六日目には殴り込み 3
意気揚々と城に向かったアリスだが、クローディアから午後の授業がない事を知らされて肩透かしを食った気分だった。
ホノカに至ってはその場でジャンプしつつ一回ひねりを披露してはしゃぎ、クローディアに怒られる始末だ。
昼食を一緒にとったあと、アリスはホノカと一緒に家に帰ってきた。
「午後はなにをしたい?」
「バイトしたいです!」
ホノカは目を輝かせながらアリスを見た。
「えっ、休みなのになんで働きたいの?というか腐女子なのに引きこもらないの?」
「アリス姉さんっ、腐女子はニートじゃないですよ。部屋に引きこもって堪能するのもありですが、そればっかりじゃ不健康すぎます!時には仲間同士で集まって意見交換をしたりコミケに行ったりと積極的に外出します!」
切々と語るホノカ。
妄想を仲間同士で語り合うのは不健康な気もするが、そこはスルーだ。
「そしてお宝をゲットするためにはお金が必要です!引きこもっていたって一円の得にもなりません。お小遣いじゃ足りないのでバイトでお金をためてお宝を手に入れるのです!」
正論なので何も言えないが、何か釈然としない。
原動力が若干不健康な気がするせいだ。
「ええっと、お金が欲しいの?」
「はい。この前、アリス姉さんのおススメ本を読んで私の世界に光が差しました。この世界にも私の仲間がいることを知ったんです!」
違う世界に入り込んだホノカには、もうアリスの声は聞こえない。
「知った以上はそれを手に入れなければ!いつでもいかなる時でも心置きなく堪能できるように!」
何を堂々と宣言しているのだろうかと思うが、同時に城にいる面々には聞かせられないとも思った。
世界を救う聖女が一番欲しがるものがボーイズラブの小説、略してBL本。
めまいがしそうだが、自らの手で働いて賃金を得て手に入れるという考えには大いに賛同できる。
西城穂香という人間は社会的にはいたって健全な思考の持ち主だ。
趣味的にはちょっと付き合いきれないが、それを抜かせばホノカはとてもいい子だ。
彼らにねだればドレスも宝石も手に入れ放題なのに、ちょっと白い目で見られるかもしれないが頼めばBL本くらい(宝石に比べたらずっと安いから喜んで)いくらでも用意してくれるだろう。
けれどホノカはそれを良しとしない。
自分の力で手に入れてこそ価値があるのだと胸を張る。
「いいよ。支店のほうならウエイトレスですぐに入れる」
彼女のウエイトレスとしての働きは保証済みだ。
むしろ正社員としてもいける。
「日本では何をしていたの?」
「やっぱり時間的にファミレスのウエイトレスが主かな。土日祝日はやっぱりお金もいいし、何よりノルマがないし」
「賃金はどうする?」
「こっちの基準と日本の基準がわからないんだけど……」
「じゃあ私の判断でいい?働き次第で昇給アップあり、制服支給」
「お願いしますっ!」
ホノカとアリスは笑顔でがっしりと握手した。
アリスの店で働く接客マニュアルは前世の記憶を頼りに作り上げたものだ。
日本のファミレスが元になっているのでホノカにはなじみのものだった。
「いらっしゃいませ~」
美少女の花がほころぶような笑顔、空になった皿をさりげなく下げたり、お茶を足したりと気配り上手だ。
他の従業員たちもホノカの働きに感心していた。
「聖女よりこっちのほうが馴染んでる気がする」
ホノカは生き生きと働いていた。
この一瞬一瞬がこよなく愛するBL本につながっていると思うと元気が出てくる。
どんな嫌な客だって、BL本の事を考えれば苦にならないし、むしろ試練を超えて手に入れたという充足感もある。
趣味が絡めば非常にポジティブなホノカであった。
しばらく働きを見ていたアリスはこれなら大丈夫と裏に引っ込み、帳簿や味見、試作品づくりにと精を出す。
久しぶりの商品開発にアリスは燃えていた。
が、それもすぐに中断する羽目になった。
「お嬢様……」
ウエイトレスの一人がアリスに声をかけると、小さな声で事情を説明する。
「わかったわ。今行きます」
手をきれいに洗ってからアリスは表にまわった。
店内でごろつきが騒いでいた。
倒れたイスやテーブルのそばでホノカがオロオロしているのが見えた。
従業員が退去させたのか、すでに客はいない。
「当店で騒いでいるのはどなたです?」
アリスの登場にホノカ以外の従業員たちがほっとした空気を醸し出した。
「なんだテメー!」
「この店のオーナーです」
にっこりと笑ってアリスは男たちのほうに少し近づいた。
あと一歩踏み出せば手が届く距離で足を止める。
「おうおう、従業員にどういう教育してんだよ」
「服が濡れたぜ」
二人組の片方が自分の足を指さす。
「まぁ、それは失礼いたしました」
「弁償しろよ」
「はい、それはもちろんでございます。それが終わったらもちろんイスやテーブルなどの弁済はしていただけますよね?」
「はぁ~?ふざけてんのか?」
男が左右に首をかしげながら睨みつけてくるがアリスは動じない。
そのしぐさを見るとどうしても鳥がカクカクと首をかしげる様子を思い出す。
「どうお見積りしてもこちらのほうが損害、大きいですよ」
「俺は心に傷を負ったんだよっ!」
そうきたか、とアリスは半笑い。
難癖付けて金をせびる。
どこの世界でもこの手の存在は湧いて出る。
「では兵隊さんを呼んで、正確に裁いてもらいましょうか。その方がお互いに後腐れないでしょうし」
チンピラ二人が納得するわけがない。
わかっていてアリスはそう言ったのだ。
「ふざけんな!いいか、俺たちはロッシファミリーのモンだ!」
「腑抜けな兵士なんかこわくねぇんだよ」
アリスの目がきらぁんと光った。
「ロッシファミリー……ですか」
「ああそうだ」
裏社会でも指折りのマフィアだ。
この名前を聞くだけで震える者たちも多い。
「ロッシファミリーの人でしたか……」
「わかったならさっさと金をよこしなっ」
したり顔の男たちにアリスは笑顔を向けた。
「ふざけんなバーカ、誰がやるか、むしろ弁償しろ。今なら金目のものを全部おいて二度と店に顔を出さない約束で勘弁してやる」
ロッシファミリーの名を聞いてやる気満々になったアリスとは裏腹に、男たちは焦りだした。
今まではその名を出すだけですんなり金を巻き上げてこられたのだから、ここでも通用すると思っていたのだ。
「アリス姉さんっ!」
慌てるホノカの肩に、同僚のウエイトレスが手を置いた。
「大丈夫だよ、ホノカちゃん」
「そうそう、本気になったアリスさんに勝てる人、この辺りにはいないから」
「え?」
気の毒そうに男たちを見る同僚達にきょとんとするが、これから起きる惨劇に顔を引きつらせることになった。
「何が勘弁してやるだ?それともあんたが自分の体で弁償してくれんのか?」
男が一歩踏み出しながらアリスに手を伸ばしてくる。
アリスはその手をつかむと懐に飛び込み、見事な背負い投げを決めた。
あえて横倒しになったテーブルの上に投げ落とすあたり、性格が悪い。
テーブルの縁に背中を強打してから地面に転がる。
「なっ、ててててめーっ!」
予想もしなかったアリスの反撃に反射的に男が殴りかかってくる。
そんな男にアリスは綺麗に両足をそろえて男の顔に着地した。
「えっ、何今の、アリス姉さんが飛んだ……」
プロレスもびっくりなくらい綺麗に飛び蹴りが決まり、男は床に沈んだ。
「さてと。店の片づけをお願いね。誰か荷物運びについてきて」
最後は厨房のほうに声をかけると、男の従業員が二人出てきた。
「ああホノカちゃん、心配しないで。時々いるのよ、こういう馬鹿。じゃあ、行ってくるね」
「えっ、どこへ?」
「ロッシファミリー」
唖然としているホノカをよそに、アリスは涼しい顔で男たちを担ぎ上げた従業員を従えて出ていった。
「たたた大変です~っ!」
「あ、ホノカちゃん、どこへ行くの?」
「アリス姉さんを助けに行ってきますーっ!」
引き留めようとする同僚の手を振り払い、ホノカは何かあった時のための連絡手段を使った。
連絡を受けたのはグレイとオルベルトだった。
あらかじめ決められてあった集合場所にオルベルトが向かうと、グレイと部下が待っている。
互いに認識があるので余計な会話は不要だ。
「アリス・ドットがロッシファミリーに連れ去られたとの報告がありました」
オルベルトの言葉にグレイの眉が顰められる。
「彼女ではなく、なぜアリス嬢が?」
「わかりません。ですが、ロッシファミリーといえば色々と有名な組織ですからね。油断はできません」
「監禁場所はわかっているのか?」
「はい。これから向かいます」
「わかった」
誤字脱字の訂正をしました。




