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モブでいいよ  作者: ふにねこ
日常編
182/202

面倒な人 4

 アリスによる職業斡旋?にオルベルトが興味を示した。

 何それ面白そう的なノリだが、テロリストよりは穏やかだろう。

 オルベルトは生死を問わない手配犯だが、罪状は明らかにされていない。

 世界を裏切った男が聖騎士とは外聞が悪いので教会から横やりが入ったせいだと聞いている。


「アリスは俺にそうして欲しいの?」

「私を理由にしないで頂戴」

「いいよ、面白そうだ」


 あっさりと決めてしまうオルベルトにアリスは不安そうな目を向けた。

 アリスの視線の意味を正確にとらえたのか、オルベルトは小さく笑う。


「心配しないで。自棄になっているわけじゃない。少しは自分の力を使って働こうかと思って。俺の手の届く範囲を考えたら、それくらいしかできそうもないし」

「……今までどこにいたの?」

「今、それを聞くんだ。アリスは本当に面白いね。どことは言えないけれど、特別に君だけに教えてあげる。教会関係者。現在進行形でやらかしていることを口にしたら、喜んで俺を迎え入れてくれたよ」


 笑いながらいう事ではないが、彼はいつものさわやかな笑顔でそう答えた。


「本気でやるなら、バックアップしてくれる人を紹介できるわ」

「まさかグレイ小隊長とか言わないよね?王家の暗部に与するなんて笑い話にもならない」

「……」

「うわ、本気だったんだ」

「……人間、一人でできることには限界があるんだよ。少なくとも、溺死体のオルベルトは見たくない」


 アリスの言葉にオルベルトは嬉しそうにほほ笑んだ。


「そっか、ありがとう。嬉しいよ。ああ……本当に、自業自得とはいえ、馬鹿な事をしたって少しだけ後悔している」

「少しだけなんだ……」


 遠い目をするアリス。


「本気でやってみるつもりなら……そうね、根回しとか準備があるから一か月後。私に手紙を頂戴。紹介する人の名前と場所を書いて送り返すわ」

「ああ、迎えが来たようだ」


 アリスに返事をすることもなく、オルベルトは唐突に告げた。


「迎え?」

「言っただろ。君と話すためだけにここへ来たと」


 話しが終われば用はない。

 言外にそう言われたような気がしてアリスは彼の不可解な行動にため息をつくのだった。


「他人の考えにあれこれ言うつもりはないけれど、理解と共感ができないわ」

「それでいいと思うけど。特に俺みたいな人間と共感出来たらまずいでしょ。君はそのままでいて」


 手に入らないからこそ憧れてやまない。


「俺の手に落ちてこないで」


 世間から逃げるなんて彼女にはふさわしくない。


「ただ、好きでいさせてくれればいい」


 アリスの気持ちなんて関係ない、ただの独りよがりのままで。


「きっと、それくらいの距離が俺達にはちょうどいい」


 忘れられない、忘れることができない、記憶の片隅に常に居続ける事ができる距離。

 思い出の中だけはごめんだ。

 常に存在を意識させる距離。

 彼女の心の隅に、消えることなく痣のように己の存在を焼き付ける。

 仲間でも家族でもなく、友達でも恋人でもない自分だけのカテゴリーを。

 オルベルトは爽やかな笑みを浮かべた。


 偏執、妄執、依存、執着心には変わりない。

 彼女の隣にいられないのなら、せめて唯一絶対の存在として彼女の心に刻みつけたい。


「じゃあね、アリス」


 それだけ言うと、オルベルトはアリスを顧みることもなく出ていった。

 一人残されたアリスは憮然とした面持ちでドアを見る。


「この状態で放置って……ありえないでしょう……」


 オルベルトの思惑通り、確かに特殊な存在感をアリスの中に残した。






「アリスっ!」


 ドアを蹴り、中に飛び込んできたのはジョンだった。

 真っ先に目に入った椅子に座る芋虫の姿に思わず吹き出す。


「ぶっ……くっ……な、んだよ、それ」

「笑いたきゃ笑えば?我慢は体に良くないわよ」


 アリスが仏頂面でそう答えると、ジョンは遠慮なく腹を抱えて笑い出した。


「どうしてここがわかったの?」

「ああ、腹がいてぇ……。侯爵家の前に手紙を持った男が立っていて、ドット家の人間がきたら渡すように言われたらしくてな。手紙にお前の居場所が描いてあった」

「誰から?」

「さぁ」


 ジョンはくつくつと笑いながらアリスを立たせると、グルグル巻きになっていたローブをはがしとり、手足を縛っていたロープを切った。


「一人?」


 ようやく自由になった手足を動かしながらアリスが聞くと、ジョンは首を振った。


「途中で聖騎士の兄ちゃんとあって、お話中。俺だけ先に来た」


 鉢合わせになったのか、わざとなのか偶然か。

 彼の行動を推察しようとして頭を振ってそれを追い出す。

 考えるだけ無駄だ。


「お前をさらったのはアイツなのか?」

「責めないでよ。悪癖なのはわかっているからさ」


 身内にとことん甘いアリスのことだから、オルベルトにも甘さを見せて油断したのだろうとジョンは言いたいのだ。


「ちなみに私をさらったのはフェルに懸想している……お嬢様?かな」

「なんで疑問形」

「ああ、うん、実物を見ればあんたもこうなるわよ」


 ふぅ、と息を吐いて頭を切り替える。


「オルベルトの事は放っておいていいわ。話はついたから」

「どんな話か聞くのが怖いな」

「それはまた後でね。この近くで火事はなかった?」

「あった。貴族の別荘みたいだが」

「私をさらったのはそっち。どちらの御宅か調べておいて」


 オルベルトが助けてくれたのはいいが、おかげでさらった相手を永遠に捕まえることができなくなった。

 意趣返しの一つでもと思うが、アレを思い出すとやる気が萎える。


「何者?」

「貴族。さっきも言ったけど、フェルに懸想しているご令嬢?」

「だからなんで疑問形?」

「色々とね、微妙な感じなの」

「意味が分からん」

「ほんと、実物を見ればわかるわよ」


 アリス達が小屋を出ると、ちょうどフェル達がこちらに来るのが見えた。

 オルベルトの姿は見当たらない。


「アリス!」


 駆け寄ってきたフェルが勢いに任せてアリスを抱きしめた。

 思わず踏ん張るアリスを見てジョンとルークは相撲をとっているみたいだと思った。


「心配かけてごめんなさい」

「君のせいじゃない。……オルベルトが、君を助けたと」

「まぁ、間違ってはいないけど」


 助けてくれたのは間違いないが、誘拐仕組んだのははたしてあのご令嬢なのかという点には疑問が残る。

 思い込みが激しくて恋に盲目になっている彼女を焚き付け、爽やかな笑顔で誘導する。

 やっていそうで言葉に詰まる。

 アリスはルークに目をやった。

 視線に気が付いたルークは肩をすくめてみせる。

 オルベルトは言いたいことだけ言ってさっさといなくなったのだろう。

 ルークがあとを追っていないのは、何か魔法を使ったのだと推測する。


「探すか?」


 アリスは首を振った。


「彼の事はもう放っておいていいわ」


 ルークは不満そうだ。


「……ほだされたのか?」


 ルークのセリフにフェルが不安そうな顔をする。

 彼らにとってオルベルトは世界を裏切った男なのだ。


「直接何かされたわけじゃないせいか、あんまり恨んじゃいないわ。むしろモールの方がムカつく」


 世界を裏切ったオルベルトだが、彼が実際にしたことと言えば魔王崇拝関係者に情報を提供した事と、最終局面で敵を手引きした事。

 黒幕はモールだし、画策したのもモールだ。

 重大な裏切りだが、やっていた事は案外しょぼいなとアリスは思う。

 だがしょぼい事しかしていないのに結果が甚大なものへつながっていると考えると相当なやり手だとしか言いようがない。


「……ホノカちゃんは彼の事、どう思っているのかしらね」


 そういえば、オルベルトの事はちゃんと話していない事に気が付く。

 封印の成功に浮かれて、周りに流されて、目まぐるしいままに怒涛の勢いで組まれたスケジュールをこなして、気が付けばホノカはクリス王子と外交に諸国漫遊するらしく勉強に忙しい。

 アリスの方も滞っていた仕事を精力的にこなして商売人全力投球していたおかげで忙しかった。


「久しぶりに会いたいわ」

「では伝えておきましょう」

「ありがとう、フェル」




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