食堂といえば 3
「子々孫々まで、公式に記録が残っちゃうのね。可哀そうに。平民の武力も魔力もないような小娘に叩きのめされたって」
「なんだと……」
「貴族を馬鹿にするのかっ!」
「貴様っ、我らを愚弄するつもりか!」
その通りなのでアリスはますます悪そうな笑みを深めた。
「爵位が魔物の脅威に勝てると本気で思っているんなら、騎士団をやめた方があんたのためだし騎士団のためでもあるわ。私が引導、わたしてあげる」
言外に、騎士としての実力はないと馬鹿にしているのだ。
「それにほら、騎士団をやめたら、権力振りかざして平民の小娘を叩きのめす事ができるわよ」
煽りまくるアリス。
不幸な事に、ここには彼女を止められる人がいない。
「んなことになったら商会ギルドとロッシファミリーが黙ってない……確実に家ごとつぶされるぞ、あの貴族」
ヘンリーが気の毒そうにつぶやくのを聞いてホノカは目を丸くさせた。
「えっ、アリス姉さんってそんな権力があるの?」
「まさか。権力はないが、あいつは商人だ。商人ってのは商品と伝手と情報と金がある」
その意味を分からないほど馬鹿ではないホノカは口をあんぐりと開けた。
悪辣なのはどちらだろうか。
財政難になって落ちぶれるという話は聞くが、それを本当にできてしまう人間は初めて見た。
それがお姉ちゃんと慕っている女性だという事に驚きを隠せない。
「ま、マジですか……」
「あいつの場合、伝手がバカにできないんだよな……甘党ってけっこう多いんだよ」
アリスに何かあれば甘味党が黙っていない。
隠れ甘味党も含めればその人数も彼らの立ち位置も馬鹿にはできない。
もちろん彼らにだって貴族を取り潰すほどの力はないが、それぞれが些細な嫌がらせを企てたらそれは巨大なうねりとなってあっという間に押しつぶされてしまうだろう。
「甘味党、恐るべし……」
ちょっと遠い目をしながらホノカはため息をついた。
「しつけが必要だと思うなら、かかってきなさい」
アリスの挑発に乗って男たちが動き出す。
殴りかかってきた男に椅子を放り投げた。
怒りのあまり抜刀した男にはテーブルを投げた。
巻き添いなんて知ったことではない。
口論している最中に彼らを戒めなかった時点で周りも敵認定だ。
早々に逃げなかった者たちを巻き込んでアリスは次々と椅子とテーブルを投げつける。
もちろんアリスも普通の女子なのでテーブルは持ち上げられないが、彼女は体の使い方を知っているし、てこの原理も遠心力の使い方もわかっている。
テーブルを持ち上げるのではなく倒すようにし、その倒れる力を利用してスイングで放り投げるのだ。
なかなかの荒業だが、まとめて倒すには効果的だ。
そして家訓通り、彼女は人を下敷きにしているテーブルに飛び乗ってダメージをくらわせていた。
阿鼻叫喚、という言葉がふさわしいほどの暴れっぷりに見物にまわっていた者たちも参戦し始めた。
主にアリスを止めるために。
「……アリス姉さんにケンカを売った人たちはすでに息絶えているような気がするんだけど、なんでアリス姉さんは止まらないの?」
ホノカの疑問はもっともだ。
「……いつもならボスだけを狙うんだ。子分の前で泣かせてみっともないところを見せつけて終わりなんだけどな……」
「……それも充分、ひどいですよね」
肉体的ダメージだけでなく精神ダメージが半端ない。
「喧嘩の最中にこんだけ無差別にやっちゃってるってことは、アレだ。憂さ晴らしだな、うん」
「へ?憂さ晴らし……あれが?」
「そう、あれが」
バーサーカーモードに入っているアリスは凶悪な笑みを浮かべて楽しそうに拳を繰り出している。
「えぇぇぇ~」
ホノカはドン引きだ。
どこの世界に憂さ晴らしで騎士たちを殴り倒してく女性がいるのだろうか。
ヘンリーはのほほんとした顔でアリスの様子をうかがっている。
「もう少ししたら落ち着くから、大丈夫」
単に体力が続かないから落ち着くだけなのだが、ヘンリーは知らなかった。
ホノカに付き合っていたアリスも何気に体力が強化されていたので、持続力もちょっと長くなっている。
「というかヘンリーさん、やられているのはお仲間ですよね。止めようと思わないんですか?」
「あ~まぁ、あれだ、アリスを知っているから思わない」
「アリス姉さんの黒歴史って、けっこう根深いものがありそうですね……」
「俺の中では絶対に逆らっちゃいけない、ナンバーワンだからな」
アリスのガキ大将時代に一体何があったのだろうか。
ヘンリーからそれ以上は聞いてくれるなという空気がひしひしと伝わってくる。
ホノカは深くため息をついた。




