?」
「もし今回、手を出してきたのがジャック様ルートの魔法結社なら……」
「なら?」
「お父さんがつぶしてくれると思う」
「は?」
ホノカは目をぱちくりさせてどこか困った顔をしているアリスを見た。
「そういえば、さっきも地上から消滅するとか言ってたような……」
「ん~普段は愛妻家の子煩悩でお人好しな善人なんだけど、スイッチ入っちゃうとロッシのおじ様もドン引きの悪人になっちゃうのよ」
「マフィアがドンびくって……どんだけ……」
優しくて親切にしてくれたドットおじ様からは想像ができない。
「困ったことにみんなそれを知っているから、誰も私に縁談を持ってきてくれないのよね……」
アリスの目がちょっとだけ虚ろになる。
「粘着気質だから、徹底的にやってくれちゃうと思うんだ。だから、心配することはないんだよ」
「そ、そうなんだ……というか……アリス姉さんがなんだかちょっと心配になってきた……」
父親が怖くて縁談がないのか、アリスが怖くて恋人ができないのか。
なんだかちょっと心配になってきたホノカだった。
アリスの父ちゃんの名前はジギル、ハイド、どっちにしようか考えた。
気が付いている人もいるかもだけど、超有名小説が元です。




