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モブでいいよ  作者: ふにねこ
日常編
177/202

アストゥル侯爵家

 侯爵家は大きかった。

 古くからある家系のせいか、建物の中の調度品はすべてが一流の骨とう品だった。

 博物館もびっくりな年季の入ったものがそこかしこにあり、うっかり触って壊さないように廊下の真ん中を歩くしかない。

 故にアリスは堂々とど真ん中を歩き、客室へと向かった。


 案内をしてくれたメイドも所作が美しく、貴族としての格が半端ない。

 仕事できているのならば気が引き締まる思いで終わるのだが、結婚相手の生家となると勝手が違い、委縮しそうになる。

 アリスの事をよく知っているジョンやルークが見たら、きっと指さして涙を流しながら笑い転げる事だろう。

 結婚相手の家を訪れる初心な小娘のようになっていることにアリス自身も気が付いていない。

 緊張のあまり余裕もない。

 気持ち的に追い詰められ、視野が狭くなっていた。


「珍しいね。緊張しているのかい?」


 フェルの手が優しくアリスの手を取る。


「……緊張しないほうがおかしいとおもうのだけれど?」


 そう考えると、フェルはどんな気持ちで自分の父親と対峙したのだろうか。

 彼ができたのだから、自分ができないはずがないと気持ちを立て直す。

 しかしアリスはフェルを侮っていたのだという事を、のちに気が付くのだった。






 客間に通されてしばらくすると、執事がゆったりとした口調で当主たちがきたと告げた。


(たち?)


 アリスの疑問はすぐに氷解する。

 アストゥル侯爵だけでなく、その妻、フェルの弟と妹、侯爵の弟夫婦とその息子夫婦という大人数が入ってきて、執事によって一人一人紹介された。


「当主のファウスト様、奥様のサブリナ様、新たに跡継ぎとなられました次男のフェラー様、ご息女のフェルミナ様。そちらはファウスト様の弟君セイン様、その奥方のマリーナ様、ご子息のカイン様と奥様のリリーナ様でございます」


(なにこれ……)


 アリスはあっけにとられていた。

 アストゥル侯爵家の面々はその容姿において、てんでばらばらだった。

 アストゥル侯爵自身は夜の廊下では会いたくないと思えるほどに幽鬼の様にやせこけて存在感が希薄だった。

 反対に、その妻は存在感を強調するかのようにでっぷりと太ってお肌がテカテカだった。


 フェルの弟、フェラーは鍛え上げているのが、体つきがいいというよりはガタイがいいね、という盗賊のような容貌だった。

 妹は子豚ちゃんのように愛くるしい。


 侯爵の弟はでっぷりと太り、その奥方は背が高いせいか棒のようだった。

 その息子夫婦も、息子は幽鬼のようで妻はぽっちゃりだった。


 よく見れば顔立ちに共通点はあるものの、赤の他人ですと言われても違和感がないくらい誰もが似ていない。


「驚いたかい?個人の体質が強くてね」


 侯爵が笑うが、骸骨の王様アンデットリッチーにしか見えない。

 ありえないが、彼が冒険者ギルドに顔を出した瞬間、阿鼻叫喚の騒ぎが展開される様子が想像できる。


「この子は一族のいいとこどりで生まれた奇跡の子供なのよ」


 オペラ歌手のような夫人がコロコロと笑う。


「わ、私とは逆なんですね」


 アリスの顔も決して悪くはないが、ミックスされた結果やや平凡寄りになったことは否めない。

 むしろどっちかに似ていた方が美人だっただろう。


「ふふ、驚いたでしょう」


 何に、とは夫人は口にしなかった。


「私、食べると太る体質なの。夫は食べても太らない体質なのよ」

「私たち一族は、社交界では引っ張りだこでね」


 侯爵たちが楽し気に笑うが、アリスは笑っていいのかわからず曖昧な笑みを浮かべる。

 社交界に引っ張りだこ。

 ただで毒見役的な?

 アストゥル侯爵の人間が食べた物なら大丈夫!

 招待主も招待客も楽しく食事に舌鼓。


「フェルも?」


 隣の美形を見上げれば、にこやかに頷かれた。


「これからは呼ばれることもなくなるだろうから、嬉しいよ」


 心からそう思っていることがよくわかる笑顔だった。


「ふふふ、女嫌いのこの子が結婚するなんて、まるで夢のようだわ」

「何しろ、私の子供を跡継ぎにすると言っていましたからね」


 盗賊のような風体だが、その所作はさすが侯爵家の次男らしく洗練されていた。


「お兄様をよろしくお願いしますね、御姉さま」


 コロコロの子豚ちゃんは愛くるしい笑顔でアリスの手をとった。

 間近で見る妹のフェルミナは、やせれば確実に美人になるだろう顔立ちをしているが、あいにくぜい肉で残念な事になっている。


 いろんな意味で、アリスは己の想像力のなさに敗北宣言をする。

 アリスが想像していた華麗なる侯爵家の一族とは斜め上をいっていた。


「今日はお天気がいいから、外でお茶をしようと思っているの。準備ができるまで、フェルナン、屋敷の中を案内してあげて」

「はい、母上。ではアリス、行きましょうか」


 生ぬるいまなざしを一身に受けていたアリスはドアにさえぎられてほっとしていた。

 正直なところ、大歓迎ムードにどうしていいのかわからない。


「すまない、驚いただろう。みんな私が本当に結婚するとは思っていなかったみたいでね」


 フェルの過去を知っているのならば、そう思うのもしかたない。


「君ならお嫁にきても充分にここでやっていけそうだけれど、私は君の世界の方に行きたいから、彼らの事は気にすることはないよ」


 気にするなという方が無理なほどに気になる面々である。


「フェルはいいの?」


 貴族の世界を捨てることを。


「我が一族は王家に搾取されることが義務付けられている。だからこそ対価に侯爵という地位が与えられている」


 フェルは愛おし気にアリスを見つめた。


「君は私から何も奪おうとしなかった。それがどれだけ嬉しかったか、君にはきっとわからないだろうね」


 意味が分からなくて首をかしげるアリスを見てフェルはくすりと微笑んだ。


「だからかな。君を手に入れたくなった。私を押し付けたくなった」


 婿入りするほどに。


「フェルがそれでいいなら、私からは何も。一緒に人生、楽しく過ごしましょう。あなたが幸せなら、私も幸せ。だから貴方を幸せにしてあげる」


 男前な発言にフェルはちょっと目をみはると、うっすらと頬を赤くしながら顔をそむけた。


「まいったな……」


 押し付けるのでもなく、与えるのでもなく、施されるのでもなく。

 ともにあろうとするアリスの心意気が嬉しい。

 だからこそ、彼女を害する者がいれば許さない。

 これから起こるであろう騒動は予想がついていた。

 花に群がる害虫どもを屠るために、できること。

 そのために侯爵家の力を使う事もいとわない。


「ありがとうアリス。私も君と一緒に幸せになるよ」


 人生のうっぷんが溜まっている人間というのは、往々にしておかしな方向に進むのだろう。

 たとえばアリスの父、ジギルの様に。

 そしてフェルの様に。


花とはこの場合、アリスではなくフェル。

アリスはたぶん、花に集る虫を食べる鳥。

そして更新は一回休みとなります。正月だしね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今年も楽しいお話をありがとうございました。来年も楽しみにしています。 よいお年をお迎えください。
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