特訓開始 5
体力づくりの基本は走り込みだ。
最初はいつもマラソンから始まる。
「さて、きっちりと説明、してもらいましょうかっ」
走りながらアリスが問いかける。
幸か不幸か二人だけしか走っていない。
「ええ~っ」
「きっちり、全部、話して、もらい、ましょうかっ」
言葉が途切れるのはしょうがない。
体力はホノカのほうが上なのだ。
仕方なくホノカはアリスに回復魔法をかける。
「どうして魔法が使えるのかな?」
言いたくないのかホノカは少しスピードを上げてアリスの前に出る。
そんなホノカの横にアリスは並ぶ。
「なんで魔法が使えるのかな?」
そしてアリスが息切れをし始めるとホノカが回復魔法をかける。
悪循環なのだが、ホノカとしては逃げようがない。
「……いい加減、教えてくれても、いいでしょう?」
観念したのか、ホノカは重い口を開いた。
「ジャックにバカにされるのが悔しくて、がんばってみたら、使えるようになりました……」
どれだけ頑張ったのかは口にしなかったが、アリスはすぐに察した。
「それはつまり、神力を、あげる、修行をよそに、魔法の、修行を、したって、こと?」
無言でホノカは回復魔法をかけた。
「なにやってんのーっ!」
心からの叫びが空へ消えていく。
そりゃ神力がアップしないわけだ。
「てゆーかジャック様も何してくれてんのーっ!」
神力ではなく魔力のアップ。
間に合うのか不安になってきた。
アリスの鬼の形相を見たホノカは怒られるのが嫌で走り出す。
「神力アップの修行をさぼっていたというの?」
「さ、さぼるとは人聞きが悪いかなぁって」
ホノカは必死に言い募る。
「魔法の修行も邪魔にはならないし。ほ、ほら、コンラート先生だって魔法の使い方を教えてくれているわけだし」
「先生はちゃんと神力の講釈もしてるでしょ。魔術一辺倒のジャック様とは違うっ」
一気に言い放ったアリスは酸欠に陥る。
すかさずホノカが回復魔法をかける。
アリスの体力が復活する。
「しかも理由が馬鹿にされて悔しくてって……。ゲームじゃ魔法、使えなかったんなら問題ないじゃない」
「でも魔法ですよ。素質があるとわかれば使いたくなるのが人情というものっ!」
どや顔で言われても説得力はない。
ようは真面目に魔法の特訓だけをしていたということだ。
さすがに本人もその自覚があるからこそ三か月後に起こるかもしれない封印の弱体化を相談してきたのだろう。
「あれだよね、ホノカちゃんはテスト前に部屋を掃除するタイプでしょ」
「な、なぜそれをっ!」
「誰でもわかるよ……」
本来やらなければならないことを目の前にしながら違う事に手をだし、そっちに夢中になる。
それはまさしく、テスト勉強の前に部屋の掃除をはじめ、かたそうとした山積みの本を読み始めて就寝時間になってしまうというダメなパターンだ。
気力がそがれたアリスにホノカは回復魔法をかける。
「なにやってんだか……」
力なくつぶやくアリスに笑ってごまかすホノカ。
追いかけっこをやめて二人は仲良く並んで走り出した。
「ふむ……」
追及されたくなくて逃げるホノカを追うアリス。
追いかけっこをしているかのような二人の行動を見守っているのはコンラート伯爵だ。
先行するホノカを追いかけるアリス。
息切れを始めるとすぐに回復魔法をかけるホノカ。
「今日は随分とやる気にあふれていますね……」
ここに大いなる誤解が生まれた。
「予定していた内容をもう少し濃いものにしましょうか」
それはそれは楽しそうにコンラート伯爵は微笑んだ。




