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モブでいいよ  作者: ふにねこ
日常編
192/202

最恐の乙女

 中庭に出ても、後ろから迫りくる気配は諦めることはなかった。

 月が綺麗な晩で、ところどころに咲き乱れる花が月光を弾いて幻想的な風景を作り上げている。

 豪華な噴水の前など愛を囁くには絶好の場所だ。

 恋愛音痴のアリスだってこんな場所でフェルといちゃつきたいと思うくらいに雰囲気のある中庭だった。


「うわぁ、素敵な庭ですねぇ」


 思わずホノカも声を上げて感心する。


「さすが侯爵家といったところでしょうか」

「自慢の庭だからね」

「じっくりと堪能したいところだけど……振り向くのが怖い」


 背後から近づく力強い足音にアリスは深いため息をついた。

 噴水の前まで来るとアリス達は立ち止まった。

 怖いもの見たさでホノカが振り返る。


「うわぁおぅ」


 よりにもよって光沢のある緑のドレスを着たアデレートはどこから見てもカエルの女王様だった。

 ホノカはあまりの迫力に口をぱっかーんと開けてこちらに迫りくるアデレートを見ている。


「まぁ、想定はしていたけどね……」


 アデレートの積極的な行動によってデートを台無しにされたことは記憶に新しい。

 正々堂々と嫌がらせをしてくるその性根は天晴れだとは思うが、それだけだ。

 アリスはちらりとフェルを見上げる。

 常にポーカーフェイスで心情を読ませないフェルが、くっきりと眉間にしわを寄せて心底嫌そうな顔をしていた。


「まったく……いい加減にしてもらいたいものだな」


 珍しく攻撃的な雰囲気に、アリスは秘かに胸をときめかせた。

 ホノカはこれから繰り広げられるであろう男女のドラマ的な展開に胸を躍らせている。


「おぉぉ~、さぁこれは、フェルが男をみせる時かぁ~」


 プロレス実況のような口調で一人、場を盛り上げていた。


 アデレートはこちらへ近づこうとしたが、フェルがアリスの腰に手を回して腕の中に閉じ込めて冷たい眼差しで見られたことで足を止めた。

 その距離、およそ5メートル。

 余計な事に巻き込まれたくないホノカはそそくさと三人から距離をとった。


「あれ、これって私が審判な立ち位置?」


 噴水を背に右手にアリスとフェル、左手にアデレート、そして距離をとった真正面には観客が固唾をのんでこちらを見ている。

 ファイッ、と叫んで試合を開始させたい衝動に駆られるが、空気を呼んで我慢した。


「フシュ~、フシュ~」


 追いかけて呼吸が乱れたのか、呼吸を整える音が静まり返った中庭に響いた。


「……何か御用ですか?私は今、婚約者と愛の語らいで忙しいのですが」

「まだそんな女とっ!いいえ、私は寛大な女!一時の浮気には目をつぶりましょう!その代わり、これからはよそ見をせずにずっと私だけを見つめて生きるのです!」


 大きな声で叫んだあと、アデレートはゼイゼイと肩で息をする。

 鼻の穴がそのたびに大きく伸び縮みするのを見たホノカはその迫力につい見入ってしまった。


「私が愛するのはアリスだけだ」

「誑かされているのです。国一番の美しき殿方の隣には美の化身であるこの私が相応しいのですっ!」


 アデレートの声は、その体格ゆえなのかよく通る。

 オペラ歌手としてなら大成していたかもしれない。

 そして彼女の言い分に、誰もが戸惑いを覚えずにはいられなかった。


 野次馬の視線は発言者のアデレートからアリスへ、そしてホノカで止まる。

 美の化身と呼ぶにふさわしい美少女の存在に誰も何も言えなくなった。

 ホノカを前に己を美の化身と叫ぶ度胸は、さすがに誰も持ち合わせていない。


 アデレートの図太すぎる精神はどこからきているのだろうか。


「……美の基準は人それぞれだけど」


 フェルを見てホノカを見てアデレートをみたアリスはぼそりを呟いた。


「ナルシストってすごいのね」


 生活習慣を改めれば肌のぶつぶつは綺麗になるだろう。

 太っているせいで顔が肥大化しているが、目鼻立ちは悪くないので痩せればちょっとたれ目の可愛い系になるかもしれない。

 歯並びも綺麗だし、パーツだけ見れば確かに可愛らしい。

 おそらくアデレートは自分に不都合な事に無関心なのだろう。

 だからああも自信に満ち溢れているのだ。

 フェルの拒絶の言葉も届いていないから、何度もアタックできるのだろう。


「私が愛するのはアリスだけだ」

「わかっています、一番目は私で二番目が彼女というわけですね。私があまりにも高嶺の花なので二番目で妥協しようとしているのでしょう?でも安心なさって。私もあなたを愛しております。私を諦めなくてよいのですよ」


 見事な上から目線に全員が戸惑った。

 何をどうすればここまでうぬぼれることができるのだろうか。

 笑いを通り越してホラーの域に差し掛かっている。


「ないわ~、これはないわ~」


 ホノカの呟きにアリスは厳かに頷いた。

 これは関わってはいけない類の人種だ。

 同じ人類なのに言葉が通じない輩だ。


「はっきり言おう。私は君が嫌いだ。顔を見たくない、地獄に落ちろ」


 きっぱりはっきりとフェルが拒絶の意志を込めて言葉にし、あまりの冷たさに聴衆もざわざわした。

 しかしアデレートは見事な引き笑いを披露した。


「イーッヒッヒッ!」


 アリスは魚の名前の関西出身お笑い芸人をふと思い出した。

 どうでもいい前世の記憶に顔をしかめた。


「お可哀そうに。私を愛するあまりこじらせてしまったのねっ!」


 何を?


 全員の思いが一致した瞬間だった。


「ああ、何という罪深さ。愛おしくて気が狂うほどに私を思うあまり、そんな自分が嫌になったのですね。顔を見ると我を忘れて愛を請い願ってしまうから私の顔が見れないのですね」


 突っ込みどころは多かった。

 多すぎて誰もがどうしていいのかわからない。

 フェルの言葉が刃ならば、アデレートの盾はポジティブで作られているのだろう。

 地獄発言はどこに行ったのかとホノカは首をかしげる。


「私の唯一はアリスだけだ。アリス以外の女などいらない」


 愛する人が大勢の見守る中で自分をいかに愛しているかを、声を大にしているというのに、羞恥もトキメキの欠片も熱いものも込み上げてくることはなかった。

 アリスは思った。


(もう、帰りたい……)


 切実に、この夜会の事はなかったことにして、布団にくるまっていい夢がみたくなった。




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