まだ二日目なのに 6
「ドットさん、ちょっといいでしょうか?」
オルベルトがアリスの部屋を訪ねてきた。
「どうぞ」
「あ~、部屋の中はさすがにちょっと……」
「下心があるんですか?」
「……そ、そういうわけではないのですが、やはり嫁入り前の男女がみみみ密室に二人きりというのはどどどどうかとっ」
どもりながらも一気に言い切るオルベルトの顔はうっすらと赤い。
教会に所属し、中には神官の資格も持っている聖騎士団だが結婚は普通に許されているはずだ。
なんでこんなに初心なのだろうかと思ってからハタと気がづく。
顔よし、腕っぷしあり、稼ぎよし。
お買い得物件である。
さぞかしモテるだろう。
穏やかな雰囲気は肉食女子にしてみれば付け入るスキが多いので、ひょっとしたら逆に襲われたかもしれない。
なんだかちょっと可哀そうな気がしてからかうのはやめにした。
「客室に移動しましょうか」
途中ですれ違ったメイドに紅茶を運ぶように言いつけると、アリスは机をはさんでオルベルトの前に腰をおろした。
メイドが紅茶を入れ、呼び出し用のハンドベルをアリスの紅茶の横に置いて去っていく。
それを見てからオルベルトが話し始めた。
「改めて、私はオルベルト・カルティオ。教会の聖騎士団に所属しています」
オルベルトは背筋を伸ばしてアリスと向き合った。
「今回の出来事で、いくつかあなたに事情聴取を行いたいと思います」
「かまいませんが」
「真実の証という神魔法を使いますが、よろしいですね?」
「ええっと、それってどんな魔法なんですか?なんか血を抜かれそうな魔法でちょっと怖いんですけど……」
浅く広い知識を持つアリスは、血をもって証を立てるというやり方があるということを知識として知っている。
だからとても不安になった。
「私の質問に嘘をつくとベルが鳴るというものです。効果はこの部屋を出るまでですから、体に影響はありませんよ」
そういってテーブルの上に取り出したのは、どこからどう見てもプロレスとかでみるようなゴングだった。
アリスの目がジト目になるのもしょうがないだろう。
別の意味で不安になった。
「あっ、ふざけていませんよ。これはれっきとした魔道具なんですっ」
不信感を思い切り持たれたと感じたオルベルトは慌てて説明する。
「ベルトにつながっているひもの先に魔石がありますよね。それを握って僕の質問に答えてください。嘘をつくとベルが鳴ります」
ちょっと使い古した感じがなんともいえない。
「今もちゃんと現役です。主に異端審問とか背任審問で昔から教会で使用されています」
ものすごく嫌なことを聞いた気がする。
思いもかけずに教会の闇に触れてしまった。
「……ええっと、普通に一般の裁判とかで使われたりは?」
「ありますよ。時々、貸し出していますから」
貸出料金もしっかりとっているのだろう。
売らないところをみると、希少品には違いない。
「では始めましょうか」
言われた通り、アリスはオルベルトに言われるままに石を握ってみせた。
「まずは正しく作動しているかの確認です。僕の質問にハイと答えてください」
「はい」
「あなたは男ですね?」
「はい」
答えた瞬間、カーン、とよい響きが客間に響いた。
ファイト、と危うく口に出しそうになり、少し慌てた。
「落ち着いてください。大丈夫ですよ。あなたは二十歳ですね?」
「はい」
音はしなかった。
「付き合っている男性はいますか?」
「はい」
カーン、と鳴った瞬間、壊してやりたいと思った。
「婚約者はいますか?」
「はい」
カーンとなるのを見ながら心の中で涙を流した。
「正常に作動しているようですね」
色々と突っ込みたいが我慢した。
本当に婚約者や付き合っている男性がいないと知っていて聞いたのだろうか。
だとすれば、いつ知ったのか?
宰相に一番近い男、フェルナン・アストゥルの顔が思い浮かぶ。
(アストゥル様……恐るべし)
たった一日でどれだけ身上調査をされたのだろうか。
考えると背筋が震える。
「では、本番です。僕の質問に真実を述べてください」
「はい」
嘘は言っていない。
一部をちょっと隠すだけで真実は話す。
「アリスさんはどこまで聞いていますか?」
異世界の日本という国で女子高生をしていたこと。
召喚されたけど日本には帰れないこと。
聖女として世界を救うこと。
向こうでの日常生活について。
これだけを話し、ここが異世界の乙女ゲームといわれる世界だとは口にしなかった。
さすがにこれを言ってしまうと、ホノカとアリスの頭がおかしいと思われてしまう。
「そうですか。では、それを聞いてどう思いましたか?」
「私が聖女様の立場だったら、召喚というのは拉致監禁だと思います。望まないのに家族や友達から引き離されて、やりたくもない仕事を押し付けられて、挙句の果てに帰る場所すらないって……絶望的状況ですよね」
率直すぎる物言いだったが、事実なのでオルベルトは苦笑しただけだった。
「しかも後先考えずに城から抜け出しちゃうほど精神的に追い詰められていたんだと思ったら、拾うしかないですよね」
「それだけですか?」
「あとお城の人たちはこの世界を救ってくれる聖女様に何やってんのとか、ここで聖女が死んじゃったら世界滅亡じゃないの、とも思いました」
ぶっちゃけるアリスにオルベルトはちょっと困ったように笑いながらうなずいた。
聖女の護衛であるオルベルトには耳が痛い。
「今までの質問で、貴女は嘘をつきましたか?」
「ええっと、カルティオ様。その言い方だと鳴ります。テストのための質問で嘘をついているので」
「ああ、そうか、そうですよね。すいません」
慌てたようにオルベルトが謝った。
「ええっと、ではテストが終わってから嘘はついていませんね?」
「はい」
音はしない。
アリスはもとより、なぜかオルベルトもほっとしていた。
「聖女を利用しませんね?」
「はい」
思い切り肯定して見せるとゴングはいい音を鳴らし、オルベルトはアリスとゴングの両方を見比べた。
アリスはうろたえているオルベルトの様子につい笑ってしまった。
こういった尋問テクニックのいる問答は苦手なのだろう。
フェルナン辺りは得意そうだ。
「カルティオ様の質問は大雑把すぎるのです。それって食べ物は好きですか?という問いと同じですよ」
好き嫌いがある以上、好きだと答えても嫌いと答えてもゴングはなる。
「ああ、そうですね。ええっと……」
どう言えばいいのか悩んでいるのは明白だった。
「政治的に聖女様を利用するつもりはありません。が、うちにいる以上は聖女様に試作品のテストはしてもらい、聖女の存在が明らかにされた後は御用達の看板を掲げようかと画策しています。そういう意味では商業的に利用しようとは考えています」
「今の言葉に嘘はありませんか?」
「ありません」
音はならなかった。
オルベルトはほっとしたように息を吐いた。
「聖女様のことは秘密にできますか?」
「はい」
「彼女のことはどう皆さんに話しますか?」
「家族や従業員には高貴な身分に連なる方だが諸事情で庶民として育ったため、我が家でしばらく貴族社会の勉強をしてから本来の居場所に戻る、と話しています」
「嘘はないですね?」
「はい」
音はしなかった。
いわゆる愛人に産ませた子供を大きくなってから事情によって引き取るという貴族の話はよくある。
だから誰も疑わず、むしろ同情的だ。
特に女の子が引き取られるという事情といえば、政略結婚の駒として利用されるのだけだから。
「悪意はない?」
「はい」
「彼女の力になってくれますか?」
「はい」
そのつもりがなければ最初から拾ったりしない。
「以上で終わりです。ありがとうございました。石を離していいですよ」
何事もなく査問が終わり、アリスはほっと息を吐く。
目の前の人物は城とは別の機関に所属する男だ。
油断はできない。
アリスは改めて気を引き締めた。




