食堂といえば 4
騎士団訓練所は騎士見習いが常駐する。
彼らは試験を受けて合格し、そこで騎士見習いとして訓練を受ける。
騎士になるには二つの方法がある。
二年間で訓練を終え、資格試験に合格した者が騎士となる。
あるいは年に四回ある実力試験に立ち会う隊長達が欲しいと思える人材を引き抜いて騎士となる。
もちろん彼らは夢と希望、そして野心を持っている血気盛んな若者だ。
そんな若者たちが集団生活を送れば喧嘩は日常茶飯事。
主に喧嘩になる場所は訓練中、掃除中、食事中。
ダントツで喧嘩に発展して大騒ぎになる場所と言えば食堂だ。
「またか……」
喧嘩独特の空気にグレイは眉をひそめた。
食事くらい黙って食べられないのかと心の中で毒づく。
それでなくても聖女の護衛で頭が痛いというのに。
非常に不愉快な思いを抱えて食堂へと足を向けると、近づくにつれてものすごい音が聞こえてくる。
「……随分と派手にやっているな」
ただの小競り合いではなく、食堂全体を巻き込んだ大騒ぎだとあたりをつける。
野次馬が多いのかと思いきや、どうやら集団でやりあっているような雰囲気だ。
小物を脅す程度の威圧感を身にまとい、食堂の入り口に姿を見せたグレイは怒鳴ろうと息をすい、目の前の光景を見て呼吸を忘れた。
倒れたテーブルが二つ重なっているその上に君臨する女性と、床に横たわる騎士見習いと騎士の屍。
どうしてこうなっているのかさっぱりわからないが、果敢にもとびかかった騎士の一人がアリスのかかと落としを脳天に喰らって撃沈していった。
どさりという床に倒れる音で我に返った。
「やめないかっ!」
慌てて声を荒らげながら中に入ると、アリスがこちらを向いた。
その一瞬、グレイの足が止まる。
彼女からのプレッシャーに自然と足が止まったのだ。
それは殺気ではなくただの威圧だ。
本当に彼女はただの商家の娘なのかと疑いたくなる、まごうことなき本物の威圧感だ。
「これはどういう事なんだ?」
「躾がなっていないわ」
「は?」
グレイは何を言われたのか一瞬わからなかった。
予想もしていなかった答えに脳が理解を拒否している。
「部下の不始末は上司の責任!今、この場で最高責任者はグリマルディ様ですよね」
ちゃっかり食堂の壁際に避難している小隊長クラスがさっと目をそらす。
ここで首を横に振るのはまずい気がするので頷いた。
「何があったんだ?」
「問答無用です。お覚悟をっ!」
どこの刺客だと言いたくなるようなセリフでアリスはテーブルの上から降りてモップを拾い上げた。
「鬼畜米英は討つべしっ」
アリスの気合のこもった声にホノカの目が点になる。
この世界の人間には意味がさっぱりな言葉だが、ホノカはその言葉を知っている。
「アリス姉さんって、いくつなんだろ……あ、孫がいるんだっけ。戦後の生まれっていつの戦後だろ。第二次世界大戦の前って第一次世界大戦?明治生まれ?江戸時代ってことはないよね」
ホノカは平安時代と戦国時代と新選組が好物で、残念ながら近代史には全く興味がなかった。
近代史で美形の軍人たちがおりなす青春物語がもっとアニメ化すれば、きっと彼女たちの近代史の成績はアップしていただろう。
モップを構えてグレイとの距離を詰めていく。
剣に手をかけたグレイだが、抜刀せずに鞘ごと抜く程度には冷静だ。
いざモップがグレイに振り下ろされるという直前、アリスは椅子を蹴った。
もちろん最初からそのつもりで、モップはフェイクだ。
誰もがモップを振り回すと思っていたところでいきなり飛んできた椅子をグレイは反射的に叩き落とす。
その間に距離を詰めたアリスは突きを放った。
とっさに足を引いて体を反転させて振り下ろした剣をアリスに向けて振り上げる。
よけられたアリスの目が驚愕で見開かれる。
しかしたたらを踏むはずの足で踏み込むと突きの姿勢から斜めに振り上げてグレイの剣を受け流し、二人の居場所が入れ替わった。
見ていた者たちは二人の攻防に固唾をのんで見守った。
振り向きざまにアリスがモップを水平に振るが、グレイがそれを受け止めようと構えた。
それを読んでいたアリスは軌道を途中で下に向けた。
変則的な動きにグレイは冷静に対処する。
「さすがグリマルディ小隊長殿だ!アリスと打ち合ってる」
ヘンリーの中で小隊長の株はうなぎのぼりだ。
「騎士と一般市民じゃ騎士のほうが強いのでは?」
「あいつは一般市民じゃねぇ」
きっぱりとヘンリーが言い切り、今までのアリスの行動を振り返ってみると納得できるので頷いた。
「アリス姉さんって、するめみたい」
「なんだそりゃ?」
「乾物。噛むほどに味が出るっていうか、付き合いが深まるにつれ謎が深まっていくところ?」
微妙なたとえだ。
「そんなに深い謎はないぜ。アリスはいつだって単純明快だ」
「え?」
「頭がよくて思慮深いくせに、日ごろの行動は感情のおもむくままだし、今だってそんなに深く考えて喧嘩を売ってるわけじゃない。威嚇のついでにストレス発散だ」
「それ、さっきも言ってたね」
「こんだけ暴れりゃ、もうあいつに手を出す奴はいないだろ」
ちょっとした嫌がらせが大事に発展すると分かっていれば、わざわざ手を出す馬鹿もいなくなる。
だからこそストレス発散を兼ねて大立ち回りをやっているのだ。
「……悪い顔でめちゃくちゃ生き生きしているように見えるのはなぜでしょうか?」
「…………まぁなんだ、あいつはそういう奴なんだよ」
ホノカの質問に言葉を濁すヘンリーだった。
にらみ合うグレイとアリスの間に入ったのはランスロットだった。
「いい加減になさいっ!」
正確にはランスロットの投げたイスが二人をめがけて飛んできたので、いやおうなく二人は互いに後方へと下がるしかない。
理知的な顔をして意外と過激である。
本気で投げられた椅子は床にあたって砕けていた。
舌打ちが聞こえたのは幻聴だろうか。
アリスは思わずランスロットの方を見て口元を引きつらせた。
「なんだ、いいところだったのに」
「なにあほみたいな事を言っているんですか?馬鹿なんですか?ああ、これだから脳みそが筋肉の人種は困るんです」
辛辣な言葉にグレイは困ったように笑う。
「すまない」
「さすがにこの惨状は見過ごすわけにはいきませんね。首謀者は誰ですか?」
「ドラリーニョが喧嘩を売ってきたので買いました」
モップから手を放し、両手を軽く上げながらアリスが発言する。
盛大な溜息をついてランスロットはアリスを見た。
「それがどうしてこんな惨状になるのかわかりませんね」
厭味ったらしい口調だが、損害を考えると盛大な文句と嫌味も言いたくなる。
「ドラリーニョと彼女をぶち込んでおけ」
「すいません、彼女は?」
アリスはちらっとホノカの方に視線をやる。
「彼女の護衛は女性の騎士をつける。安心して頭を冷やしてくるといいでしょう。見学していた者は片づけを。床に倒れている者達は特別訓練だな。指導はグリマルディ小隊長で」
有無を言わせない迫力に、全員が頷いた。
こうして食堂の大惨事はあっけなく幕を閉じ、アリスと気を失っているドラリーニョは仲良く食糧倉庫へ監禁された。




