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モブでいいよ  作者: ふにねこ
日常編
191/202

夜会の目的

 屋敷のメイドに夫人の事を頼んだフェルはアリスをエスコートして会場に戻ってきた。


「おや、すでに王子達はお出ましのようだ」


 女性の塊と男性の塊が見えた。


 おそらく女子の中心に王子が、男性の中心には聖女がいるのだろう。


「それじゃあ、わかりやすくスイーツコーナーで待っていましょう」


 助けに行く、という選択肢は最初からない。

 馬に蹴られて死にたくないからだ。


 男性陣は婚約者が作れなければどうなるかと戦々恐々としている。

 片思いの相手がフリーのまま終わればどうなるかと案じる女性もいる。

 高嶺の花だけど万が一って事もあるからと果敢に聖女にアタックする男性もいる。

 王族になれるかもしれないこのチャンスに賭ける女性もいる。


「……クリス王子の凱旋パーティーだよね?」

「そう聞いているよ」


 どこからどう見ても婚活パーティー。

 一番怖いと思ったのは、結婚相手を探そうと必死になっている者達を見定めている大人達だ。

 一発逆転を狙うギャンブラー、相応な相手に誘いをかける堅実派、己の婚約者以外に目移りすることなくエスコートをする誠実派、と実にわかりやすい。


「あの人に見初められたら、侯爵の事だから問答無用で話を結ぶだろうから、みんな必死だね」


 他人事なのでフェルは呑気だ。


「でも、フェルが候補の筆頭でしょ?」

「どうだろうね」


 興味がないとフェルは話を打ち切った。


「私が気にするのは君のご機嫌だけだ。随分と機嫌がよさそうだけれど?」

「それはもう、ふふふ」


 アリスはとれも嬉しそうにほほ笑んだ。


「大口の契約が取れたんですもの、ご機嫌にもなるわ。ふふ、来てよかった」


 いけにえに差し出した夫人から、息子の誕生パーティーに甘味スイーツの提供を持ちかけられたのだ。

 半分は自分が避けたせいなので、少しは値引きしてあげようとアリスが考えていると、フェルは小さくため息をついた。


「彼女たちは……というか、どうしてドレスに飲み物をかけるのか理解できない」

「金銭的にも精神的にも相手にダメージを与えられるから、やる価値はあるわよ。ただし、周囲の評価はだだ落ちだけど、やる人ってだいたい感情的に行動するから周囲の視線に気が付いていないのよね」


 アリスはわざとらしくふぅっ、とため息をついて見せる。


「演劇感覚で楽しむ人も多いし」


 他人の不幸は蜜の味というが、身分制度もあって見て見ぬふりが正しい選択なのだ。

 可哀そうと思っても手を差し伸べることはない。

 それができるのは、権力を持つ者だけ。


「それに、社交界は女の戦場。騎士だってよく食堂で殴り合いのけんかをしているじゃない。それと似たようなものよ」


 どちらも体験しているアリスはくすりと笑った。


「情熱を持て余して感情に振り回されている、若さゆえの未熟さといったところかしら?」

「……君は時々、高齢者のような視点で物を語るね」

「ああ、そういえば言ってなかった。私、前世の記憶があるのよ。それもホノカちゃんと似たような世界らしくて」


 口をぽかんと開けてフェルは固まってしまった。

 美形のとんだ間抜け面にアリスは笑いをこらえ、周囲の人間は美貌の青年の見たこともない表情に二度見している。


「信じられる?」


 フェルは片手で顔をおおって頷いた。


「納得できることがいくつか。どうりで聖女様が懐くわけだ」


 アリスは不思議そうにフェルを見上げた。


「本当に、君が男でなくてよかったよ」


 しみじみと呟き、フェルはアリスの手を取った。


「君の記憶の事は、結婚の話をした時に父君から聞いている。そのせいで幼少の頃は荒れていたと」


 アリスの頬が染まった。

 黒歴史の前ではさすがのアリスも冷静ではいられない。


「よ、余計な事を……」

「二人で私の知らない話題でたまに盛り上がっていたのも、そういうわけだったのか。というか、隠すつもりはあったのかい?」

「特には。頭のおかしい女だって思われようが、それが私だもの」


 とうの昔に開き直っている。

 自分が前世の記憶を受け入れたように、それを受け入れた自分ごと受け入れてくれる相手でなければお呼びでない。


「嫌になった?」

「いいや。私が好きになったのは、自分を繕わない、偽らない君の強さだ」


 手を持ち上げ、アリスの甲に唇を寄せる。

 周りから微かに黄色い悲鳴が上がったが、フェルもアリスも気にしていない。


「君が誰であろうとも、君が君である限り、私は私のすべてを捧げて愛を請うだけ」


 笑みがこぼれると同時に色気もこぼれ、更に黄色い悲鳴が上がる。


「アリス、愛しい人」

「こんな奴に口説かれている暇があるなら、助けに来てくれてもいいんじゃないですかねぇ?アリス姉さん」


 人目もはばからずにいちゃつき始めた二人にホノカが嫌味をぶつける。


「あら、ホノカちゃん。遅かったわね」

「ひどい……。彼氏ができると友情はどっかいっちゃうって話、本当なんだ……」


 芝居がかったように左手を口元に持って行きながら項垂れるホノカ。


「友情はどこにもいかないから彼氏を優先させるんでしょ。彼氏は変わってもともだちはかわらないものよ」

「そーですよねっ!」


 ぱっとホノカが顔を上げ、ドヤ顔でフェルを見やる。

 フェルの口元が微かにひきつったがすぐに上から目線で、鼻で笑った。


「私はアリスの夫になるがね」


 ホノカとフェルの間に火花が散った。


「それよりホノカちゃん。王子は?」

「まだ捕まっているみたいだけど」


 ホノカが目でどうする?と問いかける。


「それなら放っておきましょ。今日の目的は、ホノカちゃんとおしゃべりすることだし」

「私もアリス姉さんとおしゃべりするの、ずっと楽しみにしてましたぁ」


 えへへ、と笑いながらフェルの手からアリスの手を奪い返し、しがみつく。

 フェルがむっとしたその時、会場の空気が緊張感に包まれた。

 ざわめきがさざ波のようにおきている。


「何かあったのかな?」


 異様な緊張感に気が付いてホノカが首をかしげた。


「ああ……多分、カエルの女王様のご登場ね」


 独身男性たちの顔が心持ち青ざめている様子から、アデレードが主催者である侯爵と登場したのだろう。


「カエルの女王様って、手紙に書いてあった?」


 ちらっとフェルを見てからホノカはアリスに視線を戻す。


「フェルのストーカー。見つかると面倒だから、外で話しましょ」

「それがい……」

「そこにおられるのは我が君ではありませんかっ!」


 フェルも同意して頷こうとしたが、かぶせるように女性の甲高い声が響いた。


「行こうか」


 さりげなくホノカの手からアリスの手をとりかえすと、中庭に向かってそそくさと歩き出す。

 名前を呼ばれなかったことをこれ幸いに、聞こえなかったフリをしながら中庭へと向かった。


「ねぇフェル…………何かが追いかけてくるよ」

「絶対に振り返るな」


 重い足音が着実にこちらへと向かってくる。

 アリスとフェルに置いて行かれてはたまらないのでホノカは振り返ることはしなかった。



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