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モブでいいよ  作者: ふにねこ
日常編
175/202

家訓なので

「……以上が、今月の売上報告になります」


 締めくくったジョンはドット家の面々を見る。

 ティナは不思議そうに首をかしげ、ジギルはやれやれと言わんばかりの表情で、アリスは獰猛な笑みを浮かべていた。


「どうして貴族部門の売り上げが落ちているの?」


 聖女の活躍によって平和を確約された世界は今、浮かれに浮かれきっている。

 お祝いムードはまだまだ続き、財布の紐も緩んでいる状態だし、貴族たちはお茶会やら夜会やらと大忙しのはずだ。

 店での売り上げはあいかわらずの絶好調なため、違和感が半端ない。


「取引がなくなった貴族の一覧はあるかな?」


 ジョンは黙って一枚の紙を差し出す。

 ずらずらと貴族の名前が羅列してあった。


「ふむ……派閥でもないし、爵位も関係ないし、統一感がないな」

「ちょっと見せて」


 アリスは父親の手から紙を奪うと名前を見る。

 舞踏会でフェルの横にいるアリスを睨んでいた令嬢達の名字が並んでいた。


「ああ……なるほど」

「あら、アリスちゃんは心当たりがあるの?」

「ええ。アストゥル様に懸想していたご令嬢たちの家よ」


 なるほど、と父親と母親は顔を見合わせて頷き、腑に落ちたように微笑んだ。


「アリスちゃん、どうするの?」

「もちろん、家訓に従うまで」


 ニヤリとアリスは笑った。


「ジョン。ご令嬢達を不快にさせた詫び状を用意するから、各家の当主当てに送って頂戴。ルーク、ハルに新作の前倒しで来週から試作を配りまくるって伝えて」

「アリスはそれでいいのかい?」

「どうせご令嬢たちが勝手にやっていることでしょ。甘党の当主と珍品に目がないご婦人はさぞお怒りになるでしょうねぇ。娘のしでかしたことに、どう反応してくださるか楽しみだわ」


 フフフ、と笑うアリスになるほどと微笑むティナ。


「それだけでいいのかい?誰に喧嘩を売ったのか、どっちが上なのか、ちゃんと教えて差し上げないと。ご令嬢たちの将来のためにもね」

「もちろんよ、お父様」


 不穏な空気を含ませながら笑いあう親子から、ジョンとルークはそっと目をそらした。

 売られた喧嘩は高く買う。

 えげつなく、遠慮なく、容赦なく、相手の弱点をえぐる気まんまんだ。

 燃えているアリスをよそに、これから忙しくなる予感に二人はため息をついた。







 新作の和菓子はゼリーの中に餅と餡で作られた可愛らしい動物が閉じ込められている。

 ウサギ、犬、猫、熊、鳥の五種類だ。


「これはルークがクローディア様にお届けして」

「えっ、なんで俺?」

「顔見知りのほうがいいでしょ」


 グレイ小隊長とジャックが表舞台の勇者ならば、ルークは隠された勇者なのだ。

 騒がれることを嫌ったルークが表舞台に出ることを嫌がったため、ルークが勇者であることは王族と一部の上層部しか知らない。


「だったらアリスが行けばいいじゃん」

「私が行ったら目立つでしょ」

「ダメなのか?」

「今回はね。流行を作るから、私に注目が集まるとやりにくいのよ」

「流行を作る?そういうのって、自然にできるもんじゃないのか?」

「よい物ならば自然にはやるけど、今回は待つ時間が惜しいから、さくっと作っちゃおうと思って」


 ルークとジョンはあっけにとられている。


「いつの時代もね、流行を浸透させるのはトップクラスのカリスマ性のある女性なのよ」


 日本人だったころの記憶でショックだったのが、流行色だ。

 国際流行色委員会で二年後の流行色を選定し、消費者はそれに踊らされ、経済が回る。

 流行、期間限定、最新、そういった言葉に消費者は弱いのだ。


「流行の最先端で手に入らないと思うと、人はムキになるものなのよ。とくに、目の前にそれを自慢する仇敵がいたりしたらもう、ね」


 アリスはクスクスと笑った。

 お茶会や夜会は女たちの戦場だ。

 情報に精通し、それを手に入れられるだけの伝手と金がある事をひけらかし、相手より優位に立っていることを見せつける場所。


「ジョン、この方たちに試食品の手配ね」

「……少ないな」

「言ったでしょ。流行を作るって。まずは希少性で競争意識を高めるのよ」


 手の込んだ作りなので数があまり作れない事を伝えることで、購買心を煽るのだ。


「今回はシリーズ物にしようと思うの。まずは希少性。次に前よりもクオリティの高い物を。最後に、更なる希少性。最後の物は王家と売り上げ上位貴族の三家のみ販売で、売り渋って、ほしい気持ちを高まらせて高ませて頃合いを見計らってお得意さんから順次販売」


 そして今回、アリスにケンカを売ってきたご令嬢たちのいる家には一切売らない。

 手に入らないと知った時の甘党当主とお茶会を取り仕切る奥様方の苛立ちはどれほどのものだろうか。

 もちろんその怒りがこちらに向かわないように、ご令嬢を不快にさせて申し訳ないので金輪際顔は出しませんという詫び状という名の絶縁状を先に送っておくのだ。


 ドット商会の名が付く物は見たくはないだろうから取引を辞退させていただきますという気づかいという名の嫌がらせ。


 彼らはそれを見て気づく。

 ドット商会の商品が手に入らないのは自分たちの娘が商会の娘と揉めたためだと。

 その理由を彼らは娘に問いただすだろう。

 その答えがアイドルの結婚相手への嫌がらせだと知った時、彼らはどうするだろうか。

 娘可愛さに応援するだろうか。


「今回の騒動の顛末はアストゥル家にも報告する予定よ」


 娘可愛さに大人の対応を忘れたり、アリスが誰の息子と結婚するのかわかっていない馬鹿な貴族の名前を知ることはアストゥル家にとっても利になることだろう。


「ふふ、三か月後が楽しみだわ~」

「相変わらずやり方がえげつねぇな」


 悪役そのもののアリスにジョンとルークは引き気味だ。


「これでも手加減はしているのよ。子供相手に本気で叩きのめすのは可哀そうでしょ」


 一番気の毒なのは、それに巻き込まれた親である。


「平民の商人の子供だと侮ったら痛い目を見るのは社会勉強よ。特に、喧嘩を売るなら相手の事をちゃんと知らないとね」


 ジョンとルークは呆れた目をアリスに向ける。

 ただの平民の商人ではない。

 聖女の身代わりをつとめ、王家の覚えもめでたい甘味スイーツという新たな分野を開拓した商人なのだ。


「社交界で失敗するより、私でちょっと躓いて視野を広げることができるならそれでいいじゃない」

「そ、そうなのか?」

「社交界で失敗したら嫁ぎ先がなくなるわよ。誰だって問題を起こしそうな娘を家族に迎え入れたくはないでしょ。最悪、修道院行きよ。親子関係を切られるかもね」


 ルークは体をぶるりと震わせた。


「貴族ってこえぇ……」

「華やかな分、シビアよ。足の引っ張り合いも日常茶飯事。今回の件も侯爵家の耳に入ったら良縁はなくなるんじゃないかしら」


 ジョンとルークは押し黙った。

 長男が婿入りする家に嫌がらせをした令嬢たちの事を、侯爵家の面々はどう思うだろうか。

 貴族じゃなくなるだけで、家族の縁が切れるわけではない。

 他の者達はその意味をどれだけ正しく理解しているのだろうか。

 侯爵家に名は連ねることはなくなっても、彼はアストゥル侯爵の長男なのだ。


「アリスはそれでいいの?」

「家の力を使って喧嘩を売るって意味がわからない年齢じゃないでしょ。小さな子が俺のとおちゃんすげぇんだぞ~って威張るのとわけが違うんだし」

「……じゃあさ、親の力を使わずに自力で喧嘩を売ってきたらどうすんの?」


 ルークがふと疑問を口にする。


「売り方によるけど」

「たとえばさ、食べ物に髪の毛が入ってた~とか」


 飲食関係ならば定番の嫌がらせだ。

 アリスはびっくりしたようにルークを見た。


「貴族のお嬢様だから自分の手は汚さないと思っていたけれど……人を使ってそういった嫌がらせをしてくる可能性もあったわね」


 自分の考えの至らなさを反省しつつ、アリスはにっこりと微笑んだ。


「作り手はこの騒ぎがおさまるまで、全員坊主ね。女性は手伝い禁止。この際だから、アストゥル領に新店舗出そうかしら。料理人募集をかけて見習いに入れれば人数的に問題はなくなるでしょ」


 転んでもただでは起きないのが商売人だ。

 売られた喧嘩は高く買う。


「ふふ、忙しくなりそうだわ」


 アリスの声はとても弾んでいた。

 張り切るアリスに、これから仕事に忙殺されるであろう近い未来に二人は苦笑するしかなかった。


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