お嬢様の不在 2
アリスが食堂で騒ぎを起こした日、他では何があったのか。
ホノカが視線を感じて隣を見ると、ルークがじっと見ていた。
目があってもルークは視線を逸らすこともなく、観察するように見つめている。
「……ごめんなさい」
ホノカの謝罪にルークは人好きのする笑顔を浮かべ、あざとく小首をかしげて見せる。
そこそこ顔がいいルークがやると、そこそこの確率で女の子はきゅんとなるらしい。
「どうして謝るのかわからん」
「だって、アリス姉さんを私が独占しちゃっているでしょ」
ちょっと嫌そうにルークは顔をしかめた。
「仕事さえしてくれりゃぁ、どこにいて何をやってようが俺たちはかまわねぇよ」
「本当に?」
「……何を勘違いしているのかわかんね」
「だって、アリス姉さんの事が好きなんでしょう?」
次の瞬間、ルークの顔が真っ青になった。
「冗談でもありえねぇっ」
怯えるように小さな声でルークが反論した。
「俺には無理だ。あれに恋ができるなんて、相当なツワモノ……いや、モノ好きに違いないってぇぇぇ!」
スパンと小気味よい音をたててアリスがルークの後頭部を書類の束でたたいた。
「随分と楽しそうだねぇ、ルーク」
「あねさんっ」
「お嬢様と呼びなさい。人聞きが悪すぎでしょう、その呼称」
逃げ出そうとするルークの右腕に右手でしがみつつ左手で腰に手を回す。
その光景だけを見ればあらあら仲睦見てられないわ~という男女のイチャイチャとした光景だ。
が、腰に回した左手は拳を作り、わき腹に執拗なくらいぐりぐりと押し付けられていた。
「やっぱり仲がいいですねぇ」
「だねぇ」
羨ましそうなホノカをよそに、ジョンは気の毒そうにルークを見ながら棒読みで返事を返した。
「こいつに何か言われた?」
「いいえ。でもじっと見られていたから……てっきりアリス姉さんに片思いをしているのかと思って、独占しちゃってごめんなさいって」
「………………片思いっていうか、ルークは子分として親分を慕っているだけだから。アリスに恋はしていない」
「じゃあ、ルークさんは別に好きな人が?」
「ついさっきまでなら、アンタだって言いきれたけどな」
なぜか目を輝かせて自分を見上げているホノカに危険信号が点滅する。
「よく二人で行動されるんですか?」
「まぁ、幼馴染で気心も知れてるし……」
なぜか嬉しそうに自分を見上げているホノカを見下ろしながら、背筋に悪寒を感じだ。
「ジョンさんも恋人がいないんですか?」
「……も、っていうなよ。いないけど」
なぜかほんのりと頬を染め始めたホノカを見下ろしながら、ジョンは彼女の視線から逃げるように顔をそむけた。
自分の追求に照れくさそうに視線を外したジョンを見て、ホノカの脳細胞はフル稼働を始める。
「攻めと受け、どっちが好みですか?」
カンがいいジョンはホノカが普通の美少女でないことに気が付いた。
ルークと違って頭脳派なジョンは世俗の知識が深い。
世の中には色々な性癖の持ち主がいることも知っている。
「さ、さぁ、どっちだろう。アリスお嬢さん、書類はもういいんですか?」
戸惑うジョンを不思議そうに見ながらアリスはルークを解放する。
「ええ、目は通したから。特に問題はないわ」
ジョンはホノカから離れると地面に手をついているルークの方へ歩き出した。
その行動がよりホノカを喜ばせるとは気が付かないで。
「仕事の方はどうします?」
「母さんもいるし、私がいなくたって仕事は回るでしょ」
「根に持ってますね?」
「まさか。君たち従業員を信頼しているからこその不在でしょ」
からかうように笑いながらアリスが言うと、ルークもジョンも何とも言えないような笑みを浮かべた。
信頼してもらって嬉しいのだが、恥ずかしさもあるのだろう。
「そんじゃ、俺たちは帰ります。騎士団の方には商品、おさめておいたんで」
「ちゃんとリサーチしている?」
「問題ないですよ。それじゃ、アリスお嬢さん、ホノカちゃん、またね」
ルークはホノカに向かって手を振る。
ジョンはそんなルークの腕を引っ張るようにしながらその場を後にした。
「二人とも、アリス姉さんが心配で見に来たんですかね」
「ふふ、そうね。子分の鑑だわ」
「ですね……」
さらりと子分と言い切るアリス。
「ルークもジョンも、いつも一緒にバカやっていたから、私が一人で何かしでかさないか不安になったんでしょ」
「えっ、何かって何です?」
「近所の悪ガキと喧嘩したり、喧嘩売ったり売られたり、殴り込みに行ったりとか?」
ホノカは呆れたようにアリスを見た。
「……アリス姉さん、小さなころからあまり変わっていないんですね」
店に来たチンピラの喧嘩を買ったのはつい最近の出来事だ。
そのことに思い当たったのか、アリスは気まずげに視線を遠くへやる。
「さぁ、残りの訓練も張り切って行こうか……」
その声に、言葉ほどの元気はなかった。
話しが前後しているので混乱すると思います。ごめんね……。




