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モブでいいよ  作者: ふにねこ
日常編
200/202

モブでいいよ


 華やかな仮面披露宴が終わり、客がいなくなった会場では後片付けが始まる。

 全員を見送り終わったアリスが知り合いの会場のオーナーに挨拶をして戻ってくると、なぜかフェルがおらず、会場の片隅で残ったスイーツをもぐもぐと頬張っているホノカがいた。

 気を利かせた給仕が一つのテーブルにスイーツを集め、ホノカはそれを堪能していた。


「フェルは?」

「クリス王子に拉致ってもらった」

「は?」


 穏やかではない言葉に引っかかり、聞き返す。


「城に連れて行ってもらった。とりあえず吞み潰す方向で」

「いや、今夜は嬉恥ずかし初夜なんだけど」


 ホノカはわざとらしくため息をこぼす。


「もうちょっと初々しく言えないんですか?」

「いやぁ、ひ孫がいたような記憶がある人間に今更初々しさを求められても困るし、今生の年齢も……」


 行き遅れに王手がかかった年齢であり、行き遅れなかったことが奇跡だと母親に言われたがアリスもそう思う。


「そういう純情可憐、清純初心の担当はホノカちゃんに任せるから」


 嫌そうに顔をしかめるホノカだが、アリスは気にした様子もなく団子を口に放り込む。


「ん~やっぱり時間がたつと乾いちゃってダメね。味が落ちるわ~。いっそ水あめでコーティングしちゃおうかしら……」

「怒らないんですか?」

「湿度の関係で表面が乾くのは前からの課題だったから、それをさっぴいても及第点だし、パーティーのおともに出ても問題ない程度だし」

「そーじゃなくて、勝手にフェルを連れ出しちゃったことです」

「ああ、そっち」


 アリスは今気が付きましたと言うような顔でホノカを見た。


「怒るほどのことじゃないわ。ホノカちゃんの夢を壊して悪いかもだけど、披露宴の夜なんてたいてい夫はへべれけだし妻は精神的に疲れているから早く眠りたいもんなのよ」

「えっと……」


 アリスのクールな反応に戸惑うホノカ。


「ホノカちゃんの年齢だと結婚式に出たことはないか。職場の人間とか、親戚のおっさんが目出度いとか言いながら次々と新郎に酒を注ぐのよ。だから気の利く式場だと新郎の足元には酒を捨てるためのバケツが用意されているの。中には俺の酒が飲めないのかと絡む人もいるから意味ないんだけど」

「そうなんですか?」

「少なくとも昭和と平成はそうだった記憶がある」

「……今日は、そのう、アリス姉さんと話がしたくて」


 特別な日だとわかっているし、別の日に話をしたってかまわないようなたわいのない話だけれど。

 でも今、話がしたいとホノカは思った。

 どうしようもない衝動にかられてクリス王子にお願いしてフェルを連れて行ってもらった。

 去り際のフェルが、しょうがないなぁという顔をしていたのがなんだか悔しい

 子供っぽいと思われているのがわかるが、ホノカとしてはまだ大人になり切れていない自覚はある。


「どんな話?」

「……私がこの世界に来てからの、話」


 ぽつりとこぼれたその言葉にアリスは笑みを浮かべた。


「行き倒れの話ね」

「そうじゃなくて、いや、そうなの、かな?」

「己の人生、誰もが己の物語の主人公だけれど、そんな話をしたいわけじゃないでしょ。てゆーか、前も話したような気がする」


 会場を彩る飾りが外され、テーブルの上の皿は厨房へ下げられる。

 残った料理はこの会場で働いている人たちにお持ち帰りされ、それでも残るようなら近所の孤児院にまわされる。

 今夜のように皿が空になるというパーティーはやる気が出なくなってもおかしくないが、そこはプロなのできちんと仕事をしていた。

 従業員の質が高く見習わなくてはと思いながら羊羹を口に入れた。


「ヒロインがいやで、アリス姉さんがヒロインだったらいいなって何度も思った。神様にも祈ったんだけど、ダメだった」

「…………」


 ものすごく嫌な予感がした。

 神様達が何かしたからフェルに恋をしたなんて思いたくないが、意固地になっていた気持ちが解きほぐれていく手助けはしてもらったような気がする。

 前世の夫への気持ちは果てしなく広がる空のように。

 フェルへの気持ちは湧きいずる水が海へと流れていくように。

 そう思えるように視点が変わったのは何がきっかけは覚えていないが、ホノカが封印するついでに神様に祈ったと聞いてからだと思う。


 実際に時空を超えてホノカは地球からこの世界へとやってきたのだから、神様の存在はありだと思っているし、地球よりもこの世界では神様はとても身近な存在だ。

 何よりも魔王が生まれるという事が祈りの力と神様の関係を事実なのだと教えてくれた。

 そしてこの世界の神様は、この世界へ聖女を連れてきた贖罪に力と祈りによるちょっとしたお願いを叶えてくれるのだ。


「そ、それはまぁ、さすがに異世界から連れてきた聖女のポジションを現地の女と入れ替えるわけにはいかないでしょう」

「うん。それはまぁ、今ならわかるけど、その時はもう追い詰められちゃって、必死だったわけぇ……」

「で?」

「多分だけど、違う形で私のお願いが叶っちゃったかなぁって……」


 ハリセンでホノカの頭をどついてやりたいとアリスは思った。

 笑顔を浮かべるとホノカがびくっと体をこわばらせる。


「なるほど。一連の騒動、乙女ゲームとの類似点から推測するに、神様が別の形でホノカちゃんの願いを叶えたと、そういうわけね」

「えへっ、そうみたい」


 じろりと睨むとホノカは首をすくめ、ごまかすように羊羹に手を伸ばす。

 アリスは額に手を当てて天井を仰いだ。

 とんだとばっちりである。


「それで、今日の感想はどうなの?」

「多分だけど、ハッピーエンドルートだと思う」


 自信なさげにホノカが答えた。


「確認だけど、今後は大丈夫なんでしょうね?」


 ホノカはすっと目をそらした。

 わかりやすい動きにアリスのこめかみがぴくりと動く。


「どういう事が説明してもらおうじゃないの」

「ええっと……」


 噴き出した冷や汗を袖で拭いながらホノカはすまなそうにアリスを見た。


「私のいた世界に興味を持った神様達が、サブカルチャーにはまっちゃったみたいで……」

「なんでそんなことがわかるの?」

「強く思ったりすると神様とパスがつながっちゃうみたいで……なんていうか、その時の神様の雰囲気?反応?がだんだんこう、オタク仲間のような雰囲気?みたいな?」


 アリスは深くため息をついた。

 腐女子でゲーマーのホノカの嗜好に興味を持った神々がホノカの希望を叶えるには、日本のサブカルチャーを研究するのが一番手っ取り早いのはわかる。

 神様がホノカのためにオタクな思考を理解し、彼女のためにささやかな願いをかなえてあげようと贖罪に頑張る姿勢に好感はもてるが、それが神様の個人的な思考に影響を与えるとなると話は別だ。

 それは世界に影響するという事。


「…………日本のライトノベルの影響とかで神様がトチ狂ったりはしないよね?」


 日本食が食べたいあまりに召喚者に無理を言って供えさせたりと召喚者に無理難題を吹っ掛けたりというライトノベルにはよくある話だ。


「そこは大丈夫だと思うよ。私のために勉強しているだけだと思うし」


 別の世界から召喚という名の誘拐に対しての対価はいかほどか。

 聖女の役割を交換するのは無理だから、代案として考えられることは何か。

 聖女の望みを可能な限りに叶えるとしたら?

 ホノカのいうヒロインとは何か?

 乙女ゲームを勉強した神様はホノカの願いを叶えるために何をする?


「……一つ確認したいんだけど」

「はい、なんでしょーかっ!」

「……R指定はどこまでの乙女ゲームの話をしているのかな?」


 いわゆる乙女ゲームというジャンルも多岐にわたる。

 全年齢からR18指定まで。

 可愛らしい初恋を実らせる話から、社会人となって同僚達と恋を育む話もあれば、夫がいながら浮気をしちゃって真実の愛に目覚めるなんてものもある。

 アリスの年齢、そして結婚したという事実を鑑みると、アリスがヒロイン対象となる乙女ゲームはどう考えてもR18指定のヤバイやつだ。


「えへへ……ごめん、アリス姉さん。R18にも手を出してましたーっ!」


 勢いよく頭を下げたはずみでテーブルと激突し、ゴン、という音が響く。

 ホノカがどんなゲームをしていたのか聞くのが怖い。


「……モブでいいよ」


 切実なる思いを込めた呟きがむなしく風に散っていった。




一応、これで終わりになりますが、しばらく不定期で番外編を追加する予定です。

もう少し、御付き合いください!

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