帰ってきた聖女
ホノカは馬車に乗り込むとアリスの隣に座り、フェルは仕方なく向かい側に座る。
馬車が走り出してしばらくしてからアリスはふと思い出してホノカを見た。
「王子の事、すっかり忘れていたわ」
「ああ、それなら護衛の者に伝言を伝えておいたから大丈夫」
「さすがフェル。手回しがいいわね」
フェルはホノカの方をちらっと見てふっと笑みを浮かべた。
「なんかムカつく……」
「ん?酔った?」
「そっちじゃないし。それにしてもアリス姉さん、綺麗に……というか、やつれた?」
「やだっ、最悪」
思わず手を頬にあてて呟く。
「やせたならともかく、やつれたって最悪よね」
チッ、と舌打ちするアリス。
「ええっと、アレのせいで?」
「ストレスが溜まりまくっているわ」
「なんていうか、見た目も行動も迫力でしたね。手紙から想像した以上で久しぶりに頭が真っ白になりました」
ホノカはふうっ、と大きく息を吐いた。
「リアルであの名セリフを聞くとは思いませんでした」
「私もよ。すごい破壊力よね……」
主に羞恥で。
「リアルであれはないわ~」
「それでアリス姉さん、思い出したことがありまして」
「じゃあ、今夜は二人だけの女子会をやろっか」
アリスの言葉にホノカはにんまりと笑みを浮かべ、フェルの方を見ると鼻で笑った。
フェルはすました顔で受けて立つ。
「私は帰るけれど、久しぶりにゆっくりと話すといいよ」
上から目線のフェルの返事にホノカはぐぬぬと握りこぶしを作って睨み返した。
そんな二人を相変わらず仲がいいと生ぬるい眼差しでアリスは見守るのであった。
パジャマに着替えていつでもねおちできる準備ができると、アリスはベッドに、ホノカはソファーに寝転んだ。
「あ~、帰ってきたって感じ」
「聖女のお仕事はどうなっているの?」
「諸外国のお偉いさんに挨拶はすませたから、そろそろ自由になれるかなと。一応、私の好きにさせてくれるみたいだし」
「聖女の使い道なんて権力の広告塔くらいしか思いつかないしね。後は大災害の救護要員?」
「ですよね~。聖女って言っても、この世界の聖女って封印に特化してるだけだし。あちこちいってわかったんですけど、使えるそれぞれの魔法は世界で十番以内には入るけど一番ではないんですよ。で、総合なら三番以内って感じですかね」
『聖女=驚異的な存在』というわけではないので、何が何でも取り入れるべき存在というわけではない。
聖女よりも強い魔法使いが存在するというだけでホノカの価値はだいぶ下がる。
「チートで無双かと思いきや、対魔王だけ強者って。まぁ、おかげで偉い人たちの反応が微妙で」
「微妙って?」
「感謝してるけど、本当にそれだけ。てゆーか、本当にこいつが世界を救ったのか的な眼差しが多かったかな」
「そう。取り込むに値しないって評価されてよかったじゃない」
「よかったけど、よくない……けどよかった」
どっちだよと突っ込みたいが、複雑な心境なのだろう。
「なぁに、戦争の火種になりたかった?」
「まさか。ただちょっとばかり敬う心ってヤツが欲しかったかなって。嫁に来ないかって誘われても跡継ぎはいなかったし」
聖女を我が国の王妃に!というムーブメントはどこにもなかった。
でも聖女が我が国に来た!というフレーズは欲しいらしく、権力の中枢ではなくそこに近い位置にいる見目麗しい殿方との結婚話は山のようにあった。
あきらかに広告塔扱いである。
「いいじゃない。人生を自分で決められる余地があるって最高じゃない」
「とりあえず、今はアリス姉さんのところで働くことが目標です!」
「勤労意欲があるのはいい事だわ」
ホノカが望めば一生働くことなく贅沢なくらしができる。
アイドルのように笑顔を浮かべてちやほやされる生活。
しかしホノカはそれを望まなかった。
年齢を考えれば、楽しくて楽な生活に流されてもしょうがないのだが。
「……ホノカちゃん、年齢を偽っていない?」
「なんか今、失礼な事を考えたでしょう!この容姿のせいでお忘れかもしれませんが、私はオタクなコスプレーヤーなんです。真似るのが好きであって、そのものになりたいわけじゃないんです」
聖女のコスプレはしても聖女の仕事はしたくない。
騎士のコスプレはしても騎士の仕事はしたくない。
妄想の世界で聖女や騎士の仕事はするが、現実の仕事にはしたくない。
「アリス姉さんが思うよりずっと庶民なんですよ、私」
美少女になって喜びはしたが浮かれることはない。
「この容姿だって、聖女として動きやすいように神様が改造しただけだし」
以前の容姿だったら男の人がここまで親切にしてくれることはなかった。
悲しいかな、ちやほやされることに慣れていないので、初対面から熱のこもったまなざしで見られても怖いとか不気味だとしか思えない。
「そういうところ、クールだよね」
「中身は変わっていないのに見た目が変わっただけ世界が変わるって怖いですよ。人間不信になります。物語の人たちみたいにはなれそうもないなぁ」
「別にならなくていいんじゃないの?これはホノカちゃんの物語なんだし」
「私の物語かぁ……あ……」
ホノカは思い出しましたと言わんばかりの顔でアリスを見た。
「物語と言えばアリス姉さん、乙女ゲームですっ!」
「それは聞いた。聖女が主人公の……」
「そっちじゃなくて、アリス姉さんが主人公のゲームです!」
「は?」
「馬車の中で言おうと思っていたんですけど、似たようなゲームがあって」
聞きたくはないが、知っておかなくてはいけない。
聖女が主人公のゲームだけではなく、他のゲーム要素も関わっていたとなると話は複雑になってくる。
魔王復活以外の危機が迫っているかもしれない。
アリスは荒ぶる心を抑えるように深呼吸をする。
「どんなゲームなの?」
アリスの心境などまるっきりわかっていないホノカはあっけらかんと口にする。
「カフェの女性従業員が主人公の恋愛ゲーム。その名も愛のパティシエール。煽り文句は甘い甘い恋に落ちよう」
「……くそゲーの予感がひしひしとするんだけど」
アリスは深い深いため息をついた。




