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モブでいいよ  作者: ふにねこ
日常編
188/202

反撃ののろしは上がらなかった

 フェルと観劇に行った帰り、侯爵家の馬車に乗る寸前にアリスは御者から手紙を一通受け取った。

 浮浪者らしき子供から預かったという。

 御者も、フェルではなくアリス宛だということで受け取ったのだろう。


「誰から?」

「オルだと思う」


 アリスは手で封筒の端をちぎりとると、一枚の紙を取り出した。

 馬車がゆっくりと動き出す中、アリスはそれを見て笑みをこぼした。


「提案に乗るって」

「君が提案した、義賊?……そう」


 フェルは困ったように笑った。


「どうして彼に恩情を与えるのかわからない。返答次第では嫉妬のあまり何をするかわからないよ?」


 軽い口調だが目は本気だ。


「ホノカちゃんの願いでもあるし、彼の生い立ちを聞いちゃったらさもありなんって感じだったし」

「生い立ち?」

「簡単に言えば、彼は教会の闇の被害者でもあるのよ。小さなころから教会に預けられていたでしょ。聖職者とはいえ、しょせんはただの人間、中には屑もいたってこと。世界が滅んでもいいなんて考えるくらいには……救いがない世界なら、滅んでも心は痛まないでしょ」


 オルベルトの子供時代はきっと見目麗しい少年だったに違いない。

 フェルは眉間にしわを寄せた。


「ああ……なるほど。侯爵の息子である私でさえ手を出してきた馬鹿はいた。見習い修道者では身を守る術はあるまい」


 冷ややかな声に含まれる静かな怒り。

 誰よりもよく知る、美しさ故の弊害。


 顔がいい子供というのは狙われやすい事をアリスは知っている。

 美少女顔を生かしてオヤジ狩りをしていた少年たちを思い出しながらアリスは手紙をしまった。

 彼らは自由だからできたが、自由のない子供だったらと思うとアリスは胸が痛む。

 聖職者ではなく聖騎士になったオルは何を考えてその道に進んだのだろうか。


「私ができる事は選択肢を増やしてあげるだけ。どれを選ぶかはオルが自分で決める事」


 オルベルトは国の息がかかった義賊という立場を選んだ。

 これでオルベルトの手配書は消え、彼の罪は隠ぺいされ、彼の名は失せる。

 新しい名前で彼は国の手先として王都で生きることを許されるのだ。


 ここから先、彼の活躍を聞くことはあっても関わることはなくなるだろう。

 ほんの少しだけ寂しいと思ったのはフェルには内緒だが、苦笑してそっとアリスの肩に手を回して引き寄せるあたり何を考えているのかバレている気がする。


「他の男の事を考えるのは、私の腕の中だけにしてほしいな」

「……普通は逆じゃないの?」


 腕の中にいる間は、自分の事だけを考えて。

 フェルはにっこりと微笑んだ。


「他の奴の事を考えていたとしても、君がいる場所は私の腕の中だ。私の腕の外にいる間は私の事だけを考えてくれればそれでいい」


 心をとらえている間は体は自由に。

 体をとらえている間は心を自由に。

 ホノカがこの発言を聞けば、いずれはヤンデレ監禁コースだと騒いだかもしれない。


「独占欲が強いのか、寛容なのかわからないセリフね」

「いくら他の男の事を考えていても、君に触れることができるのは私だけだからね」

「……それじゃあ、フェルは今、何を考えているの?」


 腕の中にいるアリスにフェルは眩しいばかりの笑顔を浮かべた。


「私の邪魔をする女にどうやって引導を渡してやろうか考えているところだ」

「方針が決まったら教えてちょうだい」


 返事の代わりに、こめかみにキスを一つ。

 馬車がドット家につくまでの間、甘い空気の中で二人はずっと寄り添っていた。






 オルベルトが義賊になった。

 それはジョンとルークも知っている。

 そして彼が義賊として華々しく活躍の場を選んだのは、アリスの店に嫌がらせをしている貴族の家々だった。

 家の者に残す言葉はいつも同じ。


「雇われている者にきちんと金を払っていないのだろう?

 その証拠に彼らは店で言いがかりをつけて無銭飲食を繰り返している。商人や騎士達の間では有名な話だ。

 ならば私がその分を頂いても問題はないだろう?」


 問題はありまくりだ。


 おかげでドット商会の関与も疑われたが、悪質な無銭飲食の件は前々から商会の会議でも議題にしたし、治安部隊の騎士達にも話は通してあったため、謎の義賊がその話を聞いて勝手に動いたのだろうという結論に至った時は心底ほっとしたものだ。


 義賊からその話を聞かされた当主達は大慌てだ。

 飛ぶ鳥を落とす勢いのドット商会に自分が雇っている使用人がいやがらせしていたと知り、それが娘の指示であり、嫌がらせ自体が商人や騎士に知れ渡っているという事実に頭を抱え、更に社交界で噂になってしまい、もみ消せない状況に追い込まれて倒れる者も出た。


 どうやって倍返しにしつつ利益を上げるかをじっくり考えていたアリスは呆然とするしかなかった。

 アリスが手を下すまでもなく、彼らは社会的に抹殺されてしまった。


「くっ……これ以上、こちらが動くことはできなくなったわ。あれもこれもって色々と反撃の計画を立てていたのに、全部台無しに……」


 書類をくしゃりと握りつぶしながらアリスはぶつぶつと怨嗟の言葉を吐き散らしている。


「よっぽど仕返し、したかったんだな」


 逆恨み的に義賊に文句を言うアリスをしり目にルークが呟いた。


「ものすごく嬉しそうに計画を練っていたからな……」


 まさにこれから、というところだった。

 出ばなをくじかれた。

 嫌がらせをしてきたご令嬢達にざまぁをして高笑いをするはずだった。


「アイツも報われねぇなぁ……」


 最初の仕事になぜこの件を選んだのか。

 アリスがそれに気が付くことはないだろう。

 国を出ていくことだってできたのに。

 この国に、王都にいる理由。

 義賊になった理由。

 その執着が、どこからきているのか。


「……アリスの男運って、どうなってんのかね」


 娘を溺愛する父親。

 全てを捨ててその身を捧げた男。

 見守ることを選んだ男。

 ジョンとルークは思う。

 自分たちは平凡な家庭を築くのだと。



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