結婚式には愛が溢れる~予想通り~
シスターに手を引かれ、アリスは教会の入り口にやってきた。
聖騎士団が左右に立ち並び、フェルは所在なさげに入り口に立っている。
二人、手と手を取り合って教会の中に入り、司祭の前で愛を宣誓するというのが一般的な結婚式だ。
「……想像していた以上に、綺麗だ」
フェルがどこか恍惚とした表情で微笑んだ。
見慣れているアリスでさえくらりときた色気のある表情に、隣にいたシスターの顔が真っ赤になって硬直している。
余波をくらったのか、聖騎士団の方から鎧が微かに音を立てた。
「ありがとう。フェルもすごく素敵」
結婚式に服装の決まりはない。
貴族ならば式典に出るような服装になる。
文官のフェルは金糸の縁取りが煌めく白い燕尾服だった。
手袋越しでも互いの熱が伝わる。
自然に口角が上がり、ふわりと笑みが零れ落ちる。
「さぁ、行こうか」
余韻に浸る間もなくせかすようにフェルが手を引いた。
アリスの訝し気な視線に気が付いたのか、フェルがちょっと困ったようにほほ笑む。
「邪魔が入る前にと思うと、どうも気が急いてしまって。ホノカから変な話を聞いたせいかな」
「お二人の愛にささやかなスパイスが加わるだけですわ。味を損ねるような真似は愛の神が許しません」
再起動を果たしたシスターが厳かに告げた。
控えている聖騎士達をちらりと見てから目をそらし、どう許さないのかは聞かないでおこうと思った。
「そうですね。いかなる邪魔が入ろうとも、愛の神がそれを許すはずもありません」
にこりとほほ笑むフェルの笑顔を見てなぜか背筋がぞくりとした。
どう許さないのかは怖くて聞けない。
「皆さま、すでにお待ちです」
そういうと、シスターは扉を開けた。
直線上に司祭が立っており、それを囲むように見知った顔ぶれが立っていた。
本来ならばこの広い教会の席は全て埋まるのだろうが、すべて空席だった。
寂しいどころか安堵するアリス。
プレゼンで注目されるのはいいが、個人的に自分が注目されるのは苦手なのだ。
友人の結婚式に出席した時(ニヤニヤして冷やかす気まんまん)の自分を思い出すと、誰もいなくていいと思う。
足取りも軽く司祭の前まで歩いて行く。
途中、ルークに腕をひねり上げられて床に押さえつけられ、涙と鼻水に濡れた顔をこちらに向けている男の姿があったが見なかったことにした。
じわじわと温かくて叫びだしたくなるほどのむず痒さがせり上がってくる。
「ふふ」
思わず声が零れてしまった。
フェルが怪訝な顔でこちらを見る。
「どうかしたの?」
「どうやら私、浮かれているみたい」
「そう。私と同じだ」
たったそれだけの会話なのに、悶えてしまいたくなるような衝動に駆られてしまい、そんな自分にびっくりする。
結婚式は新たな発見がいっぱいだ。
素直に好きだな、という感情が改めて自分の中に浸透していくのがわかる。
それこそ恋を知りたての少女のような感覚に面映ゆくもある。
司祭の前で立ち止まると、左右に広がるように立つ人たちの顔を一人一人ゆっくりと目を合わせるように見回した。
祝福しかないその眼差しに喜びが満ちてくる。
望まれて、望んで夫婦になれる幸せに酔いしれる。
「愛の神のもと、夫婦として絆を結ぶ証を」
ようは誓いのキスである。
にこにこのフェルとはにかむようにほほ笑むアリス。
周囲はほっこりとしながらその光景に見惚れている。
そしてボルテージが最高に到達しようとしたその時、入り口の扉がバターンっと大きな音を立てて開いた。
自然に全員の目がそちらへ向けられ、そして点になった。
振り向いたアリスの背後で数人が噴き出すような声が聞こえたが、アリスは笑うよりも眩暈を感じた。
赤いマントをひるがえし、騎士の恰好をしたアデレートがバラの花を一輪口にくわえて立っていた。
以前の古い甲冑はさすがに重いと学習したのだろう。
騎士がつける簡易の鎧を身に付けているが、その鎧は歪に形を変えていた。
アデレートの恰幅のよさにあう鎧がなかったのだろう。
つまり、規制の鎧を叩いて伸ばすというシンプルな手段で大きくしたのだ。
その証拠に、騎士の紋章が歪につぶされていた。
「あれ?騎士の鎧って支給品じゃなかった?」
「窃盗及び身分詐称だな」
アリスの疑問にぼそりとフェルが呟いた。
「フェルナン様っ!私を連れてお逃げくださいっ!」
くわえていたバラを右手に持ち、フェルにささげるかのように差し出した。
「いかがいたしますか?」
冷静な司祭の問いかけに、フェルは笑顔で司祭の方を振り向いた。
「私の連れ合いは隣にいるアリスただ一人だけでございます」
司祭の目がアリスに向けられる。
「私の連れ合いは隣にいるフェルナンただ一人だけでございます」
満足そうに司祭が頷いた。
「愛の神の前に宣誓がなされた。互いに思いあう素晴らしき奇跡に神のご加護を」
「何言っているのよっ、フェルナン様の御心は私のものよっ!」
アデレートが怒鳴り、歩き出そうとしたその時、入り口から聖騎士がなだれ込んできた。
わめくアデレートを二人が両脇から抱え込み、四人がそれぞれ背中と足を持ち上げ、荷物を運ぶかのような勢いで出ていった。
一糸乱れぬその足運びにアリスはあっけにとられる。
「愛に試練はつきものです。しかし互いに思う心があり続ければ、それらは結びつきを更なるものとし、より深き愛へと成長するでしょう」
司祭のもっともらしいセリフにアリスは空虚な笑みを浮かべた。
手慣れた聖騎士達と動じない司祭。
つまりは、愛の神の結婚式では日常茶飯事の出来事なのだろう。
そこでふとアリスは思った。
もしフェルが頷いていたら、聖騎士団はどうするのだろうか。
二人が逃げ切るまでアリスが足止めされていたのだろうか。
フェルの言っていた、面倒がなくていいという意味が嫌というほどわかった。
「この世界の神様って奥深いのね……」
思わずこぼれたアリスの呟きに、司祭様はにっこりと微笑んで頷いた。
一陣の風が吹いたような。
そんな一瞬の出来事でアデレートの討ち入りは終わった。
「それでは宣誓書にサインを」
司祭の言葉に、控えていた役人が用紙を三枚取り出した。
夫婦になった事の証明書で、下に名前を書き込む場所がある。
「一枚は城への届け出。一枚は神に捧げる宣誓書。一枚はお二人で保存を」
二人が夫婦となることをここに証明するという一文は三枚とも同じだが、一番上にかかれているタイトルが違った。
婚姻届け、婚姻執行証明書、婚姻証明書。
現実的過ぎて逆に笑える。
フェルの下に自分のサインをし終えたアリスは改めて姿勢を正してフェルを見上げた。
「これでようやく君を独り占めにできる」
そう言ってフェルは素早くアリスの顎に手をかけると、ゆっくりと顔を寄せた。
目を閉じると、唇に触れる感触がする。
わあっと冷やかすような歓声が上がり、唇の熱が離れるとアリスは目を開けた。
「これからよろしく、私の奥さん」
そう言って幸せそうに微笑むフェルの顔に思わず見惚れて動くことができなかった。
彼のこの笑顔は一生忘れない。
アリスの心にフェルナンという一人の男がしっかりと刻まれた瞬間だった。




