表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブでいいよ  作者: ふにねこ
第二章 修行
67/202

王道 2


 翌朝になると二人は倉庫から出られた。

 もちろん朝食は抜きだったが、アリスのポケットに入っていたモナカを食べたので空腹ではない。

 コンラート伯爵の特訓は免除されたが、かわりにランスロットとグレイによる尋問が行われていた。

 部屋は小隊長の執務室だが、空気を伝わって感じる圧力は事情聴取ではなく尋問で間違いないとアリスは思った。

 ちらっと二人の顔をうかがうと、グレイはいつものように淡々と、ランスロットは今にも頭を抱えそうな雰囲気だ。


「騎士7名、見習い4名。素晴らしい武勲だ、ドット嬢」


 グレイが報告書に目をやりながら褒めた。

 嫌味でも何でもなく普通に褒め、隣のランスロットが深いため息をついた。

 さすがにアリスはランスロットに同情する。


「我が隊に勧誘したい成果だな」

「グレイ、あなたは黙っていなさい」


 厳しい口調でランスロットが口をはさんだ。

 彼のせいでランスロットの機嫌が一層悪くなったようだ。


「タラリー見習い騎士が君の背後から頭にスープをかけ、それを皮切りにケンカに発展。間違いはないか?」

「その通りです」

「まず君はタラリー見習い騎士のこめかみをトレーで殴り飛ばした。どうやって?」

「……失礼します」


 アリスは本を手に持つと目の前のテーブルに置いた。


「このようにトレーを持ち、振り抜きました」


 本を手に取り、水平に宙を切る。


「ふむ、効果的な手段だな」

「黙ってろ」


 感心するグレイをじろりと睨みつけるランスロット。


「こめかみを強打されて横転、その後無抵抗なタラリー見習い騎士に暴行」

「最後が違います。反撃されたら困りますから、動かないように足で抑えただけです。彼には仲間がいましたから、身を守るために。相手は騎士見習いとはいえ男性ですので」


 女性だから非力だよ~とアピールするが、ランスロットに胡散臭いものを見るような目をされた。

 突っ込める余地はあるが、ランスロットは細かい点はスルーして話を進める方ととることにした。

 これは尋問ではなく、事情聴取なのだからと自分に言い聞かせる。


「その後、ドラリーニョ達を挑発して暴力行為に及ぶ」

「注意をしただけです。それをあの人たちは逆上して殴りかかってきたのです。いわば正当防衛です」

「ドット家の家訓とやらは過剰暴行を推奨しているようだが?」

「誤解です。下手に手を抜いて後々報復をされないように気をつけろという意味ですから」


 いけしゃあしゃあと言い募るアリス。

 変に感心するグレイ。

 呆れるランスロット。


「徹底しているが、用心深いのはいいことだ」

「黙れ」


 とうとうランスロットが切れた。


「先に手を出したのは向こうかもしれないが、やりすぎだ。修繕費にいくらかかると思っているっ!」

「えっ、そっち?」


 思わずアリスが声を上げてしまった。

 てっきり暴力行為をとがめられると思ったのだが。


「女性にやられるような惰弱な輩に配慮は必要ありませんが、食堂の惨状には必要です」


 ものすごい現実的な問題にアリスは素直に首を垂れた。


「……うちで弁償させていただきますっ」

「半分を騎士団の諸経費で落とします。貴女とドラリーニョには残りの半分を折半してもらいます」


 この二人の力関係がよくわかった。

 おそらく戦闘行為に関してグレイは切れ者なのだろう。

 が、日常業務に関してはダメダメで、ランスロットが事務系の書類をさばいているのだろう。


「どういう意図であんなに暴れたのか聞いてもよろしいですか?」


 内心、待ってましたと喝さいを送るアリスだが表情にはおくびにも出さない。

 殊勝な態度ですまなそうな顔を作る。


「力を示すことで今後の厄介ごとを減らそうと思ったんです」

「厄介ごと?」

「平民だなんだと陰口だけなら放っておきますが、色恋沙汰がそこに絡むと厄介です。特に、貴族は」


 ランスロットは意外そうな顔でアリスを見た。


「色恋沙汰、ですか?」

「……私じゃないですよ。ホノカちゃんの方です」


 自分で言ってて悲しくなるが、事実なのでしょうがないと割り切りながら話をする。


「もともと彼女は自分が年頃の男性にどう見られているのかわかっていないのです。危機意識が全くないのです」


 ふうっ、とアリスはため息をついた。


「騎士団には女性の方もいますが、彼女たちは自分で身を守れます。ですが、ホノカちゃんは自分の身を守ることができないか弱い少女です。腕をつかんで暗がりに引きずり込まれたら?巧みに部屋へ連れ込まれた途端押し倒されたら?地位と権力をかさにこられたら?」


 畳みかけるアリスの言葉にランスロットもグレイも黙るしかない。

 どんなに規律正しい職場にも、不埒な人間は必ず存在するものだ。


「特にホノカちゃんは異性からすれば理想的な美少女です。欲情に負けて衝動的に行動する輩がいないとはいいきれません」

「言いたいことはわかったが、ホノカ嬢の貞操の危機と君の乱闘騒ぎとどう関係が?」

「体力づくりでマラソンをホノカちゃんと一緒にやっているのはご存知ですよね」

「ああ、報告は受けている」

「私はついて行くのもやっとですが、彼女はついていっています。彼らは体力面で私がホノカちゃんより劣っていることをよくわかっていますし、ホノカちゃんに気がある者ならば目撃しているでしょう」


 走り終わって地面に倒れるアリスをホノカが介抱している姿はもはや定番となっている。


「ホノカちゃんに体力的に劣る私が騎士と騎士見習いを倒したとなれば、彼らはどう思うでしょうか」

「当然、君より強いと誤解するだろうな」


 グレイが結論をいうと、アリスは満足そうに頷いた。


「私の強さを目にすることによって、私よりちゃんと訓練について行けるホノカちゃんはもしかしたらもっと強いのかもしれない。それは一つの抑止力になります」


 人間、自分より強いかもしれない相手に本気ならいざ知らず、たわむれに手を出そうとは思わない。

 女を相手にして叩きのめされるなんてプライドが許さない。

 それが抑止力になるのだとアリスは説明した。


「なるほど」


 話したことはないが、ホノカという人物が極上の美少女だというのは間違いない。


「すべて計算づくだった、というわけですか」


 アリスはあいまいにほほ笑んでごまかす。


 言えない。

 あそこまでやるつもりはなかったなんて。


 言えない。

 頭にかけられてぷっつんしちゃいましたとは。


 マジで言えない。

 たまったストレスを発散するべく暴れたなんて。


 絶対に言えない。

 途中から後先考えずに暴れてましたなんて。

 久しぶりに何も考えずに暴れまくって今はとても爽快な気分だなんて言えない。


 幸い、彼らは誤解しているし、倉庫で必死に考えた言い訳を信じたようだ。

 もちろん全部が全部出まかせというわけではないが、このまま押し通すと心に決める。


「ところでドット嬢は誰かに師事をされているのかな?」

 グレイが興味丸出しにアリスに尋ねた。

「は?」

「モップのさばきかたがなかなか堂に入っていた。槍とは違うようだが、似たような型をとっていたように思えたので気になった」


 転生する前、アリスは薙刀を授業で教わった。

 たしなむ、ではなく戦力増強の一環と自己防衛のため。

 おりしも戦争が終わる直前である。

 それを見抜くとは、彼も侮れない。


「モップであれなら、君の得物でうち合ったらさぞ楽しいだろう……」

「黙れ脳筋」


 ランスロットが唸るような低い声で呟くと、グレイはぴたりと口をつぐんだ。

 黙っていれば繊細な美貌と雅な空気。


(……この人、本物だ。怖すぎる)


 戦闘狂など初めて見た。

 しかもうっかり興味をひいてしまい、最悪、見込まれたらしい。


「……ドット嬢もこれからは気を付けるように。以上だ、戻り給え」

「はい、失礼します」


 このまま面倒なことになっても困るので、早々に退散する。

 部屋を後にするとアリスはホノカが待っているであろう訓練場所へと向かった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ