結婚式には愛があふれる?~控室にて~
一般的に結婚は教会で行われ、誓いとキスはどの宗派でも必須だ。
参加者は招待した人達だけ。
もちろん教会の大きさや式を取り仕切る人物の位によってお布施の値段は変わる。
貴族ならば一番大きな教会で一番偉い人に取り仕切ってもらうのが当たり前。
「平民になるんだから、その辺の教会でもよかったんだけどなぁ」
教会の一室でそんな罰当たりな事を呟くのはアリスだ。
式に着るドレスができたとたん、侯爵家が金を出すから式を上げろと言い出したせいでこんなに早く結婚することになったのだ。
もたらされた情報によれば、三日後、モデラート侯爵は陛下との謁見の最中に捕縛されるそうだ。
情報元はクリス王子なので間違いないだろう。
式の出席者は侯爵家一同とドット家と一部の従業員という少人数。
来賓に聖女と王城の典礼部の部長。
なぜ典礼部かと思えば、貴族の関わる結婚だと彼らの出席は義務であり、結婚式でのいざこざがあれば即対処できるようにとのことだ。
いざこざとは何かと思えば、貴族の結婚とはきちんと〇家と×家の長男と次女が結婚しますという書類を事前に提出することが義務づけられている。
書類を受理され、陛下の許可印をもらうと結婚が許されるのだ。
結婚相手が変わっていたり、駆け落ちして結婚ができなかったりした場合、典礼部の職員が双方の間に入って経緯の聞き取り、場合によっては賠償問題なども解決しなければならない。
結婚問題に関しては典礼部の取り扱いで、内紛が起きないように、何があったかを現場で把握するために参加は必須だ。
「何言っているのよ。相手は貴族なんだから仕方ないでしょ。てゆーかあの典礼部とか言うの、何なのかしら。花嫁は忙しいのに、失礼よね」
なぜ式の当日に、結婚に至る経緯を質問されねばらならいのか。
母娘のしんみりとした時間を奪った罪は重いと言わんばかりにティナは怒っていた。
嫁に出すわけではないので、アリスからみればひとかけらもしんみりとした覚えはないのだが。
「しょうがないよ。侯爵家の跡取りが平民になって婿入りって、社交界じゃ激震が走ったらしいし」
「まぁねぇ。男爵家や子爵家ならあり得ない話じゃないから話題にもならないけど、侯爵家から平民へって珍しいものね」
「これが男女逆なら、金にものを言わされて思ってもいない男に嫁ぐ可哀そうな女って目で見られたはず」
ものすごく不思議そうな顔をされたのが第一印象で、彼らの中では悪女に誑かされた愚かで可哀そうな侯爵家の令息というサイドストーリーが出来上がっているのだろう。
(絶世の美女じゃなくて悪かったなっ)
国一番の美青年が選んだ結婚相手がそれなりに綺麗な女だったことに彼らがショックを受けていた。
なにしろ特別に綺麗な聖女がどさくさに紛れて同席していたから余計にだ。
「ちゃんと愛ゆえにこうなったって納得して出ていったんだからいいじゃないですか」
ホノカの慰めにアリスは鼻で笑う。
「聖女様の発言に涙を流して感動していたけどね」
聞き取りに、なぜかホノカが答え、それを疑いもしなかった役人の態度に何とも言えないやりどころのない怒りが湧いたが、スムーズに終わったので良しとしようと区切りをつける。
「平民の娘が見初められてって話はよくあるけど、珍しいパターンですもんね。聖女ブームに乗っかって、聖女の影を務めた平民女性と聖女を守る貴族の恋物語が劇になるかもしれませんよ~」
「あらぁ、素敵ね。そうなったら絶対に見に行きましょうね」
ティナとホノカの目がキラァンと光ったのをアリスは見逃さなかった。
アレはきっと、いや、絶対に、どこかに売り込むつもりだ。
ホノカも薄い本で鍛え上げた画力と文章力でノリノリに台本を書き上げそうだ。
「……とりあえず、晴れて良かったよ」
達観という名のスルー力でアリスは話を変えることにした。
「そういえばお父様は?」
「ハルが付き添って、ジョンとルークが見張っているわ」
付き添いと見張りは違うのだろうか。
顔に出たのか、ティナが笑った。
「鼻水と涙を拭く係りよ」
「ああ……なるほど」
世話を焼くのはハルで、ジョンとルークは何かあったら止める係りなのだ。
父親がイスに縛られての参加でもアリスは驚かないどころか、ほっと胸をなでおろす自信があった。
「それにしても、入り婿でよかったですね。嫁ぐことになっていたら、フェル、暗殺されていたんじゃないですか?」
「そうねぇ。困ったことになるのは間違いないわね」
「めでたい席に恐ろしい話はやめてくれないかしら」
「こじらせた父親の愛って怖いですよね」
「彼は昔から愛情が深すぎて頭がおかしいのよ」
笑顔でさらりと答えるティナに戦慄するアリスとホノカ。
「前々から思っていたんですが……共依存でなかったらストックホルム症候群ってヤツでは?」
ホノカが小声でアリスに尋ねると、すっと視線をそらされた。
「昔から、そこは考えないようにしているの」
「……ですよね」
ふと気が付いたようにホノカはティナを見る。
「そういえば、お二人もアリス姉さんと同じですよね。二代続けてって事は、三代目の結婚相手も元貴族になったりして」
「言われてみれば。母さんの時もこんな感じだったの?」
「私の時は伯爵家に反対されていたから、小さな教会で二人きりよ。あ、今思い出したけど、役所から見届け人が来てたわ。あれってさっきの人たちと同じところから来ていたのかも」
「話はなかったの?」
「邪魔されるのが嫌だったから、あの人が先に話をつけておいたのかも」
どんな風なオハナシアイなのかは聞きたくもないので二人は口をつぐんだ。
「空気みたいな人達だったから、すっかり忘れていたわ」
これは聞いてはいけない案件だ、と二人は確信した。
「そ、それにしても愛の神とは、フェルもロマンチックですね、あはははは」
無理やり話を変えるホノカにアリスも追従した。
「そうね。愛の神様は結婚式には最適だってフェルが褒めていたけど」
「最適?」
最高じゃなくて。
一瞬、嫌な予感が掠めていったがホノカは気が付かない事にした。
娘を溺愛する父親と花嫁を溺愛する花婿の双璧が揃っているのだ。
たとえ何が起ころうとも、無かったことにしてくれるだろう。
参加者であるホノカは式をただ楽しめばいい。
どう楽しめるのかは始まってみなければわからないが。
「そろそろ私は行くけど、ホノカちゃんはどうする?」
「ぎりぎりまで一緒にいます」
「そう。それじゃあまた後でね」
ティナはご機嫌な様子で部屋を出ていった。
「変だなぁ。どうして純粋に楽しもうって気にならないのかな」
思わずこぼれてしまった独り言にアリスが覚めた笑みを浮かべた。
「ホノカの言う通りなら、間違いなく邪魔が入るからじゃないの?」
「……アリス姉さん、とうとう認める気になったんですか?」
「私はモブだってば。たまたま、偶然、あの人が絡んでくるだけ。間違っているのはあっち」
アリスはため息をついた。
「モブというか、モブですらなかった私がホノカちゃんのストーリーに絡んじゃったから世界がバグを起こしたのよ。で、たまたま似たようなゲームのストーリーに重なったと」
「同じ会社から出ているゲームなら世界が重なっていてもおかしくはないですよね」
「まぁ、そうね。ありえない話じゃないけど、色々と微妙にゲームと違っているじゃない」
「卵が先か、鶏が先かってアリス姉さんが言ったんですよ」
「何が?」
「この世界を垣間見た人がゲームを作ったのか、ゲームを元にこの世界が生まれたのかって話です」
「だから多少の差異はあって当然って事?」
「そうです」
ホノカは眩しそうに目を細めてアリスを見つめた。
「私にとってアリス姉さんはモブじゃない。私にとって主人公はアリス姉さんなんです」
熱のこもった目を向けられてアリスは苦笑する。
この件については永久に平行線だとアリスは思っている。
前世の記憶は世間体という縛りの中でひたすら自分を押し殺し、後回しにし、周りを優先して生きてきた。
今生はその反動もあって、自分のしたいことを率先し、自分という個性を隠さず生きようと思った。
そうしてきたし、これからもそうするだろう。
「人生、誰もが自分が主人公だよ。だけど私はゲームの主人公じゃない。せいぜい、モブがいいとこだよ」
ホノカの主張した乙女ゲームでもアリスはお助け役でもモブでもなんでもなく、登場していたかも怪しい。
ただ攻略対象だったフェルと恋に堕ちた結果、もう一つの乙女ゲームの主人公になった。
アリスが乙女ゲームの主人公だというのなら、それはつまり、世界の強制力によるつじつま合わせというやつではないだろうか。
アリスはそう考えていた。
そもそもホノカを助けなければ、関わらなければ。
貴族も魔法使いも甘味カフェに訪れることはなかっただろう。
従業員に魔王と勇者がいたカフェの、名前も出てこない店長。
ゲームの立ち位置を考えればそこが妥当だ。
アリスが前世の記憶を持っていたために名もなき店長からサブキャラ扱いに、その流れで別のゲームの主人公の条件を満たしてしまった結果、世界の強制力によってアリスは乙女ゲームの主人公枠に収まってしまったのではないだろうか。
「なんにせよ、ホノカのいうゲームは結婚でお終いなんでしょ」
「はい……」
「……それで、結婚式に相手が乗り込んでくるための条件は?」
「花婿の好感度が低いとライバル令嬢か好感度が一番高い男性が結婚式の最中に乗り込んできます」
しおらしく答えるホノカだが、これから起きるかもしれない騒動を期待している様子は隠せていない。
花婿の好感度は高いしアリスへの好感度も一番高いのはフェルなので、ゲームイベントの条件は満たしていない。
だが、バグが発生しているのならそのイベントもあるかもしれない。
「……どっちにしろロクでもないゲームね」
「ゲームだとドキドキワクワクな場面ですけどね」
「ゲームだったらね……」
アリスは深いため息をつき、ホノカはそんなアリスを見てくすりと小さく笑った。
物語は終わりに差し掛かってまいりました。
いつもより文字数が増えますが、もう少しだけ、この世界を楽しんでいただけたらいいなと思います。




